幸せな時間⑦
パパとママが泊まっている宿の一室。
いつもなら二人が使っているだけの部屋だけど、今日だけは少し様子が違っていた。
部屋の中央に置かれたテーブルには、所狭しと料理が並べられている。
そして、その中心にちょこんと置かれているのは小さなケーキ。
パパが王都から買ってきてくれた、いつもの一口ケーキだ。
「えへへ。」
見ているだけで頬が緩んでしまう。
今日の料理と比べれば決して豪華なものではない。
だけど、私にとっては特別なケーキ。
誕生日になるとパパが買ってきてくれるものだ。
小さい頃から変わらない、我が家の幸せの象徴。
そのケーキを取り囲むように、今日の晩御飯が並べられていた。
「それにしても、凄いね……。」
まず目を引くのは、大きなお皿に盛られたお肉。
普段食べているような塩とコショウだけの味付けとは違って、ソースまでたっぷりとかかっている。
その隣には、何種類もの野菜を使った色とりどりのサラダ。
葉野菜だけではなく、赤や黄色の野菜まで混ざっていて、しかも今日は高級品のドレッシングまで用意されていた。
さらに大きな器には、たくさんの具材をじっくり煮込んだスープ。
根菜を中心に何種類もの野菜が入っていて、その中には少しだけどお肉まで見える。
どれも平民の家なら、一品だけで十分にご馳走と呼べる料理ばかりだ。
昨日、ママが女将さんへ渡していたお金で少し豪華になるとは聞いていたけど、まさかここまでとは思っていなかった。
「女将さん、想像以上のやり手だね。」
限られた予算でこれだけの料理を用意してくれるなんて。
今度から女将さんを見る目を少し変えた方がいいかもしれない。
そんな料理の並んだテーブルを囲むように、椅子が四つ用意されている。
私とパパとママ。そして、ドライアドの分だ。
「ドライアド。そろそろママから離れたら?」
「ここがいい。」
ドライアドは椅子へ座りながらも、隣にいるママのお腹へぴったりと抱き着いている。
昨日からずっとこうだ。
とにかくママのお腹が気に入ったらしく、暇さえあれば抱き着いて離れようとしない。
さすがに夜寝る時まで一緒というわけにはいかなかったので、昨日はパパとママの部屋から引き剥がした。
あの時はちょっと不服そうな顔をしていたけど、
「ママをちゃんと寝かせてあげないと駄目だよ。」
そう説明したら、渋々ながら納得してくれた。
ちなみにシルフは椅子には座らず、いつものように私の隣をふわふわ飛んでいる。
これで全員揃って料理も全て並べ終わっている。
私は改めてみんなの顔を見回した。
「それじゃあ準備良いかな?」
自然と全員の声が重なる。
「いただきます。」
まずはサラダから。
パパとママのお皿には、女将さんが用意してくれたドレッシングがかかっている。
普段滅多に口にしない物なので二人とも嬉しそうだ。
ちなみに私のにはかかっていない。
「アイラは本当にドレッシングが苦手だな。」
「だって、野菜はそのまま食べた方が好きなんだもん。」
せっかくの誕生日なのにもったいないとは思う。
でも、苦手なものは仕方ない。
シャキシャキとした野菜をそのまま味わいながら、少しずつ食べ進める。
何種類も入っているから、一口ごとに味や食感が変わって楽しい。
サラダを食べ終えたら、次はスープ。
木のスプーンですくい、ふうふうと息を吹きかけてから一口飲んでみる。
「あ、美味しい。」
塩分は控えめ。
前世の料理で例えるなら、コンソメスープに近い味がする。
具材は根菜が中心で、どちらかといえばポトフみたいな感じかな。
じっくり煮込まれているおかげで野菜も柔らかい。
中に入っている少量のお肉からも旨味が出ているようで、薄めの味付けなのに物足りなさは感じなかった。
「これは美味いな。」
「美味しいわね~。」
「女将さん料理上手だね。」
三人揃って満足。
「こういうのが人間のご馳走なのね。」
「お野菜もたくさん入ってるね。」
シルフとドライアドは初めて見る料理と興味深そうに眺めていた。
中の具材だけを先に食べて、スープは多めに残しておく。
何度か説明してきたけど固いパンを付けて柔らかくするためにスープは大事。
私の顎の力だと噛み切るのに時間がかかって、食べてる間に料理が冷めてしまうから。
あらかじめナイフで切ってあるパンを、残しておいたスープへ浸す。
