盛大な勘違い③
「なん、だったの?」
反対側にいるドライアドまで、落ち着かない様子で尋ねてくる。
二人ともやっぱり何かを感じていたらしい。
「あれがマリスだよ。シン共和国を裏で牛耳るアルカナの実質的な権力者。自分は会長の座に付かずに、小さな部署の部長をやって偽装しているけどね。」
「そういうことじゃなくて。ねぇアイラ、あれは本当に人間なの?」
「ああ、そっちが気になったんだね。」
彼の生い立ちや立場ではなく、純粋に人間なのかという質問だったらしい。
そこまで疑問に思うくらい、ドライアドには異質な存在に感じられたということかな。
「半分そうで、半分違う。マリスはね、サイボーグなんだよ。」
「サイボーグ?」
「何それ。」
二人揃って首を傾げる。
世界の記憶を持つ精霊でも、サイボーグという存在は分からないんだ。
この世界では技術として確立されていないからなのか、それともマリスだけが特別なのか。
答えは分からないけど、少なくとも二人にとって未知の存在らしい。
「マリスはね、元々は魔力というもの自体が存在しない世界から来た普通の人間だったの。魔法がない代わりに、科学っていうものが発展した世界。私の前世にかなり近いかな。」
まあ、技術力については比べるまでもなく向こうの方が遥か先を行っていたようだけど。
同じように科学が発展した世界と言っても、私が生きていた世界と同じではない。
「魔力もないのにどうやって生きてきたのよ。」
シルフが心底理解できないという顔をする。
科学と言われても、まったく想像が付かなかったらしい。
精霊の感覚では、魔力もなしに生活するなんて考えられないことなのかもしれない。
そもそも精霊は世界に存在する魔力によって生かされている存在でもある。
そんな二人にとって魔力の存在しない世界は、人間でいう酸素のない世界みたいなものなのだろう。
そこで普通に人間が生活していると言われても、理解できなくて当然なのかもしれない。
「火を起こしたり、水を出したり、空を飛んだり、土を掘ったりするのは科学の力でもできるんだよ。魔力以外の仕掛けが必要なんだけど、魔法と似たことができるって理解で大丈夫。」
「へー。」
シルフが分かったような顔で頷く。
ドライアドも同じように頷いている。
いや、これ絶対に分かってないね。
まったく想像できていない顔だ。
これについては、いつか時間がある時に特別授業をするとしよう。
今説明し始めたら、どこまで話せばいいのか分からなくなる。
「話が逸れたね。さっき言った科学技術で造られた体の部分には、確かに命は宿ってないから、半分人間で半分魔道具みたいなものなの。」
もちろん魔道具そのものではない。
二人に分かりやすく説明するなら、それに近いものだという話だ。
マリスは元々普通の人間だった。
だけど今の彼は、もう普通の人間という言葉だけでは説明できない存在になっている。
「隣通った時、ハッキリ言って恐怖を感じたわ。精霊のあたしがよ?」
シルフが不満そうに腕を組む。
恐怖を感じたこと自体が気に入らないらしい。
普段のシルフを考えれば、それがどれだけ珍しいことなのかは私にも分かる。
「爬虫類のモンスターみたいだった。感情がなくて無機質で、まるでエサを探してるような雰囲気がそっくり。」
今度はドライアドが独特な感想を口にする。
精霊が恐怖を感じるほどの威圧感があって、爬虫類のモンスターみたいな怖さがある、と。
「爬虫類かぁ。」
言い得て妙かもしれない。
私もマリスのことを、どことなく蛇っぽい人だと思っていた。
感情が見えない表情。
何を考えているのか分からない目。
静かにこちらを観察しているだけなのに、いつ襲い掛かってくるか分からないような不気味さがある。
少なくとも表面上の部分だけを見れば、ドライアドの感想はかなり近いと思う。
「そうだね、その感想は間違ってないかも。」
ただ、それがマリスという人間のすべてではない。
あの人にはあの人なりの目的があって、この世界で生きている。
感情がないように見えるし、やっていることだけを見れば冷酷という言葉でも足りない。
だけど、その行動原理まで知っている私からすれば、むしろかなりの激情家だと思っている。
何せマリスは、たった一人の恋人の命を救うためだけに世界のすべてへ牙を剥いたのだから。
「マリスはね、この世界に来た時にすべてを失っているの。友達も恋人も、住んでいた世界もね。」
さっきまでの話を聞いていたシルフとドライアドが、揃ってこちらへ顔を向けた。
マリスという人物を理解するには、どうして彼がこの世界へ来ることになったのかを知っておく必要がある。
「置いてきちゃったの?」
ドライアドが不思議そうに首を傾げる。
確かに異世界から来たと聞けば、元の世界に大切な人達を置いてきたと考えるのも自然だろう。
私だって、ただ異世界から来たという話だけを聞けばそう思うかもしれない。
だけど、マリスの場合は違う。
「ううん、マリス達は世界と世界を繋ぐ研究をしていたんだよ。」
「それって大丈夫なのかしら。さっきの話だと魔法がない世界の住人だって聞いたけど。」
シルフが怪訝そうな顔をする。
魔法も魔力も存在しない世界の人間が、世界同士を繋ごうとしていた。
魔力がない世界に魔力という概念が流れ込んだときに何が起こったのか。
「もちろん大丈夫じゃなかった。近づきすぎた世界同士が急速に引かれ合って、対消滅の危機があったんだよ。」
本来なら交わるはずのなかった二つの世界。
それを繋げようとした結果、世界そのものが消滅しかねない事態を引き起こしてしまった。
「どうやって解決したの?」
今度はドライアドが尋ねてきた。
これの答えは簡単だ。
せっかくだし、正解も混ぜながら私から質問を返してみようかな。
「ねぇドライアド。もしもこの世界が消滅するってなったら、女神様が黙ってると思う?」
「あ、そっか。女神様が出てくる。」
ドライアドも気付いてくれたようだ。
「あ、じゃああっちの世界の神様と女神様が戦って、女神様が勝った?」
うーん、これも良い間違いだね。
普通ならそう考えるのも無理はない。
世界を守る神様がそれぞれ存在しているなら、お互いの世界を守るために争うという展開も十分に考えられる。
だけど、実際にはそうならなかった。
「あっちの世界の神様はね、いなかったんだよ。」
「神様がいない世界なんて、そんなのありえるわけ?」
シルフが信じられないといった表情を浮かべる。
ドライアドも同じように目を丸くしていた。
まあ、そうなるよね。




