四柱の精霊王⑩
ドライアド、サラマンダー、ウンディーネは私の言葉に納得してくれた。
これから長い付き合いになるんだ。
今日こうして話したことを忘れず、これからもその信頼を裏切らないようにしていきたい。
さて、ここまで私の質問ばかりしてきた。
そろそろ二人の質問を聞いてあげるべきかな。
「私ばっかり質問して不公平だよね。私への質問はある?」
問いかけると、サラマンダーは少し考えるように頬へ指を当てた。
「アイラのことはまた今度ゆっくり聞かせてもらう約束をしたから、そうだなぁ。」
「私もアイラの好きなもの、家族構成、寝る時間まで知ってますからね。」
「何それ怖い。」
ウンディーネから思わぬ情報が飛び出してきた。
好きなものや家族構成までは分かる。
でも寝る時間まで知られているって何?
シルフはどこまでアールヴヘイムの妖精に私のことを教えてるの?
個人情報保護法に引っかかるよこれ。
思わずシルフへ疑いの眼差しを向ける。
だけど本人は悪びれる様子もなく、何か?という顔で私をジッと見つめている。
「アイラに会ったら聞いてみたいことが沢山あったのに、契約できたことが嬉しくて忘れちゃった。」
サラマンダーが照れ臭そうにはにかむ。
「それ分かります。私もお話したいことがあったはずなのに。」
ウンディーネまで少し肩を落としてしゅんとしてしまった。
なんて可愛いことを言ってくれるんだろう。
さっきまで個人情報がどうとか考えていたのに、そんなことを言われたら全部どうでもよくなってしまう。
「でも、アイラに興味が無いわけじゃないですからね。」
ウンディーネが慌てたように付け加える。
「そうだよ。勘違いしないで欲しいな。」
サラマンダーも何度も頷いていた。
「分かったよ。何かあったらすぐに聞いてね。シルフ経由でも良いから。」
「ええ、お願いします。」
こちらも聞きたいことはまだまだたくさんある。
私のことだって、これから知ってもらえばいい。
今日だけで全部話す必要なんてないのだから。
そうして話しているうちに、気付けばかなりの時間が経っていた。
最初はどうなることかと思った初顔合わせだったけど、終わってみればずっと友好的な雰囲気だったと思う。
「ふぁ……。」
緊張が解けたからなのか、小さな欠伸が漏れた。
そろそろ眠気も限界みたい。
「そろそろ私は寝るね。遅くまでありがとう。」
「じゃあ、あたしたちはアイラのところまで誰も来ないように外で見張ってるわ。」
シルフが当然のように胸を張る。
「そうですね。不埒な者がいないとも限りませんし。」
ウンディーネも真剣な表情で頷いた。
「アイラを守るよ。」
ドライアドまで両手を上げてやる気満々だ。
そこまで警戒しなくても大丈夫だと思うんだけど、三人の気持ちは嬉しい。
「任せて。私の感知能力で精霊どころか虫一匹通さないから。」
「虫から守ってくれるの!?」
眠気が一瞬で吹き飛んだ。
私は思わずサラマンダーに飛びつく。
突然触れられたサラマンダーが「わっ」と小さく声を上げたけど、そんなことは今どうでもいい。
「そ、そんなに?」
「そんなにだよ!」
もしかしてサラマンダーがいたら虫も怖くないのでは。
夜中、耳元で聞こえる羽音に怯える必要もない。
布団の中へ何かが入り込んでいないか警戒する必要もない。
これは革命だ。
「そっか、アイラって虫がダメだって言ってたね。」
サラマンダーは楽しそうに笑ってる。
「笑い事じゃないよ。私には死活問題なんだから。」
モンスターと戦う覚悟はできても虫だけは別。
だって虫だよ?
