アイラ先生のムキムキパワーレベリング⑥
しばらく歩き続けていると、ようやくストレリチアの街が見えてきた。
荒野の向こうに大きな外壁が見える。
ここまで来れば、あと五分も歩けば門へ着くだろう。
「アイラさん、ありがとうございました。ここまで連れてきていただければもう大丈夫です。」
「そうですか?」
周囲を見回す。
確かに、この辺りまで来ればアクティブモンスターもいない。
街道を歩く人の姿も見えるようになり、先ほどまでの荒野とは比べ物にならないほど穏やかな場所だ。
これだけ街に近ければ、万が一のことも起こらないだろう。
本人が大丈夫と言っているなら、ここでお別れしても問題なさそうだ。
「分かりました。またご縁があればお会いしましょう。」
「ええ、ありがとうございました。また会いましょう。必ず。」
「はい。」
女性が立ち止まり、深々と頭を下げる。
最初にお礼を言われた時にも思ったけど、一般信徒の服装には似つかわしくないほど所作が綺麗。
それよりも、必ずの最後の一言だけ、やけに強調されていた気がする。
まあ、また会いたいと思ってもらえたのなら良いことなんじゃない?
私も悪い印象は持っていないし、その時は普通にお話しできると嬉しい。
そんなことを考えていた時だった。
ビュオォォォッ!
「きゃっ!?」
突然、強い風が吹いた。
何も遮るもののない荒野を吹き抜けた風は、私が転びそうになるほど猛烈な勢いで駆け抜けていく。
そして当然、その影響を受けたのは私だけじゃない。
女性が深く被っていたフードも大きく捲れ上がった。
「あっ!」
「は?」
慌てて女性が手でフードを押さえる。
だけど、一瞬遅かった。
フードの中から流れ出た髪。
風に揺れるその色は、金。
「……。」
「……。」
私は慌てて視線を泳がせた。
「い、いや~凄い風でしたね。思わず目を瞑っちゃいました。」
「え、ええ。本当に吹き飛ばされるかと思いました。」
「……。」
「……。」
見ましたか?
見てません。
不思議とそんな会話を交わしていないのに、お互いの考えていることが分かる。
まるで武道の達人が拳を合わせた時かのように、私たちは一瞬で分かり合っていた。
そして、お互いの間に無限が広がる。
「……。」
「……。」
いやー、綺麗な髪の色ですね。ストレリチアで見るのは珍しい!とか言って誤魔化すのもありだっただろうか。
少なくとも他国の一般人が、ストレリチアの法皇様の髪色まで詳しく知らなくてもおかしくない。
知らないふりをするなら、そっちの方が自然だったかもしれない。
でも、その方向で逃げるには少々間が長すぎた。
今さら「珍しい髪ですね」なんて言ったら、むしろ知っていると自白しているようなものだ。
ここから入れる保険は一つ。
私は見てませんでした。その方向で逃げ切るしかない。
「で、では。私はこれで。本当にありがとうございました。」
「い、いえ。たまたまとは言え、お役に立てて良かったです。」
お互いに何事もなかったような顔で別れの挨拶をする。
「ばいばーい。」
「またねー。」
「精霊様達もありがとうございました。」
女性はシルフとドライアドにもお礼を告げる。
そして、もう一度深々と頭を下げると、一人で街へ向かって歩いていった。
その後ろ姿が少しずつ遠ざかっていく。
「……。」
ちょっと待ってね。
状況を整理したい。
まず、この国の法皇様は金髪青目の女性。
年齢は私と同じくらい。
品行方正でストレリチア国内の衝突や国家間の摩擦について憂いている。
「アイラー?」
「どうしたのー?」
シルフとドライアドが両側から私の頬を指でつついてくる。
今はちょっと待って、考えてるから。
うん、そうだね。だけど、おかしい。
おかしいんだよ。
「だってこんなところに一人でいるはずないでしょー!!」
「うわっ。」
「うお。」
二人が同時に飛び退いた。
ドライアド。うお、はやめてね?
それより、確かに最初に青い目も見た。
あの時は光の加減でそう見えただけだと思った。
というか、そう思うことにした。
だって法皇様が一人で荒野にいるなんて普通は考えないでしょ。
それに、そういえばシルフの魔法を拒否してたよね。
「……あっ。」
そう思うと、あれもフラグだったんだ。
ストレリチアの法皇様には、極めて特殊な性質がある。
女神ガイアに属する魔法や奇跡の効果を、一切受けない。
そう、一切受けないんだよね。
攻撃魔法も奇跡による回復も。
あらゆる全てを受け付けない。
確か設定資料では、天空神ウーラノスの化身でもあるため、女神ガイアに属する力の影響を一切受けないとかなんとか書いてあったはず。
そうなると、精霊魔法も弾いちゃうのかなぁ。
もしシルフの魔法で飛んで帰ろうとして、効果がなかったらどうなる?
どう考えてもおかしい。
だから「修行で歩いて帰らなければならない」と言って断った……とか?
「なるほど。」
いや、納得してる場合じゃない。
「それで、あの子のことは知ってたわけ?」
話が早くて本当に助かるよ、シルフ。
私は大きくため息を吐いた。
「会ったのは初めてだけど、あれはこの国の法皇様だね~。はぁ。」
言葉にすると、ますます意味が分からない。
そもそも、こんなところで会うこと自体がおかしいんだよ。
この国の法皇様だよ?
どうして護衛も付けず、一人で荒野を歩いてリュカオンに襲われてるの?
本当に何しに来たの、あの人。
「……。」
駄目だ。考えてみても分からないものは分からない。
本人はもう街へ向かって歩いていってしまった。
今から追いかけて問い詰めるようなことでもないだろう。
この問題については、これ以上考えるのをやめよう。
「考えはまとまったのー?」
「うん。考えても分からないから、考えるのをやめたよ。」
「まぁ、考えすぎも良くないものね。」
そうそう。シルフ、良いこと言うね。
世の中には考えても答えが出ないことがある。
そういうものに時間を使い続けても仕方がない。
「でも、やらかしについては理解しておいた方が良いわよ。」
「え、私何かした?」
今日はもうキャパオーバーなんだけど、まだ何かあるの?
シルフが呆れたような顔で私を見る。
「ねぇ、何で会ったことも無い法皇様の考えていることを知ってるの?」
「……。」
「……。」
「……そんなこと言ってました?」
「言ってたよ~。」
ドライアドまで肯定するなら、本当に言ってたんだろう。
人間、意識していないことは意外と覚えていないものだ。
だけどもし本当に言ってしまっていたのなら。
「確かにそれはおかしいね……。」
会ったこともない他国の法皇様が何を考えているのか、どうして私は知っているのか。
普通に考えれば疑問しかない。
あの最初にあった気まずい会話が私の思考能力を奪っていたに違いない。
そう思わなければ、やっていけそうになかった。




