アイラ先生のムキムキパワーレベリング⑩
さらにダンジョンの奥へ進んでいく。
先ほどの戦闘でシルフには属性相性を実際に経験してもらった。
火属性のヘルハウンドに対して風属性の魔法を使えば、普段なら十分に仕留められるだけの威力があっても大きく軽減されてしまう。
ゲームでは知識として当たり前のように覚えていたことだけど、実際に戦ったシルフにとっては良い経験になったはずだ。
シルフの番が終わったとなれば、次は当然、
「ドライアドの番だよ。」
「やってみる。」
私の言葉にドライアドが頷く。
しばらく洞窟の中を歩いていくと、前方百メートルほど先にヘルハウンドの姿が見えた。
今度は向こうも私たちに気付いている。
こちらを見つめながら背を低くして、最大級の警戒を向けていた。
さっきシルフが戦った時のような不意打ちはできそうにない。
ヘルハウンドに向かってドライアドが私たちよりも一歩前に出る。
「悪い子はお仕置き。」
今にもこちらへ飛びかかってきそうなヘルハウンドを、ドライアドが真っ直ぐに睨んだ。
対するヘルハウンドも牙を剥き出しにして、低い唸り声を上げる。
お互いに睨み合いながら、最大限に魔力を高め合っていく。
ドライアドの周囲では大地へ流れる魔力が急速に高まり、ヘルハウンドの喉元にも大量の魔力が集中させた。
もはや両者の魔法による衝突は避けられそうにないところまで来ている。
「あいつ、さっきアイラに吐いたブレスよりでかいの使う気よ。」
「それはやばくない?」
シルフに言われて改めて確認する。
確かに明らかに喉へ溜めている魔力量がおかしい。
私がさっき受けたブレスとは比べものにならないほどの魔力が、一点へ圧縮されるように集まっている。
私たち三人まとめて消し炭にするつもりだ。
周囲には今もドライアドが掛けてくれた『プラントウォール』が浮かんでいる。
だけど、さっきは小さなブレス一発で機能を失った。
あの時より遥かに多くの魔力が込められた攻撃を防げるとは思えない。
一度距離を取った方が良いんじゃない?
そう考えた私とは対照的に、ドライアドは落ち着いていた。
「大丈夫だよ。任せて。」
振り返ることもなく、そう言い切る。
ドライアド自身が大丈夫だと判断しているなら、ここで私が手を出すのも違う気がする。
今回はドライアドの戦闘だ。
そこまで言うなら、全てを任せてみよう。
「ワンちゃん、おいで。」
ドライアドが挑発するように手招きする。
意味が通じたのか、ヘルハウンドは激昂したように体毛を逆立てた。
大きく開かれた口の奥から炎が漏れ出し、周囲の空気まで熱せられていく。
そして大きく息を吸い込んだ。
「ヴォォォォォォォォン!」
「ちょ、まっ。」
閃光と共に放たれたのは、人一人くらいなら簡単に焼き尽くすほどの熱線だった。
ブレスなんて呼べるような生易しいものじゃない。
真っ赤な光の塊が洞窟の中を一直線に走り、私たち目掛けて迫ってくる。
下手に防いだり避けたりしたら、大爆発するかもしれない。
いや、それ以前に今からの回避なんて不可能だ。
どうするの?
