盛大な勘違い②
「それなら一旦、配給を受けに行こうかな。」
そろそろ晩ごはんの時間だ。
クレスを探すのは後回しにして、私はシルフとドライアドを連れて配給所へ向かうことにした。
人混みを抜けながら歩いていると、相変わらず周囲からたくさんの視線を感じる。
各国の精鋭たちの中にあっても精霊を二人も連れて歩いくのは目立つらしい。
もちろん私自身も視線を集めてしまっているようだった。
体感だとドライアドが四割、私が三割、シルフが三割くらいかな。
中でも主に男性から向けられる熱のこもった視線は、ドライアドが一身に集めてくれていた。
ドライアドは私より体格も大きいし、見た目も顔立ちも柔らかそうなので、そういう意味では男性の目を引くのも分からなくはない。
おかげで私へ向けられる視線は、比較的穏やかなものばかりだった。
だからってドライアドに変な視線が集まるのを喜ぶわけにもいかないけど。
本人はどうなんだろうと思って隣を見る。
「へ~、不思議。」
うん、これはまったく気にしてないね。
ドライアドは周囲の人間よりも、初めて訪れた異次元の景色の方が気になるらしい。
見慣れない機材や遠くの植物へ視線を向けては、興味深そうに辺りを眺めている。
今のところ不快そうな様子もないし、本人が気にしていないなら私から言う必要もないかな。
とはいえ変な人に絡まれたりしたら面倒だ。
さっさと晩ごはんを受け取ってテントに戻ろう。
そう思っていた時だった。
私の横を、大きな黒い影が通り過ぎる。
「……。」
一瞬だけ見えた。
黒いスーツとその上から羽織られたコート。
そして、周囲の人間より頭一つ抜けた長身。
顔は見ていない。というより、見ないようにした。
だけど背中へ突き刺さるような視線と、周囲の空気まで変わったように錯覚するほどの威圧感で分かってしまう。
マリスだ。
「っ……。」
声が出そうになって、慌てて飲み込む。
目は合わせないし振り返らない。
そのまま何も気付かなかった振りをして歩き続ける。
だけど、全身から一気に汗が噴き出した。
その視線は明らかに私に興味を持っている。
何故かは分からない。
これだけ大勢いる中でマリスの関心は私に集中している。
たまたま目に入っただけなのだろうか。
それとも精霊を二人も連れているから珍しいから?
この不快感を払拭するためにマリスの方を確認してみたい。
だけど振り返って確かめるなんて絶対にできない。
さっきシルフ達にも言ったばかりだ。
まじまじと見たら、おそらく気付かれる。
それなのに自分からマリスの方を見てどうする。
「……。」
無言でできるだけ普段通りに歩く。
あっちに不信感を持たれたりしないように自然さを心掛けろ。
そう自分へ言い聞かせているのに、足の動きが分からないような感覚に襲われていた。
右足を出して、次は左足。
そんな当たり前のことまで意識してしまう。
早くこの場から離れたい気持ちだった。
でも急に走り出したら、それこそ怪しすぎる。
これまで通り平静を装って歩き続けるしかない。
マリス自身は私を追い掛けてはこなかった。
ただその場に立ったまま、通り過ぎていく私をじっと見つめているのを感じる。
姿を確認しているわけでもないのに、それだけは嫌というほど分かった。
背中に詰めたい視線が刺さっている。
気のせいだと思いたいけど、全身から発せられる警報がそれを否定した。
そして、その異様な感覚を覚えていたのは私だけではなかった。
「あ……。」
「ん……。」
すぐ近くから、シルフとドライアドの小さな声が聞こえた。
普段なら何か気になったものを見つけても、もっと気軽に声を上げる二人が明らかに動揺している。
私は顔を動かさないまま、小さな声で二人へ呼び掛けた。
「そのまま反応せずについてきて。」
珍しく返事はない。
だけど二人とも私の言葉には従ってくれた。
シルフもドライアドも振り返らず、そのまま私と一緒に歩き続ける。
精霊である二人にも、マリスから何か感じるものがあるらしい。
それが魔力なのか、気配なのか、それともまったく別の何かなのか私には分からない。
ただ一つだけ分かることはシルフもドライアドも、明らかにマリスを警戒していた。
お願いだから、何事もありませんように。
心の中でそう願いながら、マリスの姿が見えなくなるまで私たちは脇目も振らずに逃げた。
結局、マリスが追い掛けてくることはなかった。
十分に距離を取り、もう姿が見えないことを確認してからようやく足を緩める。
何かをされたわけではない。ただ見られていただけなのに、体にはまだあの視線を受けていた時の緊張が残っていた。
「何だったのあれ!」
突然、隣から大きな声が上がる。
声の主はシルフだった。
周りの目も気にせず、珍しく苛立った様子で声を荒らげている。
いつものじゃれ合いで怒った時とは明らかに違う。
声にも表情にも本気の色が混ざっていた。