少し待ってから口へ運べば、固かったパンがスープをたっぷり吸って柔らかくなっていた。
「うん、美味しい。」
スープへ浸しながら少しずつパンを食べ、最後に残しておいたお肉へ手を付ける。
最初から食べやすい大きさに切り分けられた、モンスターの赤身肉。
中までしっかり火が通っている。
一切れをフォークで刺して口へ運ぶ。
塩とコショウは抑えめの味付けだけど、その分、上からかけられたステーキソースの味がよく分かる。
ソースはお肉との相性も良くて、噛むたびに赤身の旨味と一緒に口の中へ広がった。
「ん~、これも美味しい。」
一気に食べるのはもったいない。
一かけらずつ、ゆっくり味わっていく。
お肉を食べ終える頃には、お皿の上にソースだけが少し残っていた。
試しに残っていたパンを付けて食べてみる。
「これも美味しい!」
手間暇かけて作られたソースを最後まで残さず食べられるので一石二鳥だ。
残っていたパンを少しずつソースへ付けて食べていき、最後の一かけらを口へ入れる。
よく噛んで飲み込んだら、残しておいたスープも一緒に飲み干した。
「ごちそうさまでした。」
もうお腹いっぱい。
改めて今日のメニューを思い返してみる。
野菜が多く、スープも薄味。
お肉にも中までしっかり火が通っていて、全体的に塩とコショウも控えめだった。
素材も味付けも、妊娠しているママが食べやすそうなものが多かった気がする。
もしかして、これだけのメニューを用意しながら、そこまで考えてくれたのかな。
女将さん、ありがとう。ご馳走様です。
十分に料理へ舌鼓を打ったところで、いよいよテーブルの真ん中へ視線を向ける。
そこには最初からずっと待っていた、小さなケーキ。
お腹いっぱいじゃないのかって?
デザートは別腹なんですよ。
「それじゃあ、ケーキにするか。」
「うん!」
パパがケーキを手元へ寄せる。
今日の晩御飯と比べたら、ちょっと見劣りするくらい小さなケーキだ。
特別な味付けがされたり、フルーツが載ってるわけでもない。
それでも、私が「このケーキが良い」とパパに強請ったものだった。
パパが慣れた手つきで三人分に取り分けてくれる。
いつもは、この小さな一口ケーキを三人で分けて食べるのに今日は一人一個ずつ。
我が家の食糧事情もだいぶ進化してきている。
「アイラ、誕生日おめでとう。」
「もう家を出てから一年も経ってたのね。」
パパとママが、感慨深そうに私を見る。
去年の誕生日。
私は成人して、冒険者になった。
それから家を出て、ちょうど一年。
色々なことがあった。
たくさんの人と出会った。
少しは成長……できたのかな。
「ありがとう。とっても嬉しいよ。」
素直にお礼を言ったところで、やっぱり恥ずかしくなってきた。
だから誤魔化すように、目の前のケーキを指差す。
「そんなことより早くケーキを食べようよ。」
「はいはい。」
「いただきます。」
パパとママが笑いながら、それぞれケーキへフォークを刺す。
私も自分の分へフォークを刺した。
いつもなら、これより小さいケーキを何度かに分けて食べている。
だけど今日は、そのまま全部を口へ入れてみた。
「凄いじゃないか。」
「今日は一口ね。」
パパとママが珍しいものを見たような顔で私を見る。
そんな二人を気にせず、私はゆっくりケーキを噛んだ。
口いっぱいに幸せの味が広がる。
「ん~。」
いつもと同じ味。
何度も食べてきた、特別高級というわけでもない小さなケーキ。
それなのに、今日もやっぱり美味しい。
ケーキの甘みを何度も何度も口の中で楽しむ。
急いで飲み込んでしまうのはもったいない。
十分に噛み終わってから、少しずつ喉へ送っていく。
そして最後の欠片を飲み下した。
これで本当にお腹いっぱい。
料理をたくさん食べたからというだけじゃない。
お腹の中まで、幸せがいっぱい貯まっているような気がした。
目の前にはパパとママ。
隣にはシルフが飛んでいて、ドライアドは相変わらずママのお腹にぴったりくっついている。
そして、そのママのお腹の中には新しい家族がいる。
サラマンダーやウンディーネとも一緒に冒険しているはずだ。
会場はきっと建て替えた我が家。
来年の誕生日はきっと今までで一番騒がしくなる。
そう思うと、今から楽しみで仕方がない。
来年も再来年も、その先もずっと。
こうしてみんな一緒に誕生日を過ごしたいな。




