それぞれの思惑⑥
大勢の人が集まる広場に、私は訪れていた。
これだけの人数が集まっているというのに、辺りに喧騒はない。
誰かと談笑する人も、これから始まる戦いに興奮して声を上げる人もいなかった。
誰もが神妙な面持ちで、静かにその時を待っている。
「来たか。お疲れ様、アイラ。」
「クレスもお疲れ様です。」
先に到着していたクレスと簡単に挨拶を交わす。
それ以上の会話はなく、クレスはすぐに前方へ向き直ると兜の緒を締め直していた。
さすがにこういう厳格な場ではしっかりしている。
普段の優しい雰囲気とは違い、今はゾディアック王国唯一のグランドナイトとしてここに立っているんだ。
私も気を引き締めないとね。
ここは魔王との決戦に向けて集められた連合軍の駐屯地。
三か国から集められた戦力が、それぞれ国ごとに大きく分かれて整列している。
中央列が私たちの所属するゾディアック王国。
左列には神政国家ストレリチア。
そして右列にはシン共和国。
私は連合軍の前方、ゾディアック王国の隊列でも前の方に位置取っていた。
まあ、三次職ともなれば国の力の象徴だ。自然とこうなるよね。
何となく落ち着かなくて後ろを振り向くと、少し離れた場所に見知った顔を見つけた。
セリーちゃんだ。
目が合うと、こちらへ小さく手を振ってくる。
その姿を見て少しだけ緊張が和らいだ。
今日のセリーちゃんは、いつも魔道具を作っている時のラフな私服ではない。
女性用のペドラー服をきっちりと身に着け、ゾディアック王国の戦力の一人として堂々と列に並んでいる。
普段の姿を知っているからこそ、今のセリーちゃんはいつも以上に煌びやかに見えた。
私も小さく手を振り返してから、再び前方へ向き直る。
まだ各国の指揮官達は来そうにない。
それなら今のうちに、ちょっとだけ覗き見をしちゃおう。
ちなみにシルフとドライアドは、さすがに人間の兵士達と一緒に列へ並ばせることができなかった。
だから苦肉の策として、今は私たちの上空で待機してもらっている。
空を見上げると、二人はちゃんとそこにいた。
こちらから手を振ってみる。
気付いたシルフとドライアドが、すぐに手を振り返してきた。
その様子を見ていると、隣にいたクレスも私が何を見ているのか気になったらしく、同じように空を見上げる。
すぐに二人の姿を見つけたようで、小さく笑う声が聞こえた。
さて、目線を地上に戻してまずは左側から確認してみる。
神政国家ストレリチアから派遣されてきた神官達が整然と並んでいた。
「…………。」
正直、知っている顔ぶれは少ない。
ゲーム時代の記憶と照らし合わせても、メインストーリーで重要な役割を担っていたような人物はほとんど見当たらなかった。
なるほどね。
裏で戦争準備をしているだけあって、最大戦力は置いてきたってわけね。
思い返せば『ネームレスオンライン』のメインストーリーでも、レイディアントの時にストレリチアはほとんど関わってこなかった。
ゲームをしていた頃は単純にそういうシナリオなのだと思っていたけど、現実となった世界で蓋を開けてみれば、こういう背景があったということなのだろう。
事情が分かってみれば納得はできる。
納得はできるけど、思惑が透けて見えたことで完全に興味を失った。
私はストレリチアから視線を外し、今度は右側へ顔を向ける。
並ぶはシン共和国の面々。
こっちはどんな人が来てるんだろう。
並んでいる人達を前から順番に眺めていく。
こちらは見知った顔がちらほらいる。そして、
「うわぁ……。」
思わず声が漏れた。
想定外の人物を見つけてしまった。
シン共和国の精鋭達よりも後ろ。
まるで自分は大した人物ではないとでも言うような場所に、黒髪で長身の男性が立っている。
眼鏡を掛け、この世界では珍しいスーツの上からコートを羽織った姿。
一見すれば人当たりも良さそうで、女性からもモテそうな整った見た目をしている。
ただし、その目元には深い隈が刻まれていた。
私はその人物をよ~く知っている。
異世界人にして、シン共和国の実質的な指導者『マリス』。
「…………。」
それでそんな人物が何でこんなところにいるの?
一般兵士の一人みたいな顔をして周囲に溶け込んでいるけど、私は騙されないからね。
ネームレスオンラインにおけるマリスは、神の下に位置するほどの強者だ。
間違っても、その他大勢に紛れていていいような存在じゃない。
それに少なくともレイディアント討伐に参加していたなんて設定は知らない。
考えられる可能性は二つかな。
私が過去を変えてきた影響でストーリーそのものが変化し、本来はいなかったマリスが参加することになった。
あるいは最初から参加していたけど、プレイヤーには気付かれないところにいた。
今の段階ではどちらなのか分からない。
分からないけど、どっちにしてもろくなことではなさそう。
絶対に裏があるはずだ。
そもそもマリスの怖さは、単純な実力だけじゃない。
むしろ本当に恐ろしいのは、その倫理観の欠如。
自分の目的を達成するためなら、どれだけ犠牲が出ても厭わない。
策謀、裏工作、人体実験、遺伝子操作。
人間が思い付くことなら善悪を無視して全部やってる。
どんな非人道的な行いであっても必要だと判断すれば躊躇なく実行する。
そんな人物が、何食わぬ顔で今回の連合軍に参加している。
「…………。」
うん。今回の連合で一番関わってはいけない相手が決まった。
私はマリスに気付かれないよう、静かに視線を前へ戻す。
向こうから接触してきても近づくなんてお断りだ。




