女神様はお見通し⑧
私はふっと小さく息を吐いて席を立った。
するとすぐに肩へシルフが乗り、腰にはドライアドが抱きついてくる。
シルフはおろおろと落ち着かない表情。
ドライアドは顔を真っ赤にしながら頬を膨らませている。
「大丈夫だから。」
二人を安心させるように声を掛ける。
少なくともガイアに敵意はない。
ここで私を傷つけるつもりなら、わざわざ許可なんて求める必要もないだろう。
私はそのまま後ろを向き、頭の中でそっと念じた。
《Storage》
空間が開く。
まず取り出したのはレーヴァテイン。
続いてギャラルホルン。
そしてブリーシンガメン。
一つずつ手に取り、身に着けていく。
最後の装備を身に着けた瞬間。
体の中から力が爆発するような感覚が広がった。
ステータスが一気に跳ね上がる。
視界が鮮明になる。
体は羽のように軽く、流れる魔力すら普段とは桁が違う。
何度経験しても、この急激な強化には高揚感を覚えてしまう。
こんな場所で力に酔わないよう、意識して呼吸を整える。
「凄いわね。本当に凄いわ。」
ガイアだけは楽しそうに笑っていた。一方で、
「こんなの、人間に許された力じゃないでしょ……。」
ティターニアからは、さっきまでの余裕が完全に消えている。
目を細め、私の一挙手一投足を逃さないよう全力で警戒していた。
「こいつは危険です!」
真っ先に声を上げたのはサラマンダー。
「どうやってこんな力を……。」
ウンディーネは困惑。
「これ、まずいんじゃなぁ~い?」
風の精霊王も顔を引きつらせている。
「まさか、これほどとは……。」
地の精霊王も驚きを隠せていない。
反応はそれぞれだけど、全員に共通しているのは警戒心だ。
そりゃそうだよね。
自分でも逆の立場なら絶対警戒する。
「そうよ、アイラは凄いんだから!」
何故かシルフだけは得意げに胸を張る。
「アイラのこと虐めちゃダメ。」
ドライアドも腰に抱きついたまま、精霊王たちへ牽制していた。
二人だけは、これだけ力が変わっても変わらず私側に立ってくれている。
……嬉しいね。ちょっと泣きそう。
そんな精霊たちのドタバタを完全に無視して、ガイアは空を見上げた。
「あれ。」
指差した先には、遥か遠くに浮かぶ一つの星。
「そのまま思いっきり、全力であの星に向かってスキルを撃てる?」
「……。」
全力で?
その言葉に、昔の記憶が蘇った。
これは誰にも話していないことだけど。
昔、GMコマンドの検証をしていた頃。
調子に乗って四次職のスキルを試し撃ちしたことがある。
その結果、山の形が変わった。
あの時ですら、とんでもないことになると思ってかなり手加減して撃った。
本気なんて程遠い力だった。
もし今、GM装備を揃えた状態で。
何も気にせず全力でスキルを撃ったら。
……星一つくらい、本当に吹き飛ばすのではないだろうか。
「大丈夫よ。宙に浮かぶ星に生命はいない、この世界が壊れるようなこともないわ。」
私の躊躇を察したのか、ガイアがさらりと言う。
いや女神様が大丈夫と言うなら、本当に大丈夫なんだろうけど。
ここは女神の領域。
私が多少無茶をしたところで、おいそれと壊れるような場所ではないのかもしれない。
でも念のため確認だけはしておこう。
「全力というのは、持てる限りの力全てという意味でしょうか?」
「?」
ガイアが不思議そうに首を傾げる。
「ええ、そうよ。」
「分かりました。」
よし女神様の言質は取った。
全力でやれと言われたのだから、全力でやるのが礼儀というものだろう。
後から「そこまでやれとは言ってない」なんて言われても知りませんからね。
私は再び頭の中で念じる。
《CreateItem Svalinn》
頭上に光が生まれた。
そこから白く輝く丸盾がゆっくりと降りてくる。
私は左手を伸ばして受け取った。
GM装備『スヴェル』。
全攻撃に対する耐性100%を持つ盾。
紛うことなき最強の盾だ。
どんな攻撃を受けてもダメージを完全に無効化する。
……と、言いたいところなんだけど。
この盾には一つだけ、とんでもない弱点がある。
一部の属性相性がマイナスになると、ダメージ計算が反転してマイナス処理まで反転することがあるのだ。
するとどうなるか。
結果はカンストダメージを受けて私が死ぬ。
最強の盾とは?
まぁ、古いゲームではありがちな仕様バグなんだけど。
幸い、どういう条件で再現するのかは運営時代に全て把握している。
発生するパターンも網羅しているので、万が一はない。
あくまで私が気を付けて使っていれば問題ないのだ。
……話が脱線した。
とにかく、そんな凄い盾まで装備して私の力をさらに盤石なものにする。
これで万に一つの失敗もないだろう。
「突然時空に穴を空けて装備を取り出したり、装備が空から落ちてくるなど、なんと面妖な……。」
サラマンダーが訝しげに私を見つめている。
その感想は正しい。
普通に考えたらおかしいもん。
何もない空間に突然穴が開いて、中から武器や楽器を取り出す。
挙げ句の果てには空から盾が降ってくる。
何も知らない人から見たら意味不明だろう。
「私のエクスカリバーとは別の……急にアイテムが生まれて?」
ティターニアは私のGM権限を分析するように、スヴェルと先ほど装備したブリーシンガメンを交互に見つめている。
どうやら《Storage》と《CreateItem》が違う力だというところまでは気付いたらしい。
……ごめんなさい。
原理は私にも分かりません。
前世で普通に使っていたGMコマンドを頭の中で思い浮かべてみたら、この世界でも使えちゃった。
説明できるのは本当にそれだけ。
そんな馬鹿みたいな話をして信じてもらえるのかな。
……ガイアなら普通に信じてくれそうだけど。
「じゃあ、行きますね。」
「ええ、見せて頂戴。」
ガイアの返事を聞いて首を縦に振る。
改めて、先ほど指定された星へ体を向けた。
魔力全開。
体の奥にある魔力を一切抑えず解放する。
レーヴァテインを握った右手を通って力が心臓へ届く。
ドクンと大きく心臓が脈打つ。
そこから血液と一緒に魔力が全身を巡っていく。
腕、脚、脳、瞳へ。
指先に至るまで、全身の隅々へ膨大な魔力が行き渡った。
「綺麗……。」
「何だ、これは……。」
誰かの声が聞こえる。
自分の体を見ると、抑えきれなくなった光が全身から漏れ出していた。
ヴォン。
突然、周囲の空間そのものが重くなったような感覚がした。
空気が震えているとか、そういうものじゃない。
目に映る世界の色が少しずつ失われていく。
鮮やかだった女神の箱庭が、まるで古い写真のようなセピア色へ染まった。
……ちょっと待って。
全魔力を解放しただけで、周囲の空間がおかしくなってない?
これ、本当に解放して良い力なのかなぁ。




