アイラ先生のムキムキパワーレベリング④
さて、リュカオンを追い払えたのはいいけど、彼女をこのまま放っておくわけにもいかない。
とりあえず《HidePC》を解除して、あの人を保護しなきゃ。
私はシルフとドライアドへ視線を向け、無言で手招きする。
「?」
「なにー?」
二人が近づいてきたところで、女性から見えないよう少し離れた岩の後ろへ隠れた。
ここなら大丈夫かな。
《HidePC》と頭の中で念じる。
すると、さっきまで見えなくなっていた自分の手足が元通り視界へ映るようになった。
「一体何が……?」
岩の向こうから女性の声が聞こえる。
まだ困惑しているようだ。
私たちは岩陰から出ると、座り込んだまま周囲を見渡している女性のところへ向かった。
「大丈夫でしたか?」
「っ!」
声を掛けると、女性が驚いたようにこちらを振り向いた。
深く被ったフードのせいで顔はよく見えない。
「は、はい。あの、貴女が助けてくださったのでしょうか?」
「そうよ、アイラに感謝しなさい!」
「しなさーい。」
「こらこら、恩着せがましいことしないの。」
まったくもう。
さっきまで私に文句を言っていた二人が、今度は揃って偉そうにしている。
私は女性へ軽く頭を下げた。
「ごめんなさい。私の家族が失礼なことを言って。」
「……。」
返事がない。
どうしたんだろう。
女性は私ではなく、シルフとドライアドの方をじっと見つめたまま固まっていた。
フードで表情までは見えないけど、たぶんきょとんとしているんだと思う。
精霊を二人も連れている人間が突然現れたんだから、驚くのも仕方ないかな。
「あの?」
「……もしかして、隣国で話題のアイラ……さん、ですか?」
「えっ?」
私の名前を知ってるの?
何となく名前に引っかかりがあったけど、うろ覚えだったという感じなのかな。それにしても、
「まさかストレリチアにまで名前が届いてるなんて恥ずかしいです。」
ゾディアック王国で色々と噂になっているのは、もう諦めている。
でも、まさか隣国にまで知られているとは思わなかった。
私の名前なんて一般の信徒が知っているものなのかな?
ましてやゾディアック王国とストレリチアは、これまで緊張状態にあった国同士だ。
相手の国の情報をどの程度知っているものなのか、私にはよく分からない。
でも、実際にこの人は知っているみたいだし、そういうこともあるのかな。
「えぇ、何でも数百年ぶりの逸材だとお聞きしておりますよ。」
「そんなこと、たまたま運が良かっただけで。」
精霊との契約だって、色々な偶然が重なった結果だ。
私自身が何百年に一人の天才だと言われても、どうにも実感が湧かない。
「あたしたちと契約できたのは運が良いだけじゃないけどね。」
「ねー?」
はいそこ。召喚解除されたくなかったら黙っててねー?
私がじとっとした目を向けると、二人は何も悪いことなんてしていないような顔をしている。
そんな二人を見ながら、女性が小さく何かを呟いた。
「……色の羽のシルフと……葉のドライアド……。やっぱり……。」
「どうしたの?」
よく聞き取れなかった。
女性は小さく首を振る。
「いえ、何でもないんです。危ない所を助けていただいてありがとうございました。」
そう言って、女性は深々と頭を下げた。
「……。」
なんだろう。着ている服は、ストレリチアで見かける一般信徒のものだ。
それなのに、頭を下げる仕草がやけに綺麗だった。
「たまたま通りかかっただけですから、お礼を言われるほどではありません。」
「言われるほどのことだと思うけど。」
「お礼を言えて偉いね。」
「……。」
どうあってもマウントを取ろうとする精霊たちは無視しよう。
やがて女性が顔を上げた、その時だった。
フードの隙間から、ほんの一瞬だけ瞳が見えた。
「……ん?」
青?
今、青く見えたような……。
ストレリチアの国民は、黒い髪に黒い瞳を持つ人が多い。
もし本当に青い瞳をしているのなら、それこそ高貴な――。
「……。」
いやいや、まさか。
ただの偶然だ。
フードの奥は暗いから黒い瞳が光の加減で青く映っただけに違いない。
ただの勘違いに決まっている。
だって、この国で青い目を持つ者は、いつの時代もたった一人しか生まれてこないのだから。
そんな人が人通りもない荒野で、一般信徒の格好をして一人でリュカオンに襲われているなんてあるわけない。
私は頭に浮かんだ考えを振り払う。
それより今は、この人をどうするかだ。
「もし街に戻るのでしたら一緒に行きませんか? この辺りは危ないですし。」
「まぁ、よろしいのですか? 是非よろしくお願いします。」
「あ、はい。」
急に声のトーンが上がった。
本当に困っていたのかな。それなら助けられて良かった。
「この人も一緒に行くの?」
ドライアドが女性を見上げる。
「うん、困ってるみたいだから一緒に街に戻ろう。」
「あたしの魔法で飛んでいく?」
「それがいいかな。」
シルフの提案は悪くない。
私たちはともかく、この女性まで歩いて連れていくとなれば、またモンスターに襲われる可能性もある。
空から一気に街まで移動してしまった方が安全だろう。
そう考えたのだけど、
「あああ、あの!」
女性が慌てたように声を上げた。
「修行で歩いて街に戻らないといけないのです!」
「修行?」
「はい。」
「……大変なんですね。」
そんな修行があるなんて、天空教も過酷だなぁ。
私は女神ガイア様の存在を知り過ぎているせいもあって、国教を信じる信徒というわけではない。
それでも、この世界に信仰を持つ人が多いことはよく知っている。
旅をしていれば、こういう無謀とも思えるような修行をする人たちも何度か見てきた。
この人にとっても、歩いて帰ることそのものに意味があるのだろう。
それなら無理に空を飛ばせるわけにもいかない。
「それなら仕方ないですね。一緒に歩いていきましょう。」
「ありがとうございます。」
幸い、歩いたところで私の足でもここから一時間程度で街に着く。
モンスターが出ても、今度は私たちがいる。
急ぐことはないだろう。
こうして私たちは、荒野で出会った少し不思議な女性と一緒に街まで歩いて帰ることになった。




