それぞれの思惑⑭
「ゆっくり観光しすぎよ、心配するからまず召喚からでしょ。」
「もう少しで穴に飛び込むところだった。」
「ごめんごめん。このおかしな世界に目を奪われちゃって。」
危なかった。
あと少し遅かったら、本当に二人が自分から次元移動装置へ入っていたかもしれない。
私が改めて周囲へ視線を向けると、シルフとドライアドもつられるようにぐるりと辺りを見回した。
赤らんだ空に荒廃した大地。
そこに生える見慣れない植物。
そして、その先に広がる世界の果て。
二人はしばらく黙って周囲を眺めていたけど、やがてシルフが露骨に嫌そうな顔をした。
「おぇ、気持ち悪い。なにこの世界。」
「そんなに?」
私には不気味な場所ではあるけど、そこまで気持ち悪く感じるほどではない。
だけどドライアドも周囲を見回しながら、いつになく嫌そうな表情を浮かべていた。
「世界の形はしてるのに生命がどれも作り物で模型みたい。」
「作り物……。」
私には荒廃した異世界にしか見えない景色。
だけど精霊である二人には、どうやらまったく違うものが見えているらしい。
同じ景色を見ているはずなのに感じ方が違う。
二人が何を感じ取っているのかは分からないけど、この世界が普通ではないことだけは確かなようだった。
その後、私達の班の転送も無事に終わり、指定されたテントへ荷物を置くことになった。
テントと言ってもこれからしばらく生活する場所になるので、持ち込んだ荷物もそれなりに多い。
ただし、貴重品についてはテントへ置いたままにせず、各自で所持することが義務付けられていた。
今回集められたのは各国を代表するような人達だ。
そんな場所で盗難なんて発生するとは考えたくないけど、三か国から大勢の人が集まっている以上、万が一ということもある。
もし本当に盗難が発生してしまえば、この人数の中から犯人を探すのは難しい。
だからこそ、最初から各自で管理して問題が起きないようにしようということらしい。
まあ、妥当な決まりだね。
ちなみにゾディアック王国の民であれば、この異次元でもギルド倉庫が利用できるそうだ。
そのためにギルド職員さんまでこちら側へ来て待機してくれているらしい。
そういえばゲームでもギルド職員さん来てたね。
プレイヤーとして遊んでいた時は当たり前のように利用していたけど、こうして現実になった世界で考えてみると凄いことだ。
こんな最前線までご苦労様です。
荷物を置いた後は自由に行動できるものの、全員の次元移動が終わるまで異次元内の探索は禁止されている。
次元移動装置の方を見れば、私達の後ろにもまだまだ人がつっかえていた。
あの人数を全員こちら側へ移動させるとなれば、相当な時間が掛かるだろう。
たぶん今日は探索できないね。
初日は拠点の確認や準備だけで終わると思っておいた方が良さそうだ。
それと、この異次元には朝と夜が存在しないらしい。
実際、こちらへ来てから空を見上げても明るさに変化があるようには見えない。
そんな環境では時間の感覚がおかしくなってしまうので、高台には簡易的な時計塔が設置されている。
午前五時、昼十一時、午後四時。
一日に合計三回チャイムが鳴り、それを基準に時間を把握するそうだ。
基本的な行動の目安は午前五時に起床、十二時に昼食、午後三時には探索を切り上げて撤収。
ただし、これはあくまで目安であって絶対に守らなければならない決まりではない。
探索の進み具合や各班の都合に合わせて、ある程度自由に行動して構わないらしい。
唯一禁止されているのは、午後九時以降に騒ぐこと。
私はいつもその時間には寝てるから助かる決まりだ。
せっかく眠っているのに、外で大騒ぎされたらたまったものじゃない。
生活用品についても、ある程度はこちらで用意されていた。
下着や寝間着なんかは支給品があり、一人につき二セットずつ配られている。
「一番小さいのをお願いします。」
当然、私は一番小さいサイズを選んだ。
選んだんだけど……。
受け取った寝間着を自分の体へ合わせてみる。
「これでも大きそうだなぁ。」
一番小さいサイズなのに、寝間着の方はぶかぶかになりそうだ。
まあ、寝る時に着るだけなら多少大きくても困らないか。
下着までぶかぶかだったら困るけど、そっちは何とかなりそうなので良しとしよう。
洗濯については、後方部隊へお願いすることもできる。
大量の人間が滞在することを前提に、そういった生活面を支える人達もちゃんと連れてきているらしい。
もちろん、希望すれば自分で洗濯することもできる。
私は自分でやろうかな。
この世界の人はあまり気にしないんだけど私は前世の感覚が残っているせいか、自分が身に着けたものを知らない人に洗ってもらうというのは、あまり気持ちの良いものではない。
別に洗濯くらい自分でできるしね。
「私も自分で洗おうかな。」
「私も。盗まれたりしたら嫌ですし。」
話を聞けば、同じ班の皆も自分で洗濯するつもりらしい。
理由は私と少し違って、盗難が怖いからみたいだけど。
確かに下着なんかを盗まれたら最悪だ。
貴重品を自分で管理するように言われているくらいだし、可能性が低くても警戒しておくに越したことはないのだろう。
そして、この場所で一番重要になりそうな食事については完全配給制になっている。
先ほど説明されたチャイムの時間に合わせて食事が運ばれてくるので、それを受け取って各自で食べることになるらしい。
大人数が集まっているから、食事まで自由にしたら管理が大変だもんね。
さらに配給される料理は、三か国ですべて同じというわけでもなかった。
ゾディアック王国、ストレリチア、シン共和国。
それぞれの国ごとに食事が分けられていて、食材を選ぶのも各国の人間が担当しているそうだ。
理由の一つが宗教。
国が違えば文化も違うし、信仰している宗教によっては食べられないものが存在する。
それを知らずに他国の人間が料理を用意して、食べてはいけないものを誤って口にさせてしまう可能性もある。
だから最初から各国の事情を知っている人間が食材を選び、自国の人達へ配給する形にしているらしい。
なるほど。
三か国もの人間が同じ場所で長期間生活するとなれば、戦闘以外にも考えなきゃいけないことが沢山あるんだね。
ゲームでは宿営地に必要な施設やNPCが最初から揃っていたから、そんなことまで考えたことはなかった。
だけど現実では、寝る場所も、時間の管理も、洗濯も、食事も必要になる。
その一つ一つを誰かが準備してくれているからこそ、私達はここで活動できるわけだ。
魔王と戦うために集められたのは、前線に立つ人達だけじゃない。
改めて周囲を見回すと、この場所が沢山の人達によって支えられていることがよく分かった。




