アイラが見る夢①
ゴンッ!
大きな音が森に響いた。
すごく頭が痛い。
温かいものが頭の上から流れてきて、目の前が赤く染まっていく。
これは何だろうと確かめようとして手を動かそうとしたけど、体はピクリとも動かなかった。
「崖から女の子が落ちた!」
「頭を岩に強く打ってる!」
「誰かプリーストを、早く!!」
遠くから誰かの叫び声が聞こえてくる。
――女の子?
誰のことだ?
『私』は女の子では……。
その瞬間、頭の中に電気が走ったような衝撃が突き抜ける。
『ネームレスオンライン』。
『運営』。
『仕様書』。
知らないはずの言葉が次々と頭の中に浮かび上がってくる。
――しらない、ことば?
ううん、しってる。
そうだ――。
私は知っている。
ネームレスオンラインというゲームと、運営していた会社。
夜遅くまで働いて、コーヒーを飲んで仕事へ戻ろうとして突然体から力が抜けたことを。
そして自分が四十を過ぎたおじさんだったことを。
ネームレスオンラインの運営だった人間の人生が、急激に頭の中へ流れ込んでくる。
「うっ……。」
割れるような頭痛に吐き気がして世界がぐるぐると回る。
森で遊んでいた記憶。パパとママの記憶。五年間生きてきた私の記憶。
それとは全く違う、何十年分もの膨大な人生。
何が自分の記憶で、何が誰かの記憶なのか分からない。
どちらも自分のものに感じるのに、あまりにも違いすぎる。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「この子、息をしてないぞ!」
「急いで!!」
その声を最後に、私の視界は闇へ沈んだ。
闇の先に光が見えた。
私はそちらへ向かって、懸命に足を動かす。
けれど、どうにも進みが悪い。
一歩が小さく視界も妙に低く感じる。
それどころか重心までおかしくて、やけに頭が重い。
気を付けて歩かなければ、今にも転んでしまいそうだ。
どうしてこんなに歩きにくいんだろうと考えながらも不安定な体で、ゆっくりと光へ向かって進んでいく。
光に近づくにつれて周囲が暖かくなってきた。
怖さは全く感じない。むしろ、その光に包まれたら安心できるような気さえする。
もがく様に足を動かして、ようやく目の前まで辿り着く。
私は眩しい光へ、そっと手を伸ばした。
その瞬間、あれほど眩しかった光が消えた。
「……?」
目の前に広がっていたのは森だった。
穏やかな木漏れ日がところどころに差し込み、風に揺られた木々がさわさわと音を立てている。
さっきまで感じていた頭の痛みもなく体も動く。
ぼんやりと周囲を見渡していると、不意に頭上から優しい声が聞こえた。
「気が付きましたか?」
そちらへ視線を向けると綺麗な黒髪の女性が、私の顔を覗き込んでいた。
見覚えのある服に見覚えのある装飾。
そして、その姿を見た瞬間に頭の中へ浮かんできた言葉を、そのまま口にする。
「ハイプリースト様……?」
その呼び名を、どこかで聞いたことがあるような……。
今の言葉は自分自身への疑問だったのだが、ハイプリースト様は質問だと受け取ったらしい。
「ええ。私はハイプリーストです。貴女は崖から落ちて頭を打ったのですが、覚えていますか?」
「崖……。」
そうだった。私は森で遊んでいて、ぬかるんだ苔に足を滑らせた。
そのまま崖から落ちて岩に強く頭を打って、それで――。
前世の記憶を思い出した。
ドクン、と胸が大きく跳ねる。
ハイプリーストとは女神ガイアを信仰するガイア教の信徒にして、奇跡と呼ばれるスキルを行使する者たち。
『リジェネレーション』、『キュア』。そして『リザレクション』。
数々の回復・支援スキルを駆使して戦う、その道のエキスパート。
何度も目にして扱ってきたから知っている。
それだけじゃない。
この森も今使っている言葉も。
私の中にある、この世界で五年間を過ごした記憶の全てが一つの答えへと繋がっていく。
間違いない。私は生まれ変わったのだ。
そして、この世界を前世から知っていた。




