女神様はお見通し⑩
周囲にいた精霊たちは全員、耐えきれずに片膝をついている。
ティターニアですら姿勢を低くしていた。
そして真正面から怒りを向けられたサラマンダーに至っては、頭まで地面へ擦り付けるような土下座の体勢になっている。
私だけはGM装備のお陰なのか、ガイアの圧力に負けることなく立っていられた。
……いや立っていられただけで怖いものは怖いんですけど。
「サラマンダーは、いつからそんなに聞き分けが悪くなっちゃったの?」
ガイアはゆっくりとサラマンダーの前まで歩いていく。
そのまましゃがみ込み、地面に伏しているサラマンダーと目線を合わせた。
声は優しく表情も穏やか。
なのにゴメンナサイ。正直に言うとすっごい怖いです。
体から何か漏れ出ているもん。
魔力なのか神気なのか、それとも別の何かなのか。
私には分からないけど、とにかく本能が「怒らせてはいけない存在」だと全力で訴えている。
「は、申し訳……ございません。」
さっきまであれだけ威勢良く私を処刑しろと言っていたサラマンダーが、見る見るうちに小さくなっていく。
まるでお母さんに怒られた子供みたい。
しおしおと縮こまっている。
ただし、比喩表現じゃなくて物理的にだ。
本当に体が小さくなってる。
精霊って落ち込むと縮むんだ……。
こんな状況じゃなかったら、ちょっと観察したかったかもしれない。
「サラマンダーよ。お前の人間嫌いを咎めるつもりはないが、時と場所を弁えろ。」
今度はティターニアも参戦してきた。
厳しい口調ではあるけど、ガイアとは違って怒りというより諭しているように聞こえる。
これ以上サラマンダーが余計なことを言って、ガイアに怒られないように助け船を出したのかな。
そう考えると、ちょっとだけ同情してしまう。
女神様と部下の間に挟まれる精霊女王。
中間管理職は大変だね。
ところでさっきのサラマンダーの言い方が少し気になる。
私が嫌いというより、人間そのものを嫌っているような言い方だった。
『人間などいつ我々に牙を剥くか分かったものではない』
そこまで人間を信用していないということは、何か理由があるんだろうか。
昔、人間に裏切られたとか。
酷い目に遭わされたとか。
もしかして何か悲しき過去でもあるのかな。
もしそうなら、レイディアントと同じように同情の余地はある。
だからといって、何もしていない私を処刑しようとしたことまで許すつもりはないけどね。
……気にはなる。
だけど今、この場で私から聞くような話でもないだろう。
本人も絶対に教えてくれなさそうだし。
これについては、いつか聞ける機会があったらにしよう。
「あぁ、もうよい。アイラよ、すまなかった。後ほど正式に謝罪をさせるがゆえ、この場は納めてもらえぬだろうか。」
ティターニアが申し訳なさそうに頭を下げる。
精霊女王にそこまでされると、こっちとしても少し困ってしまう。
「いいえ、謝罪は結構ですよ。代わりに、もし私への態度が改められない。私を信用できないということであれば、私を無視してもらえませんか?」
私が提案すると、ティターニアが意外そうに目を瞬かせた。
お互いに関わらない。それだけで無用な衝突は避けられると思う。
別に世界中の人と仲良くなる必要なんてないし、どうしても相容れない相手だっている。
無理に分かり合おうとして余計に関係が拗れるくらいなら、初めから距離を置けばいい。
「なんと、お主はそれで良いのか?」
「はい。私も信用がない状態で無理に歩み寄るのは、お互いにも良くないと思います。これからは適切な距離感を保ちましょう。」
私とサラマンダーは一緒に仕事をする間柄でもない。
これから毎日のように顔を合わせるわけでもないし、仲良くしなくてもお互い普通に生きていけるでしょ。
だったら嫌いな相手に無理して笑いかける必要なんてない。
向こうは私に関わらない。
私も向こうには関わらない。
それが一番平和だと思う。
「あぁ、それが良かろう。」
ティターニアも少し考えた後、納得したように頷いた。
私だけじゃなく、サラマンダーのことも案じての結論なのかもしれない。
これなら少なくとも今後、顔を合わせるたびに喧嘩になるようなことはないだろう。
「あーあ、自業自得とはいえカワイソ。」
「ねー。」
小さな声が聞こえた。
シルフとドライアドが何やら二人でひそひそと話している。
何が可哀想なんだろう。
気になって二人へ視線を向けると、すぐにこちらを見返してきた。
「ナイショ!」
「ないしょー。」
二人揃って人差し指を口元に当てる。
何だか分からないけど、カワイイオブザイヤー受賞です。
秘密にされていることなんて一瞬でどうでもよくなった。
「十二歳の子の方がよっぽど大人ねぇ。あ、前世も足すと高齢なのかしら?」
ガイアが面白そうに首を傾げた。
「いえ、足しても五十ちょっとですよ。この世界の住人より短命な世界だったので。」
今の十二歳に、前世の四十ちょっと。
単純に足せばそんなもんだよね。
「それにしては随分と……高度な教育でも受けていたのかしら。」
ガイアはうんうんと納得したように頷いていた。
……いや、普通の会社員です。
そんな立派な教育を受けた覚えはありません。
強いて言えば、義務教育というこの世界にないシステムのおかげでしょうか。
「話が逸れちゃったわね。ごめんなさい。」
「いえ、女神様が謝られるようなことではないですよ。」
むしろガイアは最初からずっと私に好意的だ。
好意的どころか、味方だと言ってもいいくらい。
それが少し不思議だった。
これは私の知っているガイアの人物像と合わない。
前世で知っていたガイアは、基本的に世界全体を見ていた。
人間だけを特別扱いすることもなければ、精霊だけの肩を持つこともない。
種族同士で諍いが起きても、どちらか一方の立場に付くようなことはほとんどなかった。
少なくとも前世のストーリーを思い返す限りでは、そういう存在だったはずだ。
それなのに今回は明確に私を庇った。
理由について聞いてみたい。
でも私から聞くのはちょっと怖いんだよね。
また余計なところを突いて、知らなくていいことまで知る羽目になりそうだから。
どこかで機会があれば聞いてみたい。




