それぞれの思惑⑧
「…………。」
これは酷い。
聞こえてくる声は攻撃的なものばかり。
もちろん、こんなことを言っているのは各国の一部の人間だけなのだろう。
全員が他国を嫌っているわけではない。
だけど、たとえ一部の人間による発言だったとしても、お互いの不信を煽るには十分すぎる。
一つの悪口に別の国から悪口が返される。
それを聞いた人がさらに反発する。
少しずつ広場全体の空気が悪くなっていくのが分かった。
まずくない? このままじゃ始まる前に協力関係が崩れそうだ。
かといって、私にできることなんてもちろんない。
こういう時に何を言えば三か国が仲良くなるのかなんて分からないし、そもそも私が前へ出て発言するような立場でもない。
どうしたものかと思った、その時だった。
ドンッッッッッ!!!!!
「!?」
突然、巨大な鈍い音が三つ、ほとんど同時に広場へ響き渡った。
それまで広がっていた喧騒が一瞬で止まる。
一体何が起きたの?
最も近くから聞こえた音の正体を確かめるため、隣を見る。
「…………。」
大剣が深々と地面へ突き刺さっていた。
それをやった人物は俯きながらも、極めて無表情に努めている。
クレス、絶対に怒ってるよね?
「黙れ。国家間の取り決めすら守れぬと言うのなら、今すぐ荷物をまとめて家に帰れ。ゾディアックの民であれば戦時動員を破った罪は国内法で裁かれるがな。」
静かな声だった。
怒鳴っているわけでもない。
だけど、その声が響いた途端にゾディアック王国側から聞こえていた不満が止まった。
現在王国で唯一のグランドナイト。
そんな人物から正面切って言われれば、さすがに反論できる人は少ないだろう。
確かにこれは、一歩間違えれば外交問題にまで発展しかねない。
そんなことを考えていると、別の方向から声が上がった。
「クレス殿の言う通り。世界の危機にすら力を合わせられぬなら、今すぐその法衣を脱いで祖国から出ていくが良いでしょう。」
意外にも、声はストレリチア側から聞こえてきた。
誰だろうと視線を向ける。
大きな錫杖を持った長髪の女性が立っていた。
「…………。」
何と言うか、その。
あまりにも凄いプロポーションの神官だ。
特徴を一言で表すなら、
ボン、すん、ボン!
そんな人物、一人しか知らない。
神政国家ストレリチアのメインストーリーに登場する『ソアラ』だ。
大神官である彼女も参加していたんだ。
さっきストレリチア側を見た時には気付かなかった。
確かにソアラは過激な部分こそあるものの、法王派の穏健な人物だ。
今回の三国同盟にも力を貸してくれていてもおかしくない。
そして最後の一人は、
「黙れ。」
低く透き通った声でたった一言。
それだけで周囲を黙らせた声の主は、シン共和国の前方に立っていた。
細い眼鏡に髪交じりの髪を綺麗に後ろへ流したオールバック。
細身で長身の体には、仕立ての良さそうなスーツがよく似合っている。
いわゆるイケオジと呼ばれる属性の人物だ。
その人物も私は知っていた。
シン共和国を裏で操る大企業アルカナ。
その役員の一人『ベクター』。
彼も参加していたんだ。
ベクターは、どちらかといえばこちらの冒険者に協力的な人間だった。
ゲームでの振る舞いを思い出しても、他国の人間だからという理由で露骨に扱いを変えるような人物ではなかったはずだ。
使える人間であれば、見た目や出自には拘っていないのかもしれない。
三か国それぞれの列から一人ずつ。
クレス、ソアラ、ベクター。
三人がほとんど同時に場を制したことで、先ほどまであれだけ騒がしかった広場が静まり返っている。
ベクターは大きくため息をつくと目を閉じ、眉を潜めながら眼鏡の位置を直した。
そして再び前を向く。
「我々は異国の民ではあるが同じ人間同士だ。これまでも国家間でたくさんの軋轢があったことは皆も知っての通りだ。だが今は隣人同士手を取り合って、人類の脅威に立ち向かってはくれないか。どうかお願いだ!」
声を上げたのは、連合軍司令官だった。
言葉を言い終えると同時に、深々と頭を下げる。
三か国から集まった大勢の人間に向けて、連合軍の司令官が頭を下げた。
「…………。」
先ほどまでいがみ合っていた者達も、苦い顔をしながら互いの顔を見合わせる。
それでも、すぐに全員が納得するはずもない。
長い間積み重なってきた国家間の軋轢が、たった一度の言葉で消えるわけがない。
そんな沈黙を破ったのは、別の人達だった。
「お、おお! 確かにその通りだ!」
「今こそ一丸となって共に歩もうじゃないか!」
一人、また一人と、さっきまでは場の空気に呑まれて声を上げられなかった穏健派達が、次々と賛同の声を上げ始める。
その声は少しずつ広がっていった。
全員が心の底から納得しているわけではない。
それでも先ほどまでの険悪な空気は、少しずつ薄れていく。
司令官がゆっくりと頭を上げた。
「忝ない。よろしく頼む。」
「ええ、力を合わせて頑張りましょう。」
「ふん。」
クレス、ソアラ、ベクターの三人もそれぞれ短く応じると、姿勢を正して前を向いた。
「…………。」
もちろん、これで全部解決したなんて思わない。
ここにいる人のほとんどは、まだ心の底では納得していないだろう。
国同士の軋轢なんて、そんな簡単に消えるものじゃない。
それでも今はレイディアントという共通の敵がいる。
少なくともこの場では、お互いに武器を向ける相手を間違えてはいけないのだ。
本当に手を取り合えたのかは分からないけど、三か国の人間達は表面上だけでも協力する姿勢を見せたのであった。




