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幸せな時間⑤

「ん。」

それまでママに甘えていたドライアドが、ふわりと地面へ降りた。

何をするのかと見ていると、完成間近の家へ近づいていく。

そして壁へそっと手を当てた。


「ドライアド?」

「えいっ。」

次の瞬間、ドライアドの手から緑色の魔力が溢れ出した。

ぱぁぁっと柔らかな光が広がり、壁を伝って家全体へ行き渡っていく。


一瞬だけ家全体が緑色の光に包まれた。

やがて光が収まると、見た目は何も変わっていない。

だけど、さっきまでとは明らかに違う。

家全体が魔力によってコーティングされている。


「凄いじゃない、ドライアド。これならちょっとやそっとの攻撃を受けても平気ね。」

シルフが感心したように家を見上げる。

「うん、それにこれなら一見普通の家にしか見えない。」

私も壁へ近づいて確認してみる。


ドライアドが施したのは、家全体の強度を上げる防御バフのようだ。

外見は何一つ変わっていないのに、建物そのものがかなり頑丈になっている。

これなら、その辺のナイト程度のスキル攻撃では傷一つ付かないだろう。


「ドライアド、ありがとう。」

「ん。」

褒められたドライアドは満足そうに頷いた。

パパとママだけじゃなく、これから生まれてくる私の兄弟もここで暮らす。


ドライアドにとっても、大切な家だと思ってくれたのかもしれない。

ただ、これはこれで、一つ問題がある。

私は目の前の家をじっと見つめた。

「……。」


まだ完成してないんだよね。

家全体を防御バフで強化してくれたのはありがたい。

本当にありがたいんだけど、また工事中。

これから壁を削ったり、何かを取り付けたりする必要が出てきたら、一大事になるんじゃないだろうか。


その辺のナイト程度のスキル攻撃でも傷一つ付かない壁を、普通の工具でどうやって加工するんだろう。

……一旦、考えるのはやめよう。

私はママの方を向いた。

「ママ、もしも工務店の人から施工時に問題が起きたら私に伝えて。」


「ええ、分かったわ。」

ママも私が何を心配しているのか察したらしい。

家とドライアドを交互に見て、少しだけ笑っている。

本当なら、こういうのは完成してからやってほしかった。


だけど、ドライアドは私たちの家を守ろうとしてくれたのだ。

その気持ちを無下にはできないので黙っておく。

「アイラ、どうしたの?」

「何でもないよ。ドライアド、ありがとね。」


「どういたしまして。」

もう一度お礼を言うと、ドライアドは嬉しそうに笑った。

うん。やっぱりこれでいい。


施工中の家を見た後は、そのままパパとママが寝泊まりしている宿へ向かった。

家の建て替えが終わるまでは、二人ともここで生活している。

私も今回の滞在は二泊三日の予定なので、同じ宿に泊まるつもりだ。

中へ入ると、見慣れた女将さんがカウンターの向こうからこちらを見た。


「おや、アイラちゃんじゃないか。帰ってきてたんだね。」

「はい。今日から二泊三日お願いします。」

「はいよ。アイラちゃんも美人になったね~。」

「やだぁ女将さん、口が上手いですね。」


危うく一週間分の宿代を出したくなったところを、ぐっと堪える。

危ない危ない。もう少しで口車に乗せられてしまうところだった。

「その格好が噂のハイサモナーってやつかい?」

女将さんがカウンターから身を乗り出し、私の服を興味深そうに眺める。


「はい、幸運にも精霊女王様に認めてもらうことが出来ました。」

「へぇ~。ご縁があったってことなのかねぇ。」

「そうみたいです。」

話している私の後ろでは、シルフが退屈そうにしている。


ドライアドに至っては何の話をしているのか分からないらしく、ママにくっついたまま首を傾げていた。

人間にはね、社交辞令ってものがあるんだよ二人とも。

特に女将さんとのこういう会話は大事なの。

「噂の天才魔法使いがサジタリウスから出るなんて誇らしいねぇ。」


「いえいえ、さっきも言ったように本当に運が良かっただけですから。」

女将さんが感心したように私を見る。

「数百年間、誰もなれなかったハイサモナーに運が良かっただけでなれるのかねぇ。」

「ははは……。」


鋭い突っ込み。

だけど笑って誤魔化しておこう。

別に嘘をついているわけじゃない。

精霊女王様に認めてもらえたのは事実だし、幸運だったのも間違いない。


だからシルフとドライアド。

二人揃って首を大きく縦に振るのはやめなさい。

「うんうん。」

「そうだよね。」


ほら、女将さんがこっち見てるから。

私の言葉を精霊二人が全力で肯定したら、逆に何かあるように見えるでしょ。

「まぁ、本人がそう言うならそういうことにしておこうかね。」

「そうしてください。」


女将さんが楽しそうに笑った。

ありがたい。これ以上は追及しないでくれるらしい。

「ところで、お連れの精霊さんたちは一緒に泊まらないのかい?」

「あっ、二人は夜になったらアールヴヘイムに帰ってるので、寝るのは私一人です。もしその辺が気になるなら二人分も出しますよ。」


部屋を使うのは私だけだ。

シルフとドライアドは夜になると『アールヴヘイム』へ帰るので、二人分の寝床を用意してもらう必要もない。

「いやいや、信じてるし、夜中に騒がないなら精霊さんが泊まってても別に良いよ。」

太っ腹だ。パパとママの宿泊料金を多めに出しておいた甲斐もあったね。


もっとも、本当に二人が泊まることはないので、ご心配なく。

「本当に大丈夫です。お部屋はパパとママとは別で。あ、でもご飯だけは一緒に食べます。」

「はいよ。食事は三人分だね。」

「お願いします。」


これで宿の手続きも終わり。

そう思っていたところで、隣にいたママが財布を取り出した。

「それと女将さん。」

「なんだい?」


「このお金で明日の料理を少しだけ豪華にできますか? 明日はアイラの誕生日なんです。」

そう言って、ママがカウンターへお金を置いた。

「えっ。」

思わず金額を見る。


今日はたくさん売れたから、ママも太っ腹になってる。

今カウンターに置いたお金、いつもの誕生日よりも大きめに予算取ってるよね?

別に豪華な料理じゃなくても良いんだけどな。

パパとママと三人で食べられるなら、それだけで十分なのに。


でも、せっかくママが用意してくれると言っているんだから断るのも違う気がする。

「へぇ~そうなんだね。」

女将さんが私の方を見る。

「おめでとうは明日に取っておくよ。」


「えへへ。ありがとうございます。」

女将さんはママから受け取ったお金を確認すると、カウンターの下へしまった。

これで明日の夕食は少し豪華になるらしい。

今年は家じゃなくて宿になっちゃったけど、パパとママと三人で誕生日を過ごせるなら場所なんて関係ない。


「それじゃあ、両親の隣の部屋にしておくからね。」

「わ、ありがとうございます。」

女将さんが部屋の鍵を取り出して渡してくれた。

隣だからどうだってことはあんまりないんだけど、そういう気遣いが嬉しいね。

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