それぞれの思惑①
「久しいなアイラ、息災だったか。」
サジタリウスの街中をシルフとドライアドと一緒に歩いていると、背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。
この声の主を私は知ってる。
振り返ると、そこには予想した通りの金髪の青年が立っていた。
「久しぶり、です。」
最後に会ってからそれなりに時間が経っているけど、一目で分かった。
相変わらず背が高い。
それに以前よりも体つきが逞しくなったような気がする。
私が久しぶりに会ったクレスを眺めていると、横にいたシルフが突然声を上げた。
「金髪じゃない!」
「アイラのこれ?」
ドライアドが何かを察したように親指を立てようとする。
私はその手を両手で挟み、そのままそっと下へ引っ込めた。
やめなさい。そういうのじゃありません。
それよりも今は気になることがある。
クレスの格好だ。
以前会った時に身に着けていたロードナイトの装備とは明らかに違う。
より上位の騎士を思わせる正装。
ゲーム時代に何度も見てきた姿だから、見間違えるはずがない。
「グランドナイト……転職できたんですね。おめでとうございます。」
「ああ、ありがとう。」
なるって宣言して本当に三次職になれちゃうなんて凄い。
ゲームの正史におけるクレスは、グランドナイトへ転職する前に命を落としている。
だからこの姿は、私の知っているメインストーリーには存在しない。
本来なら決して見ることのできなかった姿。
正史を越えたクレスが、今こうして私の目の前に立っている。
過去を変えたことで色々と不安になることもあったけど、こういう変化を見ると素直に嬉しい。
クレスは生きていて正史では辿り着けなかった場所まで、自分の力で進んでいる。
……あれ?
そこまで考えたところで、ふと疑問が浮かんだ。
グランドナイトが誕生したなんてニュース、聞いてないよね?
三次職だよ?
それも王国を代表する騎士職の三次職。
絶対に大きなニュースになると思うんだけど。
「グランドナイトが誕生したなんて報せは聞いてない。」
私が首を傾げていると、クレスが当然のことのように答えを教えてくれた。
「あぁ、昨日転職して今朝起きてからすぐに君に会いに来たからな。また会う時にはグランドナイトになっておくと約束しただろう。」
「あぁ……。」
そういえば、そんな話をしていた気がする。
最近はパワーレベリングにアランという我が家の天使誕生まで、大きなイベントが重なりすぎてすっかり忘れていた。
でも、グランドナイトになったから私に会いに来た?
しかも転職した翌日の朝に?
……あれ? 何か順番がおかしいような。
普通は王国への報告とか、騎士団でやることとか色々あるんじゃないのかな。
それより先に私へ会いに来たってこと?
何となく引っかかる。
引っかかるんだけど、何に引っかかっているのか自分でもよく分からない。
まあ、本人が良いならいいか。
「それより……グランドナイトの正装を知っているんだな。現在の王国内では一人もいない。殆ど伝説の存在なんだが。」
「へ?」
今、さらっと凄いことを言わなかった?
現在の王国内には一人もいない?
ということは、
「今はクレスしかいないんですか?」
「ああ、そういうことになるな。」
そんなことある?
ナイトの系列は王妃様から任命されることで転職できる職業だ。
つまり王国が管理している職業でもある。
その最上位に近い三次職が、今まで一人も存在していなかった?
そして現在はクレスただ一人?
そんなことが本当にありえるの?
……いや、本人がそう言ってるんだからあるんだろうけど。
ということはクレスから見た私は現在の王国に一人もいない職業の格好を一目見ただけで分かった人物?
横を見るとシルフと目が合った。
あんたまたやったわね。
口には出していない。
だけど、その目が如実にそう語っていた。
続いてドライアドを見る。
アイラどんまい。
こっちも口には出していないのに、そう言っている気がする。
二人ともそんな目で見ないで。
「た、たまたま、昔にどこかの本で読んで!」
咄嗟に言い訳する。
我ながら苦しい。
でも他に思いつかなかったんだから仕方ない。
「名前はともかく、服装は王国以外で管理されてなかったと記憶しているが。」
「…………。」
クレスは少し考えるような顔をして、不思議そうにこちらを見る。
まずい。何かを言えば言うだけ墓穴を掘っている。
ここでさらに言い訳を重ねたら絶対に悪化する。
どうしよう。私が必死に次の言葉を探していると、クレスの表情から疑問の色が消えた。
「アイラがそう言うなら、それが真実なのだろう。」
そう言って優しい目をすると、柔らかくふっと笑った。
「…………。」
うぅぅ。嘘ついてごめんなさい。
あと凄いイケメン。
その顔でそんなふうに笑うのは反則だと思います。
「本当は個人的に会いたいところではあったのだがな、残念ながら王国騎士団としての任務がある。どこかゆっくり話せる場所は無いか?」
「ゆっくり話せる場所ですか?」
少し考える。
人が少なくて、落ち着いて話せるところ。
「あ、それなら私の家がありますよ。」
「ア、アイラの家だと!?」
「? はい。」
何をそんなに動揺してるんだろう。
クレスが目に見えて狼狽えている。
確かに私の家はちょっと特殊だけど、話をする場所としては問題ないと思う。
家ならお茶も出せるし、周りに話を聞かれる心配も少ない。
そう思っていたら、背後から小さな声が聞こえてきた。
「アイラってまだそこまで親しくない男を家に連れて行くのね。」
「だいたーん。」
「…………。」
そういう意味じゃないから。
そういう意味じゃないんだけど、二人に言われた瞬間、自分が何を提案したのか急に意識してしまった。
顔がみるみる熱くなっていく。
自分では見えないけど、絶対に真っ赤になってる。
「あ、いや、そんなつもりではなかったというか。」
「わ、私もそんなつもりじゃなくて、ごめんなさい……。」
何故かクレスまで顔を真っ赤にしている。
やめて。こんな街中で二人して顔を真っ赤にしていたら、それこそ周りから誤解されるから。
「…………。」
「…………。」
気まずい。
物凄く気まずい。
何も言えないまま十秒ほどの沈黙が流れた。
シルフとドライアドは私の後ろにいる。
見えているはずがないのに何故だろう。
二人が目をキラキラさせながら私たちを見ている顔が、はっきりと想像できる。
今すぐこの空気から逃げたい。
何でもいいから別の場所を提案しよう。
必死に頭を働かせ、何とか言葉を紡ぎ出す。
「えっと、広場に私が子供の頃から使ってるベンチがあるので、そこでも良いですか?」
「あ、ああ。案内してくれ。」
咄嗟にしては良い機転が利かせられたんじゃないかな。
これなら大丈夫。
私はクレスを連れて広場へ向かうことにした。




