女神様はお見通し⑤
「アイラの席はそこ。他の席は自由に腰かけて。」
ガイアは真っ先に自分の椅子へ腰を下ろした。
私は指示された通り、ガイアから見て正面の席に恐る恐る座る。
精霊たちは女神と同じ席へ着くことに遠慮があるらしく、誰も動こうとしなかった。
だけどガイアが「ほらほら」と手招きすると、ティターニアを始めとして各々席へ腰かけていく。
シルフとドライアドも私の傍に座った。
全員が席に着くと、宙に浮いたティーポットが勝手に動き始める。
カップへ紅茶が注がれ、一つはガイアの前。
もう一つはティターニア。
最後の一つが私の前へ置かれた。
精霊たちは飲食を必要としないので、何も用意されていない。
まずガイアが紅茶へ口を付ける。
それから私たちにもどうぞと言うように、手振りで勧めてきた。
「いただきます。」
カップを持ち上げる。
ふわりと鼻をくすぐった香りには覚えがあった。
多分ベルガモットだと思う。
思い切って一口飲んでみる。
「……美味しい。」
懐かしい。
多分、前世でも飲んだことのあるアールグレイの味と香りだ。
もう長いこと飲んでいないので、記憶も薄れつつあるので同じものなのかは自信がない。
だけど、アイラに転生してから飲んだお茶の中で一番美味しいことだけは間違いなかった。
私が普通に飲んでいるのを見て、ティターニアも「良いのだろうか」と少し戸惑いながら口を付ける。
すると、その目が大きく開いた。
瞳の中に星が瞬いてる。
精霊女王様、分かりやすくて何よりです。
私たち二人が紅茶の優しい味と香りにホッと息を吐く。
それを見たガイアも満足そうに、うんうんと頷いていた。
できればこのままお茶だけ飲んで帰れませんかね。
「それじゃあ、話を戻すわね。」
ですよねー。
全員が少し落ち着いたところで、ガイアがカップを置いた。
それだけで私の心は再び死刑執行を待つ死刑囚へ逆戻り。
もう嫌だ。こうやって何度も緊張させられる方が心臓に悪い。
いっそ早く本題に入ってください。
「アイラ、貴女。異世界から転生してきたでしょ。」
ギク―――――――――――――ッ!?
何で分かるの!? 怖い!
いや、女神ともなれば分かる……のかな?
魂を見ただけで出身世界まで判別できるとか?
どうして分かったんですかって聞きたい。
だけど、質問したら藪蛇になる気がしてならない。
どうしよう。どうしたらこの場を上手く乗り切れるの?
下手な答えを返したら、この世界の異分子として排除されたりしない?
さっきの「めっ!」だけでもあの威力だよ?
女神様に本気で敵認定されたら、逃げる暇すら無いと思うんだけど。
「女神様、発言よろしいでしょうか。」
「いいわよ。」
ぐるぐると頭の中で考え続けていると、隣からシルフが助け船を出してくれた。
ありがとうシルフ! さすがは私の頼れる相棒――。
「お察しの通り、アイラは異世界からの転生者です。」
シルフさーーーーーーーーーーーん!?
そっち!? 助けてくれるんじゃないんですか!?
私たちがこれまで積み重ねてきた信頼はどこへ行っちゃったの!
思わずシルフへ視線を向ける。
だけど本人は悪びれた様子もなく、真っ直ぐ私を見返してきた。
「腹を括りなさいアイラ。もう誤魔化せないわよ。」
「うっ……。」
悲しいほど正論です。
シルフの言う通り、ここまで正確に言い当てられた時点で誤魔化せる可能性なんてほとんどない。
だけど正解が分からない道に、自分から飛び込むのは怖いんだよ。
こういう時に正しい道を教えてくれるナビをください。
ガイアとティターニアは満足そうに首を縦に振っている。
地の精霊王は「やっぱりね」とでも言いたげな表情。
一方、火、水、風の精霊王たちは意外そうにこちらを見つめていた。
どうやら全員が知っていたわけではないらしい。
……いや。そんなことは今どうでもいい。
現在、この場にいる全員の視線が私一人へ集中している。
逃げ場はない。
非常に居心地が悪いのだけは確かだった。
「……説明にもあった通り、私は異世界からの転生者です。」
観念して、自分の口から認める。
「うん、話してくれて嬉しいわ。」
ガイアは満面の笑みで返してくれた。
敵意なんて欠片も感じられない、とても優しい笑顔。
だけど、その笑顔が今は逆に私の恐怖を引き上げるスパイスになっているとは、本人も知らないだろう。
私はその恐怖に負けないように口を動かし続ける。
「記憶を取り戻したのは五歳、強く頭を打った時でした。」
崖から足を滑らせ、大岩に頭を強く打ち付けた時のことを話した。
その話自体はもうずっと昔のこと。
私自身、ただ実際にあったことを順番に説明しているだけだ。
だけど隣にいるシルフとドライアドは、私の服をギュッと掴みながら話を聞いてくれている。
心配そうにこちらを見上げる二人の姿に、少しだけ胸が温かくなった。
大事にして貰えて嬉しい。
私はこの世界で確かに幸せだと言える。
前世とは全く違う体に生まれ変わって、色々なことがあった。
それでもパパとママがいて、シルフやドライアドがいて、セリーちゃんたちもいる。
そう思ったら、途端に勇気が湧いてきた。
安心して二人とも。
私はこの窮地を乗り越えてみせるよ。
「――という経緯なんです。」
一通り話し終えると、ガイアは納得したように何度か頷いた。
「なるほどね。一度死にかけた衝撃で、魂が前回の記憶を掘り起こしたのね。」
うんうんと頷きながら、私の状態を確認するように独り言を呟いている。
「幸か不幸か、死んでから五年程度だったから記憶を呼び起こせたのね。」
「もう少し月日を重ねていたら、思い出せなかったということですか?」
「その可能性は高いわね。」
なるほど、それは新情報だ。
私は今まで、五歳の時に頭を打ったことが前世の記憶を取り戻す切っ掛けになった程度に考えていた。
だけど実際には、転生してからの年月も関係していたらしい。
やっぱり有識者から直接話を聞けると、見えてくる世界が違う。
それも目の前にいるのは、この世界の女神様。
これ以上の有識者なんて存在しないだろう。
「それで、前世は歳の離れた男性とかだったのかしら?」
「!?」
凄い。そんなことまで分かるんだ。
私、まだ前世の性別も年齢も話してないよね?
「歳の大きく離れた異性の記憶が、こう、上手い具合に前世と今世の情報を乖離させて、二つの精神が共存したのね。」
ガイアは自分の頭を指差しながら説明してくれる。
確かに『私』と『アイラ』が分かれるような感覚は、これまでにも何度かあった。
もっとも最近だと、セリーちゃんが誘拐されたあの時。
普段の私は完全にアイラとして生活している。
だけど極端な状況に置かれた時、前世の自分が強く表に出てくるような感覚があった。
「じゃあ、私の中には二つの人間が同居しているんですか?」
「いいえ、上手く溶け込んでいるわ。だけどそうね、一つの頭に二つの脳があるみたいな……。」
えっ、凄い。
私の頭はデュアルコアってこと?
二つの脳で同時に物事を考えられるとか?
もしかしたら知らぬ間にスーパー人間になってしまったのかもしれない。
「あ、でも思考単位は普通の人間と同じで一つよ。」
頭の中でずこっと転ぶ。
ですよね。
ええ、分かっていましたよ。
そんな賢い人間だったら、私は今までの人生でもっと上手く立ち回れていたでしょうね。




