それぞれの思惑④
「パパ、うるさい。」
ついに言ってしまった。
帰宅したパパから散々詰められた結果、我慢の限界に達した私の口から出てしまったのが今の一言だ。
事の発端は昼間のクレスとの一件。
どうやら私がカッコいい男の人と広場のベンチに座って、二人で仲良くお茶を飲んでいたという話が、あっという間に町中へ広まってしまったらしい。
娯楽の少ない小さな町は、噂話が大好きだということは子供の頃から知っていた。
誰と誰が仲良くしていただとか、どこの家で何があったとか、ちょっとした出来事でも翌日には町中が知っているなんて珍しくない。
だけど、まさか自分の噂もそうだとは思わなかった。
クレスと別れて家へ帰ってきてから、しばらくしたらパパが飛び込むように帰宅。
何事かと思えばさっきの話題だ。
噂話の情報伝達速度どうなってるの?
私が知らないだけで無線とかある?
当然、娘が知らない男と二人でお茶をしていたなんて話を聞いたパパが黙っているはずもなく。
相手は誰だ。
どこで知り合った。
いつから知っている。
何で二人でお茶していた。
怒涛の質問攻め。
最初のうちはちゃんと答えていた私も、延々と続く質問責めに耐えきれなくなった。
その結果が、さっきの一言である。
そして現在に至る。
「アイラに怒られた……。」
パパがポツポツと呟きながら、ご飯を口へ運んでいる。
さっきまであれだけ勢いがあったのに、今は見る影もない。
完全に落ち込んでしまった。
だけど私はそこまで悪くないと思う。
いくら娘が男の人と一緒にいたからって、あそこまでしつこく聞かれたら怒りたくもなる。
「さっきのはケンが悪いわよ。」
ご飯を食べながら、ママが呆れたように言った。
「アイラが怒って当然よ。」
「そうよ。あれはさすがにしつこすぎるわ。」
「お花は優しく見守るべき。」
シルフとドライアドまでママに同意する。
「…………。」
二人とも、ベンチでは散々茶々を入れてきたと思うけど、ずいぶん都合いいね?
ちゃんと覚えてるからね。
私がジト目を向けると、シルフとドライアドは揃って目を逸らした。
どうやら自覚はあるようだ。
私はそのままパパと目を合わせないように俯き、黙々とご飯を口へ運んだ。
こんなことは人生で何度もないことだけど、私、今回ばかりは怒ってますから。
普段なら家族みんなで色々な話をしながら食べる夕食も、今日は年に何度もないくらい口数が少ない。
せっかくアランもいるのに台無しだ。
パパは落ち込んでいる。
私は怒っている。
シルフとドライアドは何となく気まずそうにしている。
ママだけは普段とあまり変わらないけど、それでもいつもの食卓とは明らかに空気が違う。
カチャ、カチャ。
険悪な空気の中、食器の音だけが静かに響く。
うーん。こんなに怒った私も悪いとは思う。
もう少し言い方はあったかもしれない。
だけど、しつこかったパパも悪い。
ついでに面白がって散々茶々を入れてきたシルフとドライアドも悪い。
したがってママ以外の全員が悪い。
どうしたものかな。
このまま食事が終わるまで黙っているのも嫌だけど、私から謝るのも何となく違う気がする。
そんなことを考えていた時だった。
「ふぇ……。」
高い声が聞こえた。
全員の動きが止まる。
「うぇぇぇぇぇぇぇん!」
「アランどうしたの~?」
突然泣き始めたアランを、ママがすぐに抱き上げる。
その瞬間、さっきまで険悪だった食卓の空気なんてどこかへ吹き飛んだ。
全員の視線が一斉にアランへ集まる。
「お腹空いたのかな?」
まずはお乳。
違った。
抱っこして優しく揺らしてみる。
それでも泣き止まない。
オムツも確認してみる。
こっちも違う。
「何で泣いてるのかしら。」
「アラン、こっち見てー。」
シルフが指先に小さな風を集め、アランの前でくるくると動かしてみる。
ドライアドも魔法を使って、ちょっとした手品みたいなものを見せ始めた。
生後二週間じゃ、そもそもちゃんと見えてなかったと思うけどね。
それでも二人なりに一生懸命あやそうとしている。
パパも心配そうに横から覗き込み、私も何かできないかとアランの顔を見る。
だけど、
「うぇぇぇぇぇぇぇん!」
泣き止まない。
お乳ではない。
抱っこしてもダメ。
オムツでもない。
魔法の手品も効果なし。
あの手この手を駆使してみたけど、何をしてもダメだった。
もうお手上げだ。
どうして泣いているのか分からず、全員で困り果てながらアランの顔を覗き込む。
すると、
「…………。」
ピタリ。
あれだけ大きな声で泣いていたアランが、突然静かになった。
「え?」
どうして急に泣き止んだんだろう。
私たちが不思議に思っていると、アランの表情が少しずつ変わっていく。
「えへ、えへへ。」
笑った。
さっきまで大泣きしていたのが嘘みたいに、楽しそうな声を出して笑い始めた。
「…………。」
全員で何で?と顔を見合わせる。
さっきまで色々試していたけど、最後はもうお手上げになって全員で顔を覗き込んだだけだ。
それなのに泣き止んだ。
「何だったんだろう。」
私が首を傾げる横で、ママが小さく笑った。
「あぁ、そういうことね。」
どうやらママには分かったらしい。
私もパパも、シルフもドライアドも、揃って頭の上に疑問符を浮かべながらママとアランへ注目する。
ママは腕の中で笑っているアランを優しく見つめた。
「皆が喧嘩してるのが嫌だったんだよね?」
そんなことあるのだろうか。
まだ生まれて二週間だよ?
私たちが何を話していたのか理解できてるのかな。
だけど全員が必死になってアランを泣き止ませようとした途端、泣き止んだことも事実だ。
言葉の意味なんて分からなくても、私たちの感情や険悪な空気を敏感に感じ取っていたのかもしれない。
そして今は、みんなが自分のことを見ている。
だから安心した?
本当のところはアランにしか分からない。
それでもママの言葉を聞いた私たちは、もう一度お互いの顔を見合わせた。
何だか急に怒っていたのが馬鹿らしくなってきた。
誰からともなく、少しだけ笑う。
「ごめんなさい。」
「すまなかった。」
「悪かったと思ってる。」
「ごめん。」
皆で一緒に謝った。
誰が誰にというわけでもない。
私も悪かった。
パパも悪かった。
シルフとドライアドも悪かった。
だからこれでおしまい。
「えへへ。」
そんな私たちを見ながら、アランはずっと楽しそうに笑っている。
偶然だったのかもしれない。
本当に私たちの空気を感じ取っていたのかもしれない。
それは分からないけど、一つだけ確かなことがある。
我が家の天使を泣かせてしまったことを、私たちは全員で深く反省するのであった。




