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それぞれの思惑⑤

私的なことですがパソコンが壊れました(泣)

二か月後。

季節は初夏を迎えた。

窓の外には雲一つない青空が広がり、柔らかな日差しがサジタリウスの町へ降り注いでいる。


本日は晴天。

絶好のお出掛け日和と言いたいところだけど、残念ながら今日の私は遊びに出掛けるわけではない。

今日は私が戦地へ赴く日だ。

「忘れ物はない?」

「大丈夫、全部持ったよ。」


ママに聞かれ、私は自分の荷物をもう一度確認する。

必要なものは全て揃っている。

念のため何度も確認したので忘れ物はないはずだ。

「やっぱり行かなきゃいけないのか?」


今度はパパが口を開いた。

「王国に数人しかいない三次職だよ。行かないなんて許されないよ。」

「そっか、そうだよな。」

何だか同じやり取りをしている気がする。


いや、気がするんじゃなくて実際にこれで数回目だ。

パパも行かなければならないことくらい分かっている。

分かっているけど、それでも聞かずにはいられないんだろう。


今回の相手はレイディアント。

私が冒険者として旅立った時とは、事情がまるで違う。

「三か国の同盟もあるし、きっと大丈夫だよ。」

ゾディアック王国だけで戦うわけじゃない。

三か国が手を取り合って挑む大規模な戦いだ。


もちろん、それだけで絶対に安全なんて言えるはずはないけど、少しでもパパとママには安心してほしい。

「あたしもいるわよ。」

「アイラの怪我は私が治す。」

私の両脇からシルフとドライアドも声を上げた。

二人とも自信満々だ。


「ほら、頼りになる精霊もいるよ。」

「あぁ、そうだな……。」

パパが力なく頷く。

安心させようとしたつもりなのに、見るからに落ち込んでいってる。


いつもならそんなパパを見てママが呆れたり、少しくらい窘めたりするところだけど、今回ばかりは何も言わなかった。

きっとママも同じ気持ちなのだろう。

表情こそ普段とあまり変わらないけど、どこか不安そうに私を見ている。

冒険者になるため家を出たあの日よりも、確かな緊張感が漂っていることが分かる。


あの時は冒険者として旅立つ娘を見送る日だった。

今日は魔王との戦いへ向かう娘を見送る日。

同じ家を出るだけでも、意味がまるで違う。

心配しないでほしいと言ったところで無意味なのは分かっている。

だったらせめて、少しでも安心してもらいたい。

私はパパのところまで歩いていき、そっとその体へ抱きついた。

「……!」


抱きついた瞬間、パパの体が一瞬だけ硬直した。

そういえばパパに抱きついたのも久し振りかも。

「心配しないで、は無理だよね。必ず帰ってくるって約束するから待ってて。」

「……! ああ、帰ってきたらいつものケーキを皆で食べよう。」

「うん。それは私も楽しみ。」


きっと今の私にとっては何より嬉しい言葉だ。

他人からしたら、いつものケーキを家族みんなで食べるだけ。

だけど私にとっては、それが何よりも大切な約束に思えた。


必ず帰ってきてまた家族みんなでケーキを食べよう。

そう決めると私はパパからそっと体を離す。

見上げると、パパが今にも泣きそうな顔で私を見下ろしていた。

そんな顔を見たらダメだよ。

こっちまで泣きたくなる。


思わず目頭が熱くなったけど、グッと堪えた。

ここで泣いたら、本当は行きたくないんじゃないかって勘違いされそうだもん。

今回はやらなくちゃいけないことがあるから、自分の意思で戦地へ向かうんだ。


体の向きを変えると、今度はママのところへ近づいた。

そして何も言わず、その体へ抱きつく。

「…………。」


抱き締めた瞬間、ママの体がほんの少しだけ震えていることに気がついた。

やっぱりママも怖いんだ。

私もちょっとだけ怖いよ。同じだね。