「『レジスト』~。」
そんな私の焦りとは正反対の、気の抜けた声が聞こえた。
だけど、その声とは裏腹にドライアドから放たれた魔力量は凄まじい。
私たちの前へ巨大な魔力壁が展開された。
『レジスト』はパーティメンバー全員に、ドライアドの耐久力を基準としたバリアを付与するスキルだ。
ゲームでも使い勝手が良く、ボス戦などでは重宝したスキルだった。
ドライアドは全精霊の中でも特に耐久力が高い。
その耐久力をそのまま防御へ利用できるのだから、弱いはずがない。
これなら完全に防げなかったとしても、受ける被害は限りなく軽減できそうだ。
直後、『レジスト』へ熱線が直撃した。
思わず身構える。
だけど、予想していたような爆発は起こらなかった。
「えっ?」
生成されたバリアが熱線を正面から受け止め、その膨大なエネルギーを吸い込むように押さえ込んだ。
赤い光がバリアの表面へ次々と飲み込まれていく。
やがて最後の光まで消え去った。
爆発どころか、私たちのところまで熱すらほとんど届いていない。
完全に押さえ込んでしまった。
「こんなことができるなんて、すごいよドライアド。」
私が素直に感心すると、ドライアドは見たかと言わんばかりに片手でピースを作った。
その顔には余裕すら感じられる。
「私の番だよ。」
高火力の熱線を放った反動なのか、ヘルハウンドはその場から動けずにいた。
大技を使った直後で、次の行動へ移れないらしい。
ドライアドはその隙を逃さなかった。
地面が小さく揺れ、岩の隙間から何本もの蔓が一斉に伸びていく。
「グルッ!?」
蔓がヘルハウンドの四肢や胴体へ絡みつき、その動きを完全に封じた。
しかし拘束しているのは植物の蔓だ。
体表の一部が燃えているヘルハウンドを拘束するには相性が悪い。
既に触れた部分から蔓へ火が移り、少しずつ燃え始めている。
長くは持たないだろう。
ヘルハウンドも必死に体を動かし、拘束から逃れようとしていた。
だけど、今はそれで十分だった。
蔓が燃え尽きるより先に、ドライアドの準備は終わっている。
「せーのっ、えいっ。」
次の瞬間、ヘルハウンドの足元から大量の岩の槍が突き出した。
一本や二本なんて数じゃない。
逃げ場を塞ぐように無数の岩槍が地面から生え、拘束されたヘルハウンドへ一斉に襲いかかる。
「ギャウン!」
短い悲鳴が響いた。
剣山のように生えた無数の槍が、ヘルハウンドを蜂の巣にする。
少しの間だけ体が震えていたものの、やがて完全に動かなくなった。
防御して、拘束して、最後に仕留める。
ただ、あれではもう素材としての価値はほとんど残っていないだろう。
体の至るところを岩槍が貫いている。
売却できそうな部位を探す方が難しそうだ。
私は無為に奪ってしまった命に心の中で手を合わせた。
「ドライアド凄いじゃない。」
終わってみれば一人で完封。
攻撃をまともに受けることもなく、こちらが危険になるような場面すら作らせなかった。
特に、さっきの『レジスト』は的確な判断だった。
「危なげなく倒せて凄いよ。」
「はぁ? 何呑気なこと言ってるの。」
シルフが呆れたように私を見る。
何でそんな反応なの?
ドライアドが一人で綺麗に倒したんだから、普通に褒めるところじゃない?
「あれ爆発させてたらアイラが危なかった。」
「へ?」
爆発させていたら危なかった?
熱線の直撃以外にも危険があったの?
私が理解できずにいると、シルフが周囲の岩壁へ視線を向けた。
「こんなところで爆発したら下手したら洞窟の天井が崩れる。」
「……あっ、そっか。」
言われて初めて気付いた。
確かに鉱山の発掘現場ではダイナマイトが使われていると聞く。
爆発の力で硬い岩盤を砕き、穴を掘り進めていく。
規模や方法こそ違うけど、やっていることは同じだ。
ここであれだけの熱線が爆発していたら、周囲の岩壁や天井にどれだけの衝撃が加わっていたのか分からない。
最悪の場合、モンスターとの戦闘どころじゃなくなっていたかもしれない。
「それに洞窟内での爆発は毒が出たりするらしいわよ。」
そう言われれば、前世でも洞窟内で爆発が起きた後には有毒なガスが発生することがあると習った。
何が燃えたのか、どんな物質が周囲に存在していたのかによっては、目に見えない危険が発生することもある。
それでなくても酸素濃度が下がって、酸欠になるかもしれない。
体験したことはないけど、酸素濃度が低い空気を吸い込んだら一瞬で意識を失う、なんて話も見たことがある。
目の前にある炎や爆発だけを警戒していれば良いわけじゃないんだ。
そう考えると、熱線そのもの以上に危ない状況だったことが分かった。
もし『レジスト』で防ぐだけではなく、真正面から魔法をぶつけて爆発させていたら私は攻撃を防げたことに安心して、その後に起こる危険へ気付けなかった可能性がある。
ゲームなら攻撃を防げた時点で終わりだった。
画面に表示されたダメージがゼロなら、それ以上のことを考える必要なんてない。
だけど、ここはゲームじゃない。
攻撃を防いだ後に何が起こるのか。
周囲の地形や空気にどんな影響が出るのか。
そういうことまで考えながら戦わないといけないんだ。
私はゲーム時代の知識なら二人よりずっと多く持っている。
それでも、この世界で生きるための知識まで全て持っているわけじゃない。
今回みたいに二人の方が先に危険へ気付くことだってある。
私も二人から学ぶことは、まだまだありそうだ。




