それぞれの思惑⑬
「それじゃあ私から行くね……。お願いします。」
アサシンさんが小さく手を挙げ、水の噴射装置の前へ立った。
少し緊張しているように見えるけど、自分から一番手を引き受けたらしい。
「行きますよ。目は閉じてください。」
機械を操作している調査隊の人がそう告げる。
アサシンさんがぎゅっと目を閉じると、装置から細かな霧状の水が勢いよく吹き出した。
全身を包み込むように霧が降り掛かる。
「ふむふむ。」
「なるほどね。」
「…………。」
何してるの、この二人。
横を見ると、セリーちゃんとシルフが吹き出した霧を手で掬ったり、顔を近付けて匂いを嗅いだりしていた。
完全に研究対象を見る目になっている。
「お行儀が悪いよ。」
「あ、ごめんね。どうしても気になっちゃって。でもこれは凄いね。」
セリーちゃんが素直に謝りながらも、視線は手に付着した水滴へ向いたままだ。
「何かわかったの?」
私にはただの霧状の水にしか見えない。
だけどセリーちゃんとシルフには、何か分かることがあったらしい。
「確かにこれなら次元移動にも耐えれるかも。考えたのが人間だとしたらとてつもない天才ね。」
シン共和国の天才かぁ。
その言葉を聞いて、自然とマリスの顔が頭に浮かんだ
もちろん、彼がこの技術を作ったという確信なんてない。
ただ、私がゲームで知っているあの人なら、こういうものを研究していても不思議じゃない気がする。
倫理観なんてどこかへ置き忘れたような人物だけど、研究者として異常なほど優秀なのは間違いないからね。
「では次は私が参ります。」
「あれ?」
声がした方を見ると、いつの間にかアサシンさんは次元の向こう側へ移動していて、代わりにピュアさんが装置の前へ立っていた。
セリーちゃん達を見ている間に記念すべき第一班員の異次元転送が終わってた。
ピュアさんも先ほどと同じように目を閉じ、不思議な水を全身へ吹き掛けられる。
そのまま次元移動装置へ向かい、空間に開いた穴の中へ足を踏み入れた。
一歩。さらにもう一歩と体が境界を越え、そのまま向こう側へ抜けていく。
どうやら無事に移動できたようだ。
こちらから見ると、水面の向こう側を覗いているような不思議な空間の先で、ピュアさんが笑顔を浮かべながら私達へ手を振っている。
「次は私が行こうかな。シルフとドライアドはここで待っててね。」
「はーい。」
「待ってる。」
二人とも素直に返事をした。
聞き分けの良い二人だ。
それじゃあ私も、初めての異次元へ行ってみますか。
装置の前に立つと、先ほどアサシンさんやピュアさんが浴びていた変な水を私の体にも吹き掛けられた。
細かな霧が全身を包み込んだ瞬間、ほんの少しだけ体温が上がったような感覚がする。
「ん……。」
体に異常が起きたというほどではない。
痛みもなければ苦しさもないし、体を動かすことにも問題はなさそうだ。
ただ、何とも言葉にしにくい不思議な感覚だけが体の中に残っている。
強いて言えば、昔『リザレクション』を受けた直後の感覚に少し似ているかもしれない。
もちろんまったく同じではないけど、体の奥に何かが残っているような感じだ。
「不思議。こういう感じなんだ。……行ってきます。」
周囲の皆へ声を掛けてから、私も次元移動装置へ向かって足を踏み出した。
最初に右足が次元の狭間へ触れる。
その瞬間、足先に今まで経験したことのない感覚が走った。
浮いているような感覚があるのに、同時に足を前へ進めようとすると抵抗も感じる。
まるで水の中を歩いている時みたい。
だけど進めないほど強い力ではない。
私は構わず、そのまま体を前へ進めていった。
右足から腰へ。そして上半身まで境界へ入っていき、顔が次元移動装置を通過した瞬間、目の前の景色が切り替わり始める。
こちら側と向こう側。
二つの景色の境界が、自分の体の上をゆっくり通り過ぎていくような不思議な感覚だった。
耳が境界を越える瞬間には、小さな耳鳴りまで聞こえる。
「んっ。」
さらに進もうとすると、今度は体が後ろへ引き摺られるような抵抗を感じた。
水の流れに逆らって歩いているような感覚に近いかもしれない。
それでも一歩ずつ前へ進み、体の七割くらいが向こう側へ抜けたところで急に抵抗が弱くなった。
最後は思っていたよりも簡単に体が抜ける。
「ふう、無事に来れたみたい。」
振り返れば、さっきまで私がいた場所が次元移動装置の向こう側に見えている。
ちゃんと体も全部ある。
特に痛いところもないし、変な違和感も残っていない。
どうやら次元移動には成功したみたいだ。
そこで改めて周囲を見回してみる。
「おぉ……。」
空と大地は少し赤らんでいて、見るからに違う世界という様相を漂わせていた。
荒廃した台地には見慣れない植物が点々と生えている。
そして何より目を引くのは空だ。
普通の世界みたいに、どこまでも続いているわけではない。
遠くを見れば、はっきりと果てが見える。
その先にあるのは闇。
何も存在しないとしか表現できないような暗い空間が、この世界の端を囲んでいた。
見るからに近付くべきじゃない見た目をしている。
さっき資料で確認した通り、この異次元はまだ数キロ程度しかないらしい。
その話を聞いた時にはいまいち想像できなかったけど、実際にこうして世界の果てが見えると納得できる。
「あ、そんなことしてる場合じゃなかった。」
つい景色に見入ってしまった。
あまり待たせると、心配したシルフとドライアドが次元移動装置へ乗り込んできちゃうかもしれない。
二人にはちゃんと待っててと言ったけど、私がいつまで経っても召喚しなければ話は別だろう。
私はすぐに二人の姿を思い浮かべた。
「来て。『サモンシルフ』、『サモンドライアド』。」
魔法を発動すると、何もなかった空間へ淡い光が集まり始める。
無数の光が少しずつ形を作り、やがて二人の輪郭を型どっていった。
「きれい……。」
「幻想的な光景です。」
近くにいたアサシンさんとピュアさんが、召喚されていく二人を眺めながら声を漏らす。
確かにこうして改めて見ると、精霊召喚って結構綺麗なんだね。
普段から何度も使っているから見飽きてしまっていたのかもしれない。
程なくして光が収束する。
そこには見慣れた二人の姿があった。
「成功したみたいだね。」
ちゃんと二人ともこっちに召喚できた。
ゲームでの仕様と同じく、異次元でも契約精霊の召喚には問題がないらしい。
これなら危険を冒して次元移動装置を直接使わせる必要もないね。