少しでも不安が和らぐように、私はママの背中を優しくポンポンと叩く。


「ママも健康には気を付けてね。」

「ええ、アイラも気を付けるのよ。」

ママも私の背中へ手を回し、そっと抱き締めてくれた。

私は目を瞑った。


聞こえるのはお互いの小さな鼓動だけ。

数秒のはずなのに、ずいぶん長い時間そうしていたように感じた。

長い沈黙を経て、お互いにそっと体を離すと、

「あたし達も行くんだけど?」

シルフが少し不満そうに口を尖らせていた。


「あぁ、そうだよな。気を付けるんだぞ。」

「無理はしないでね。」

パパとママが二人にも声を掛ける。

「ふふん、精霊は死なないんだよ。」

ドライアドが得意げに胸を張った。


そういう問題じゃないと思うけどね。

話が終わるまで少し離れたところから私たちを見守っていたシルフとドライアドも、ようやく家族の見送りに参戦してきた。

二人とも家族なんだから遠慮することないのに。


だけど、そんな光景を見ていると自然と頬が緩む。

精霊と人間の違いなんて関係なく、今では当たり前のように同じ家族として見送りの言葉を交わしている。

転生してきて良かった。


さてパパとママへの挨拶も済んだ。

シルフとドライアドもちゃんと声を掛けてもらった。

となれば最後に挨拶する相手は、もちろん決まっている。

私は部屋に置かれたベビーベッドへ近づいた。


そこには今日も我が家の天使がいる。

私が近づいてきたことに気付いたのか、アランが不思議そうな顔でこちらを見た。

「あーぅ?」

「…………。」


うん。我が家の天使は今日も可愛い。

毎日見てるのに何でこんなに可愛いんだろう。

私はベビーベッドの横へしゃがみ、アランと目線を合わせるようにそっと顔を近づけた。

「お姉ちゃんは大事なお仕事でしばらくお家を空けるけど、いい子にしててね。」


「ぅー。」

あれ? 何となく顔が曇った気がする。

もちろん、そんなはずはない。

まだ生まれて二か月ちょっとだ。


私の言葉を全部理解しているなんて考えにくい。

だけどアランは時々、まるでこっちの言葉が分かっているみたいな反応をすることがある。

二か月前だってそうだった。

家族みんなの空気が悪くなった途端に泣き出して、全員が仲直りしたら嬉しそうに笑っていた。


あれも今回も、たまたま表情を変えただけかもしれない。

それでも、もし本当に少しだけ分かっているのなら私としばらく会えなくなることを寂しがってくれているのかな。

そう考えると、嬉しいような寂しいような不思議な気持ちになる。

「すぐに帰ってくるから泣かないで待っててね。」


もう一度そっと顔を近づける。

そして柔らかなほっぺへ、軽くキスをした。

「ぁー♪ きゃっきゃ。」

途端にアランがご機嫌になった。


さっきまでの曇ったような表情はどこへやら。

小さな手を動かしながら、楽しそうに笑っている。本当に可愛い。

毎日のようにしてるんだけど、キスするとすぐにご機嫌になるんだよね。


アランが喜んでくれて私も嬉しい。

だからついつい何回もしたくなっちゃう。

もう一回くらいしておこうかな。


そんなことを考えていたら、

「アイラばっかりズルい。ちゅー。」

「え?」

いつの間にかベビーベッドの反対側へ回り込んでいたドライアドが、アランの反対のほっぺへキスをした。

「きゃっきゃ。」


アランはさらに楽しそうに笑う。

それを見たシルフまで近づいてきて、パパとママも笑っている。

戦地へ向かう日の朝。

もっと重苦しい見送りになると思っていた。


だけど最後はいつもと変わらない。

アランを中心にみんなが集まり、笑い声が家の中へ広がっていく。

この騒がしくも温かい家族団欒は、私が家を出る時間まで続いた。

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