幕間 我が家の天使
そこはサジタリウスの一角に建つ、周囲の家より少しだけ大きな一軒家。
外から眺めただけなら、多少立派ではあっても特別変わったところのない家に見える。
だけど玄関まで近づけば、この世界の人なら誰でも違和感を覚えるものが取り付けられていた。
扉の横に埋め込まれた、大きな水晶石だ。
私は腕に付けている腕輪を近づける。
腕輪にも同じように小さな水晶石が取り付けられていて、それが玄関の水晶石へ近づいた瞬間、銀色の光を放った。
カチッ。
小さな音と共に扉の鍵が外れた。
「ただいま~。」
扉を開けて中へ入ると、まず目に入るのはスモーキーグリーンに統一された壁紙だ。
この世界ではあまり見かけない色合いだけど、派手すぎず落ち着いていて私は結構気に入っている。
もっとも、この壁が普通ではない理由は色だけじゃない。
強い魔力を持っている人なら、壁一面に薄っすらと浮かぶ魔法文字を見ることができる。
家全体を覆うように張り巡らされたドライアドの防御魔法だ。
この魔法が建物そのものを補強していて、普通の家よりも遥かに頑丈になっている。
おそらくなり立てハイウィザードの攻撃魔法程度ではビクともしないんじゃないかな。
そして家の中を見渡せば、もっと分かりやすく普通ではないものが至るところに置かれていた。
この世界ではあまりお目に掛かれない形の魔道具の数々。
それも貴族のお屋敷へ行ったところで、そう簡単には見られないような物ばかりだ。
キッチンには、わざわざ井戸まで水を汲みに行かなくてもいいように地下水を汲み上げてくれる水道がある。
取っ手を回せば水が出てくるので、料理をするにも食器を洗うにも便利。
その隣には、操作するだけで火が出るコンロまで置かれている。
薪を用意して火を起こす必要なんてない。
これはこの世界でもほとんど出回っていない魔道具の試作品。
さらに大型ではないものの、数日分の食材なら十分に入れておける冷蔵庫と冷凍庫。
これだけでも、普通の家からすれば十分すぎるほど贅沢だ。
更には貴族の家にすらないシャワー付きのお風呂。
一日に出せる量は決まっているけど温かいお湯が使える。
そしてお風呂から上がったら、髪を乾かすための温風機まで完備。
さすがに前世で使っていたものみたいに片手で持てるほど小型化されてはいない。
椅子を正面へ置いて座り、固定された温風機から出てくる風に髪を当てて使う。
まだまだ使いにくいけど、それでも自然乾燥するより遥かに早い。
庶民の家に無いシリーズで言えば御手洗いも完備してるんだけど詳しくは秘密。
ヒントは地下のスライム。
それ以上は私の口からは言えない。
水道、コンロ、冷蔵庫、冷凍庫、お風呂、温風機、お手洗い。
どれもこれも、この世界ではあまりに画期的な発明だ。
当然ながら庶民の家へ普及しているような物ではない。
そんな魔道具の一つ一つには、共通する意匠が施されている。
銀色の髪をした、小さな妖精。
水道にも、コンロにも、冷蔵庫にも。
よく見ればどこかに必ず銀髪の妖精が描かれている。
ここにある魔道具は全て、とあるペドラーの少女が生み出した発明品だからだ。
ちなみに魔道具は飛ぶように売れて今では前世で言う所の法人化までしたらしい。
立派なゾディアック王国産のブランドとして全国に名を馳せている。
人気すぎてお金をいくら積んでも手に入らない魔道具が揃い踏みなのだから人脈とは恐ろしい。
そんな我が家の中を進んでいると、寝室の方から小さな歌声が聞こえてきた。
聞き慣れた優しい声。
私は自然と足音を小さくする。
寝室をそっと覗き込むと、そこにはママがいた。
椅子に腰掛け、腕の中に小さな赤ちゃんを抱きながら子守唄を歌っている。
そして、その腕の中には我が家の天使が眠っていた。
柔らかそうな銀色の髪。
まだ生まれたばかりの、小さな男の子。
名前は『アラン』。
この間生まれたばかりの、私の可愛い弟だ。
ママがこちらに気付いた。
「しー。」
人差し指を口元へ当てる。
私たちは揃って首をこくこくと縦に振った。
起こしちゃダメだね。
足音を立てないように気をつけながら、そっとママのところへ近づいていく。
近くで見ると、本当に可愛い。
小さな顔と手。
お乳を貰えたのだろうか。
ママの腕の中で安心しきって眠っている。
「…………。」
ドライアドなんて目をキラキラと輝かせながら、アランの顔へどんどん近づいている。
近い近い。
もう少し離れなさいと言いたいけどママが許してるから良いのかな。
