危うい冒険心②
十二歳まであと二年。
その間にできることは限られている。
「そろそろレベルを上げてもいい頃かも。」
五歳の頃と比べれば体もしっかりして、必要な知識も身に付いてきた。
本格的な冒険準備に取りかかってもいい頃だと思う。
「そうなると、モンスターを殺して解体できないといけないよね。」
これは冒険者になる以上、避けては通れない。
前世と違い、この世界で冒険者として生きるには、生き物の命を奪い、自ら解体して生活の糧にする必要がある。
スーパーへ行けば食肉や加工食品が並んでいた前世とは違う。
一歩でも町の外に出ればモンスターと命を奪い合うことになる。
だからこそ、討伐したモンスターの素材は可能な限り無駄なく使うべきだとこの世界では考えられている。
もし命を弄んだと思われれば、女神ガイアへの冒涜と受け取られる。
それが、この国の常識だった。
「私にできるかな?」
この世界で十年間過ごしたおかげか、死体を捌くことに前世ほどの忌避感はない。
それでも前世の感覚が足を引っ張るかもしれない。
「何事もやってみないと分からないか。」
私は覚悟を決めて町の外へ向かうことにした。
もちろん、本来なら十二歳になるまで町の外で冒険者の真似事なんてしてはならない。
だからこそ誰にも知られるわけにはいかなかった。
人気のない路地をいくつか通り抜け、周囲に誰もいないことを確認する。
「ここなら大丈夫。」
そう呟くと、頭の中で静かにコマンドを念じた。
《HidePC》
ぱっと姿が消える。
使用するのは久しぶりだったけど、問題なく発動できた。
「使用確認、よし。」
小さく頷くと私は町の南門へ向かった。
これまでも幾度かGMコマンドの検証はしてきたけど、町の外へ出るのは今回が初めてだった。
そう考えたら心臓が少しだけ速く鼓動する。
少し怖い、けどそれ以上に楽しみだった。
しばらく歩くと町を囲む高い壁と大きな南門が見えてきた。
そこには門番が二人立っている。
槍を肩に立てかけ、何やら世間話をしていた。
目の前まで歩いても、二人の視線が動くことはない。
大丈夫。やっぱり私の姿は見えていない。
心の中で少しだけ安堵すると私は二人へ向かって小さく頭を下げた。
いつもサジタリウスの安全を守ってくださって、ありがとうございます。
声には出さず、そのまま横をすり抜けて門を抜ける。
サジタリウスは、広大な森と湖に囲まれた町だ。
町の周囲のおよそ七割は大きなサジタリウス湖に面しており、陸続きになっているのは南西と南の二方向だけ。
そのため、町の出入口も南西門と南門の二つしか存在しない。
今回、私が南門を選んだのにも理由がある。
南西門の先は、険しい獣道が続く山林地帯。
大人の冒険者ならともかく十歳の子供には歩くだけでも危険すぎる。
一方で南門の先は比較的なだらかな道が続いている。
初めて森へ入るなら、こちらの方が安全だった。
やがて石畳が途切れ土の道へ変わる。
さらに少し進むと、門の外に設けられた開けた場所へ出た。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
そこには、多くの冒険者たちが集まっていた。
武器や防具の最終確認をする者。
仲間と作戦を話し合う者。
依頼書を広げ、行き先を相談する者。
これから森の奥や、町外れに点在するダンジョンへ向かう人々の熱気で、その場所は活気に満ちていた。
「ゲームでも昔はこんな感じだったなぁ。」
ゲームサービス開始直後。
初心者の町の周辺は、いつもこんな賑わいだった。
アップデートが進み、高レベル帯の町へ人が移ってからは、ここまで活気のある景色を見ることはほとんどなくなった。
だからこそ、この光景がたまらなく懐かしい。
画面越しに何度も見た景色。
なのに今は、風の匂いも、人々の笑い声も、革鎧の軋む音も、すべてが本物だった。
目を輝かせながら、その懐かしくも新しい世界をゆっくり見渡す。
「でも、やっぱり冒険者の水準はゲームより低そう。」
ほとんどが一次職の冒険者だった。
二次職と思われる人はごくわずかしかおらず、装備も質素な店売り品。
「町でも二次職をほとんど見たことなかったもんね。」
ちなみにパパは『ハンター』で、ママは『マーチャント』。
二人とも一次職だ。
以前、パパに何気なく尋ねたことがある。
『パパは、二次職を目指さなかったの?』
するとパパは少し照れくさそうに笑って、
『アイラがママのお腹にいるって分かってからは、危険なことはやめたんだよ。』
そう言って、優しく頭を撫でてくれた。
「うっ。」
思い出した途端、胸がちくりと痛む。
これは危険なことでパパに対する裏切りに思えてしまった。
「大丈夫。無茶はしない。」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。
そう心へ誓うと、私は冒険者たちが向かう森の奥とは反対へ視線を向けた。
町からそれほど離れていない場所に、小さな脇道がある。
ダンジョンとは逆方向のため人通りも少なく、冒険者でもほとんど足を踏み入れない道だ。
私は迷うことなく、その小道へ足を踏み入れた。




