それぞれの思惑③
「魔王は異次元の向こう側へ逃げ込んでいた。」
クレスの口から告げられた言葉に、私は驚いたような表情を作った。
「そんなことがよく分かりましたね。」
うーん。知ってて聞くんだから、我ながら白々しい。
魔王がどこへ逃げ込んでいるのかは、ゲーム時代から知っている。
だけど、それを今の王国がどうやって見つけたのかまでは知らない。
私の知らないところで何かが起きたのは間違いないので、そこについては気になる。
「機密が伴うらしく、私にさえ情報は入ってきていない。」
「そうなんですか。」
現在、ゾディアック王国内で唯一のグランドナイトになったクレスにも知らされていない?
王国騎士団に所属しているクレスにすら情報が伏せられているとなると、やっぱり他国の技術なのかな。
そう考えると、一番怪しいのはシン共和国だ。
ゾディアック王国や神政国家ストレリチアとは違う方向に技術を発展させている国。
その上、代表が異世界人ともなれば異次元へ干渉する何らかの技術があってもおかしくはない。
もちろん、今のところは私の想像でしかないけど。
「ともかく、異次元に調査隊が侵入して魔王の痕跡を発見したとのことだ。」
「となれば近いうちに魔王と……。」
「ああ。決戦は免れないだろう。私も君も召集がかかるはずだ。」
クレスの言葉を聞き、私は手にしていたお茶へ視線を落とした。
いよいよこの時が来たということか。
ゲームのメインストーリーでも大きな節目となっていた魔王との決戦。
それが現実となって、もうすぐ始まろうとしている。
「やってやろうじゃない。」
シルフが腕を組みながら自信満々に言う。
「ふんすふんす。」
ドライアドも両手を握って気合い十分だ。
口で言ってるだけで鼻息を荒くしてるわけではないので悪しからず。
「シルフとドライアドもやる気のようだな。頼もしい。」
クレスが二人を見ながら笑う。
ガイアとの約束もあるお陰なのか、二人ともいつになくやる気だ。
普段なら戦う前からここまで気合いを入れることも珍しい。
一方で、私は二人ほど前向きな気分にはなれなかった。
倒さなくちゃいけないんだよね?
分かっている。
魔王を放置するという選択肢はない。
それでも、これから本当に魔王との戦いが始まるのだと思うと、少しだけ憂鬱な気持ちになる。
「不安か?」
「え?」
クレスに声を掛けられ、顔を上げる。
「あ、いえ。そんなことはないですよ。」
どうやら気持ちが表情に出ていたらしい。
そんなつもりなんてなかったんだけど。
「当たり前でしょ~、アイラだって女なのよ!」
シルフが何故か得意げに口を挟んでくる。
その説明は意味分からないからシルフ。
女だから何なの。
「不安な子には優しい言葉をかけるべき。」
ドライアドまでクレスへ助言し始めた。
「…………。」
あ、分かった。
これ二人とも楽しんじゃってるんだ。
クレスと私を使って恋愛劇をさせたいわけね。
多分、前世でいうところの学生ノリみたいなやつだ。
友達同士で誰と誰がお似合いだとか、好きなんじゃないかとか言って面白がるあれ。
シルフもドライアドも、完全にその感覚で遊んでいる。
「申し訳ない。私も不安を与えるつもりはなかった。」
「あ、いえ。クレスは何も悪くないですよ。」
本当に一切悪くない。
それなのに真面目な顔で謝罪してくる。
高潔な人間は、こういう時の対応までカッコいいらしい。
クレスは少しだけ視線を落とす。
そして再び私を見ると、さっきまでとは違う真剣な表情になった。
「だが、どんな危機があったとしても私はアイラを守ると誓おう。」
「え?」
いつになく真剣な顔をしてるけど。
守る? 私を?
「え、それは悪いですよ。それに魔王との戦いともなれば守るべきはプリースト達でしょう。」
「…………。」
あれ?
クレスの動きが止まった。
でも私、何か変なことを言った?
大規模な戦闘でヒーラーを守るのは基本だ。
特に魔王との決戦ともなれば、回復役が倒れた瞬間に前衛まで一気に崩れる可能性がある。
グランドナイトになったクレスなら、間違いなく重要な前衛戦力になるはず。
そんなクレスが私一人を守るために動くなんて、戦術としておかしい。
むしろここは私がちゃんと進言しておかねば。
「私ならシルフとドライアドもいますし、自分の身くらいは守れますから。クレスはちゃんとプリーストさん達を守ってあげてください。」
「そ、そうだな……。」
あれ?
さっきまであんなに真剣だったクレスの表情が、みるみるうちに崩れていく。
肩まで少し落ちているように見えた。
なんというか、仔犬みたいな表情になってる。
正しいことを言ったつもりなんだけど。
もしかしてグランドナイトなのに戦い方へ口を出されたことで、プライドを傷つけてしまったのだろうか。
だとしたら申し訳ないことをした。
「アイラ、さすがにそれは……。」
シルフが何とも言えない顔でこちらを見る。
「むごい……。」
ドライアドまで引いている。
何その反応。
言いすぎたにしても間違ったことは言ってないのに。
でも二人が揃ってこんな反応をするということは、酷いことを言ったように聞こえたのだろう。
「ご、ごめんなさい、そんなに落ち込むと思わなくて!」
「はは、大丈夫だ……。」
大丈夫と言いながら全然大丈夫そうに見えない。
乾いた笑いまで浮かべている。
どうしよう。
そんなに傷つけるつもりじゃなかったのに。
私が何とかフォローする方法を考えていると、シルフがクレスの肩を軽く叩いた。
「せいぜい頑張りなさい金髪。」
続いてドライアドも頷く。
「応援だけしとく。」
「…………。」
何を応援しているの?
クレスは二人の言葉に何とも言えない表情を浮かべながら、残っていたお茶を静かに口へ運んだ。