シルフも声こそ出していないけど、興味津々といった様子でアランの顔をまじまじと覗き込んでいた。
二人とも赤ちゃんが気になるらしい。
ちなみに、私たちがアランの顔を見るのは今日が初めてではない。
むしろ生まれた瞬間から知っている。
ママの出産予定日の一か月ほど前にはサジタリウスへ帰ってきていたので、私も出産に立ち会っていたからね。
あの日のことは今でもよく覚えている。
◇
夜中にママの陣痛が始まった。
寝ていたところをシルフに無理やり叩き起こされて眠い目を擦って、急いでプリーストさんを呼びに行った。
この世界での出産はプリーストさんが立ち会う。
治癒の奇跡が存在しているおかげで、よほどのことがない限り命の危険はない。
仮に帝王切開になったとしても回復魔法ですぐに元通りにできるのだから当然と言えば当然か。
怪我や出産時の身体的な問題への対処という一点だけで言えば、奇跡が実在しているこの世界の方が前世より安全なのかもしれない。
それでも心配なものは心配だ。
特にドライアドは大変だった。
「アイラのママ大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「でも心配だよ。」
「プリーストさんもいるから外で待ってようね。」
「私も一緒にいる。」
ママから離れようとしない。
心配そうにママの近くをうろうろしている。
最終的には私の説得に加えて、シルフが強引に引き剥がすことでようやく大人しくなった。
ただ、そんなドライアド以上に落ち着きがなかった人がいる。
パパだ。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
座ったと思ったらすぐに立ち上がったり。
ずっとそわそわしていた。
私も心配だったけど、パパを見ていると逆に少しだけ冷静になれたくらいだ。
肝試ししている時に自分より怖がってる人がいると落ち着くあの感覚と思ってもらえたら分かるのかな。
そんな時間が続き、やがて夜が明ける。
そして明くる朝。
日の出が生命の誕生を祝福するかのように差し込むころ、元気な産声が聞こえた。
無事に生まれた。
そう分かった瞬間の安心感は、今でも忘れられない。
だけど私が安心している横で、ドライアドはもっと凄かった。
「もういいでしょ、会いに行く!」
誰よりも早くママのところまで飛んでいった。そして、
「痛いの痛いの飛んでいけ! 痛いの痛いの飛んでいけ! 痛いの痛いの飛んでいけ!」
私が何気なく言った前世の言葉。
それはドライアドが回復する時に使う言葉になった。
つまり絶え間なく回復魔法を猛連打している光景がこれ。
「ド、ドライアド。もう大丈夫だと思うよ?」
私が止めようとしても聞いてくれない。
少しでもママが元気になるようにと、何度も何度も回復魔法をかけ続けていた。
そのすぐ隣には、本来それをするために来てくれている助産師のプリーストさんがいる。
完全に仕事を取られてしまった形だけど大丈夫かな。
ちょっと心配になって顔色を窺ってみたけど、プリーストさんは困った様子すら見せず、微笑ましそうにドライアドを眺めているだけ。
優しい人で良かった。
私はちょっとだけ恥ずかしかったけど、問題ないならドライアドの好きにさせておいた。
それだけママのことが心配だったんだろうから。
そうこうしている間に生まれたばかりの赤ちゃんに肌着が着せられてママの元まで連れてこられる。
全員でその顔を覗き込むとあまりの可愛さに小さな叫び声が上がった。
この小さくて可愛い命、私たちが絶対に守るからね。
◇
それから家へ帰ってくるまで、ドライアドはずっとママとアランに付きっ切りだった。
産屋で働いているプリーストさんたちの邪魔にならないようにはしてくれていたけど、本当に一時も離れようとしない。
ママが休んでいれば近くにいる。
アランが眠っていれば覗き込む。
少しでも何か変わったことがあれば、すぐにプリーストさんへ確認する。
これにはさすがのシルフも呆れ顔だったね。
そして今も、
「…………。」
ドライアドは眠っているアランを至近距離から見つめていた。
あの時から何も変わっていない。
むしろ一緒に暮らすようになった分、さらに酷くなっている気がする。
でも、気持ちは分かる。
私もママの腕の中で眠るアランへ視線を戻した。
小さな胸が、呼吸に合わせてゆっくり上下している。
その姿を見ているだけで自然と頬が緩んでしまう。
うん、やっぱり可愛い。
我が家の天使は今日も健やかにお休み中です。




