四柱の精霊王⑪
目が覚めると、シルク布団の上だった。
この感触は知ってる。
目を閉じたまま手や足を動かし、何度かその滑らかな感触を楽しむ。
肌へ触れる布は柔らかく、寝返りを打つたびに心地良い。
ああ、幸せ。このまま二度寝したら、とっても気持ち良いだろうなぁ。
昨日はサラマンダーやウンディーネと契約して、その後は四人と何時間も話していた。
寝る直前には謎の精霊会議まで始まったし、少しくらい朝寝坊しても許されるのでは?
「本当に、このまま寝ちゃおうかなぁ。」
「ダメです。」
「わぁ!?」
耳元から聞こえた声に驚き、勢いよく目を見開く。
枕元にはウンディーネが立っていた。
こちらを見下ろす表情は穏やかだけど、二度寝を許してくれる雰囲気ではない。
「アイラ、おはよう。」
少し離れた場所からドライアドが、とてとてと歩いてくる。
寝起き早々その姿に癒やされていると、私のところまで来る直前、その体を横からサラマンダーがしっかりと押さえ込んだ。
「ドライアド、またアイラにキスしようとしてるでしょ!」
「むー。」
羽交い締めにされながら頬を膨らませて怒るドライアド。
その顔を見る限り、どうやら図星だったらしい。
昨日あれだけキスしたのに、朝起きてすぐまたするつもりだったの?
「何やってるのよ。アイラもキスされたくなかったら、さっさと起きた方が良いわよ。」
少し離れた場所では、シルフが呆れ顔で腕を組んでいた。
「う、うん。皆おはよう。」
起きたばかりだというのに賑やかすぎる。
ウンディーネは私を起こし、ドライアドはキスを狙い、サラマンダーはそれを阻止して、シルフは呆れながら注意している。
このどんちゃん騒ぎを見て確信した。
ああ、完全に私の朝の平穏は終わったんだと。
「ふぅ、朝から酷い目にあった。」
結局あの後、精霊たちの騒ぎは三十分にも及んだ。
ようやく解放された私は、顔を洗うため世界樹の根元にある泉までやって来ている。
朝の空気は澄んでいて、巨大な世界樹の枝葉から差し込む光が水面をきらきらと輝かせていた。
泉の水を両手ですくって顔へかけると、ひんやりとした感触で残っていた眠気が一気に吹き飛んだ。
「冷たくて気持ちいい。」
もう一度水をすくい、今度は手を丁寧に洗う。
洗い終えた後は温風魔法を自分の手と顔にかけ、水分を乾かしていった。
魔法が生活にあると、こういう時は本当に便利だよね。
「む~。」
ふと声が聞こえてサラマンダーを見ると、なぜか周囲を威嚇するように睨んでいた。
どうしたんだろう。
その視線の先を追ってみる。
「あれ?」
周囲にいる人たちの視線が、こちらへ向いている。
エルフにドワーフ、精霊と少数の人間。
種族なんて関係なく、とにかく多くの注目を集めていた。
私と目が合った瞬間に慌てて顔を逸らす人もいれば、隠すつもりもなくこちらを見続けている人もいる。
「何か私たちのことを皆見てない?」
「当たり前じゃない。皆アイラに興味津々よ。」
シルフは何を今さらと言わんばかりの顔をしている。
「どうして?」
私はそんなに珍しいことをしただろうか。
そう思って首を傾げると、サラマンダーが私の前へ回り込んだ。
「ねぇアイラ。契約してる私たちはどういう存在?」
突然サラマンダーのなぞなぞが始まった。
とはいえ正解率百パーセントのサービス問題だったけど。
「次代の精霊王だったよね。」
「正解ー。」
隣にいたドライアドが両腕を上げ、頭の上で大きな丸を作ってて可愛い。
「では、そんな私たちが人間と一緒にいたらどう思います?」
今度はウンディーネから問題を出された。
私は少しだけ考えてから、改めて四人の姿を順番に見る。
「……私ならジロジロ見ちゃうかもね。」
「アイラはハイサモナーが街中を歩いているの見たことある?」
「……無いね。」
シルフに聞かれて、ようやく自分がどんな状況にいるのか理解した。
つまり周囲から見たら、未来の精霊王を全員連れた見慣れない格好の人間が、普通に世界樹の根元で顔を洗っているわけだ。
それはすっごく目立つに違いない。
私だってそんな人が目の前にいたら絶対見る。