前世では平気だったはずなのに、今の体になってから本当に無理になってしまったんだから仕方がない。
「分かった分かった。私に任せておいて。」
サラマンダーが苦笑しながら私の頭を撫でる。
なんという安心感。
神様、仏様、サラマンダー様。
私の救世主はここにいた。
「それじゃあ、おやすみなさい。シルフ、ドライアド、サラマンダー、ウンディーネ。」
一人一人、順番に名前を呼んでいく。
目を合わせて名前を呼ばれた順に笑顔になっていくのが可愛い。
こんなに表情豊かなんてゲームでは知らなかったなぁ。
画面越しに見ていた頃は、決められたモーションとセリフでしか彼女たちを知ることができなかった。
だけど今は笑ったり、照れたり、拗ねたり、驚いたりする。
同じ精霊でも性格は全然違う。
こうして一緒にいると、ゲームのキャラクターなんかじゃなくて、一人一人がちゃんと生きているんだと改めて実感できた。
「お休み、アイラ。」
ドライアドが私のすぐそばまで寄ってくる。
何だろうと思って顔を向けた瞬間。
ちゅっと柔らかな感触が右頬へ触れた。
「わっ。」
何度経験しても、この欧米スタイルのスキンシップにはまだ慣れない。
ドライアドは満足そうに笑っているけど、単にキス魔なのだろうか。
そのお顔で気軽にキスするのは、教育的に良くないかもしれない。
お母さんがしっかりと教育するべきだろうか。
そんなことを考えていると、私より先にウンディーネが動いた。
「ドライアド、貴女も大きくなったのだからキスは控えなさい。」
「あら。」
しっかりしてる。
ウンディーネはしごできだね。
私が注意するよりも早く言ってくれるなんて。
こういうところを見ると、四人の中でも特に常識人なのかもしれない。
「そんなこと言って、ウンディーネも羨ましいだけなんじゃない?」
シルフが横から楽しそうに茶化す。
もう、そんなことあるわけないでしょ。
ウンディーネは今、ちゃんとドライアドを注意してくれただけだよ。
「そ、そんなことありません!」
「……あれ?」
顔を赤くしてる。
しかも一瞬だけ私の頬を見たような。
ちょっと待って。満更でもない空気出てない?
「アイラに悪戯しちゃダメ!」
そこにサラマンダーまで参加してきた。
「悪戯じゃない。」
「キスは悪戯でしょ?」
「挨拶。」
「挨拶なら何をしても良いわけじゃないよ。」
ドライアドとサラマンダーが言い合いを始め、その横ではシルフが面白そうに笑っている。
ウンディーネはまだ顔を赤くしたまま何か言いたそうにしていた。
どうしよう収拾がつかなくなってる。
「みんな、そろそろ本当に寝たいんだけど。」
私が声をかけても、四人の話し合いは止まらない。
一体何をそんなに真剣に話し合っているの?
「アイラ。」
「ん?」
ドライアドに呼ばれて振り返る。
ちゅっ。
今度は左頬だった。
「ちょっと!?」
ドライアドは何事もなかったかのように私から離れ、満足そうな笑顔を浮かべる。
「今したよね!?」
みんなが言い合っている隙を狙ったらしい。
この子が一番したたかかもしれない。
「ドライアド!」
「二回目はずるいわ!」
「あたしは別に羨ましくなんてないけど、抜け駆けは良くないと思うわ。」
「シルフ、それ絶対羨ましい人の言い方だよね?」
そこからなぜか本格的な精霊会議が始まってしまった。
議題は『おやすみのキスをどうするか』。
そんな会議ある?
私はもう眠いんだけど正座で待たされている。
ドライアドだけ二回なのは不公平。
そもそもキス自体を禁止するべき。
でも挨拶なら問題ない。
そんな意見が飛び交い、なぜか当事者である私を置き去りにして話が進んでいく。
そして数分後。
「決まったわ。」
シルフが代表するように私の前へ立った。
嫌な予感しかしない。
「寝る前に一人一回ずつなら公平よ。」
「どうしてそうなったの!?」
禁止する方向はどこへ行ったの?
だけど四人はすでに納得した顔をしている。
ウンディーネまで少し恥ずかしそうにしながら、反対する気配がない。
結局、私は逃げる間もなく四人から一人ずつ頬へキスをされていった。
ドライアドはいつも通り嬉しそうに。
シルフは少し照れながら。
サラマンダーは「おやすみ」と笑って。
ウンディーネは最後まで顔を赤くしたまま。
全員が終わった頃には、私は両頬を押さえて呆然としていた。
「……何これ。」
こうして何時間も続いた私たちの初顔合わせは、最後まで友好的な雰囲気のまま終わった。
友好的。たぶん、友好的でいいんだよね。
今日ここに私の人間としての尊厳は失われたのであった。




