アイラ先生のムキムキパワーレベリング③
そのまま荒野を駆け抜け、大きな丘を越える。
そこでようやく見つけた。
「いた!」
悲鳴の主と、その原因。
悲鳴を上げていたのは若い女性のようだった。
顔は見えないけど服装を見る限り、ストレリチアに住む天空教の信徒だろう。
女神ガイアではなく天空神ウーラノスを奉ずる宗教だ。
どうして人もほとんど住んでいない荒野に一人でいるのかは分からないけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
女性の前には、巨大な人影が立っていた。
全身を覆う黒い毛。
前へ突き出た鋭い牙をもつ口。
頭の上に生えた大きな耳。
鋭い爪を備えた太い腕。
二本足で立ち、手には大きな斧を携えた大きな人型の狼。
「何よ、あいつ!」
「あの人間おっきーい。」
「『リュカオン』! 人間じゃなくて、れっきとしたモンスターだよ。」
この付近に生息する、狼の獣人。
性格は極めて乱暴で、身体能力を活かした物理攻撃を得意とするパワータイプのモンスターだ。
そして、普通のモンスターではない。
『リュカオン』はネームドモンスターでもある。
ただし、ネームドモンスターの中では比較的弱い方に位置する相手。
そしてリュカオンにとって何より不運だったのは、ここが人のほとんどいない荒野だったことだろう。
周囲には誰もいないということは、私が力を使うのを邪魔するものもない。
「レーヴァテインは……いらないかな。」
せっかくここまでレベル上げをしてきたんだ。
今の私たちがどれくらい強くなったのか、試してみよう。
もちろん、最優先はあの女性の安全。
倒せるかどうかの確認は、その次だ。
「シルフは攻撃魔法準備。ドライアドはサポート、最優先はあそこの女性の安全の確保ね!」
「まっかせなさーい!」
「わかったー!」
二人の返事を聞きながら、自分の残り魔力を確認する。
さっき二人に散々吸われた魔力も、歩いている間に少しだけ回復している。
これなら戦えそうだ。
もし倒しきれなかったとしても、その時はGM装備の出番なだけ。
まずは女性とリュカオンを引き剥がそう。
魔力を練り上げ、狙いを定めた。
「『アースニードル』!」
リュカオンと女性の間から、土の槍が勢いよく伸びる。
槍の先端は女性から離れるようにリュカオンへ向かっていく。
不可視からの一撃、これは当たる。そう思った直後、
「ヴァウッ!」
リュカオンが大きく体を捻った。
土の槍が空を切る。
「嘘、あそこから避けられるの!?」
身体能力なのか。
それとも野生の勘なのか。
完全に不意を突いたと思ったのに、リュカオンは攻撃へ反応してみせた。
だけど、回避した直後なら次の動きには移れない。
「いっけー! 『エアブラスト』!」
シルフも同じことを考えていたらしい。
着地した瞬間を狙って、強烈な風の刃を叩き込む。
これは避けられないでしょ。
「グルッ!?」
リュカオンが咄嗟に腕を上げ、防御態勢を取った。
風の刃が全身へ襲い掛かる。
しかし、その豊富な体毛と屈強な肉体に阻まれ、大きな傷にはならない。
「硬っ!」
攻撃を受けても倒れない。体に傷を作っただけだ。
さすがはネームドモンスター。
でも、まだ終わりじゃない。
「『グランドスパイク』!」
今度はドライアドが加勢してくれた。
地面から生えたのは、先ほどの土の槍よりも遥かに大きな釘状の槍。
鋭い先端がリュカオンを襲う。
「ヴァウッ!」
それでもリュカオンは反応した。
後ろへ大きく飛び退き、直撃する前に距離を取る。
完全には避けきれなかったものの、後退したことで攻撃の勢いを殺された。
これも致命傷にはならない。
「なら、これはどう!? 『ヴォーテックスハリケーン』!」
私も続けて魔法を発動する。
ハイサモナーになって使えるようになった、風の大魔法。
荒野に激しい風が巻き起こる。
いくつもの風の刃が渦を作り、その中心へリュカオンを巻き込んだ。
「ヴオォォ!」
風の刃が全身を刻み続ける。
さすがにこれは効いている。
リュカオンの体が暴風に振り回され、足が地面から離れた。
それでも終わらない。
「ヴォォォッ!」
リュカオンは渦によって振り回される体を無理やり捩った。
力任せに体勢を変え、暴風の外へ向かって飛び出す。
やがて巨体が地面へ転がった。
「うそ、これでもダメなの?」
「しぶといわね。」
「すごーい。」
三人揃って驚いてしまう。
ネームドモンスターの中では弱い方とはいえ、普通のモンスターとは比べ物にならない。
あれだけ攻撃を浴びせても、まだ立ち上がろうとしている。
「ヴァウ。」
リュカオンが低く唸った。
周囲を見回している。
私の姿は《HidePC》で見えない。
攻撃がどこから飛んできているのか分からないのだろう。
それでも、このまま戦えば自分が不利だということだけは理解したらしい。
リュカオンは私たちへ背を向けた。
「あっ!」
四足を使う勢いで荒野を駆け出す。
そのまま全速力で丘の向こうへ逃げていった。
「あ、こら待ちなさーい!」
「なさーい!」
「追わなくていいよ、シルフ。」
今にも追いかけようとしていたシルフを止める。
今回の目的はリュカオンを倒すことじゃない。
あの人を助けることだ。
それに、今ので私たちがどのくらい戦えるのかも十分に分かった。
私は後ろへ振り返る。
そこには先ほどの若い女性信徒が座り込んでいた。
「……。」
突然襲ってきたリュカオン。
どこからともなく飛んできた魔法。
そして、何もない荒野から逃げていった巨大なモンスター。
何が起こったのか分からないのだろう。
女性はただ呆然とした様子で、リュカオンが消えていった方向を見つめていた。