「で、でも精霊王のことを知ってる人なんて多くないでしょう?」
最後の希望を込めて尋ねてみる。
少なくとも人間の町なら、精霊について詳しい人なんてそこまで多くないはず。
だけど、ここはアールヴヘイムだ。
「アールヴヘイムにいたら普通の精霊は見慣れてるけど、私たちはちょっとずつ違う、よ。」
ドライアドが自分の頭を指差した。
確かに言われてみれば、その通りだ。
シルフには普通の風の精霊とは違う虹色の羽がある。
ドライアドの頭には特徴的な双葉。
サラマンダーの尻尾には金色のラインが走り、ウンディーネの頭には王冠が載っている。
精霊を見慣れている人なら、普通とはちょっと違う精霊だということは一目瞭然だ。
むしろ精霊が珍しい人間の町より、この場所だからこそ違いに気付かれやすいのかもしれない。
「精霊たちも精霊王が四人も揃ってたら黙っていられないだろうしね。」
「それはすぐ噂になるってこと?」
「少なくともアイラがハイサモナーなことは、アールヴヘイムに知れ渡るんじゃないかな。」
「うわぁ……。」
どうしてこうなった。
思わず肩を落として項垂れる。
いや、遅かれ早かれではあったのかな。
人間の街に戻れば、冒険者ギルドに申告がいるのだから。
ハイサモナーになったことを永遠に隠し続けられるわけでもない。
そう考えれば、少し早く知られるだけ。
……そう思っておこう。
「大丈夫ですよ。たとえ好奇の目で見られても、アイラには指一本触れさせませんから。」
ウンディーネが私を安心させるように言ってくれる。
その言葉は頼もしい。
頼もしいんだけど、言い方によってはちょっと怖い。
それでも、周囲からこれだけ視線を集めている今は素直に嬉しかった。
「ははは、よろしくお願いします。」
乾いた笑いを返しながら、もう一度周囲を見る。
さっきより人が増えているような気がする。
気のせいだと思いたい。
「だけど、騒ぎになる前に逃げた方が良いよ。空気が読めない子は一定数いるから。」
サラマンダーの言葉に周囲を見渡すと、確かに何人かはこちらへ近付きたそうな様子を見せている。
興味を持たれること自体は仕方ないけど、大勢に囲まれて質問攻めにされるのは困る。
「一旦、昨日泊めてもらった部屋に逃げようか。」
「じゃあ、あたしの魔法で浮かすわね。」
シルフがそう告げると、体がふわりと宙へ浮かび上がった。
足元が地面から離れ、私たちはそのまま人の集まりから逃げるように移動を始める。
全員でそそくさと元の部屋へ戻っていく姿は、ちょっと格好悪いかもしれない。
でも囲まれるよりはずっといい。
「……あれ?」
移動している途中で、私はふと違和感を覚えた。
いつもシルフに運んでもらう時より明らかに移動速度が上がっている。
風に乗せられた体が滑るように進み、景色が普段よりも速く後ろへ流れていく。
「シルフ、何か速くなってない?」
「そうかしら?」
自分の感覚違いかとも思ったけど、どう考えても以前とは違う。
昨日までのシルフなら、もう少しゆっくりとした速度だったはず。
これも限界突破した影響なのかな。
ゲームでも成体になった精霊には、ボーナスによるステータス上昇があった。
今のシルフたちは姿が成長しただけじゃない。
もしゲームと同じ仕組みが反映されているなら、基礎的な能力そのものが以前より大きく上昇していても不思議ではない。
実際、今こうして使っている精霊魔法の出力も上がっているように感じる。
きっと、その恩恵を受けられているってことなんだろう。
まだ確認してみたいことは色々ある。
だけど今はそれより先に、注目の的になってしまったこの状況から逃げる方が大事だ。
私はシルフの魔法に身を任せながら、どんどん遠ざかっていく世界樹の泉を振り返った。
朝起きてからまだ大して時間も経っていない。
それなのに、もう静かな一日になる気がしない。
四人と一緒にいる生活って、もしかして毎日こんな感じになるのかな。
楽しいことだけは間違いなさそうだけど、平穏については完全に諦めた方がいいのかもしれない。




