女神様はお見通し③
「して、ハイサモナーへの転職希望だったな?」
「はい、その通りです。」
ティターニアの言葉に、私は背筋を伸ばして答えた。
ここまでは予定通り。
モンブランの掴みも悪くなかったし、後はハイサモナーへの転職を認めてもらえれば目的達成だ。
「皆のものはどう思う?」
ティターニアはそう言って、ちらりと周囲に控える精霊王たちを見渡した。
これは側近の意見を聞こうとしているのかな。
ゲームではこんな展開は無かった。
ティターニアから試験を受けて、それを達成すればサクッとハイサモナーへ転職。
そんな流れだったはず。
どうやら今回は、そう簡単には進まないみたいだ。
「異議はございません、女王。」
最初に答えたのは地の精霊王ドライアド。
柔らかな表情のまま迷いなく賛成してくれた。
「先ほどの魔法は非常に面白かったので、私は賛成します。」
続いて水の精霊王ウンディーネ。
どうやらモンブランを冷やしていた魔力塊が相当気に入ったらしい。
そこ評価対象なんだ。
でも賛成票なら何でもありがたい。
「私はぁ、シルフちゃんを連れ回してるあの人間を信用しきれてませ~ん。」
風の精霊王シルフ。
「断固反対です!」
そして火の精霊王サラマンダー。
綺麗に二対二。
見事なくらい真っ二つに割れた。
サラマンダーには反対されると思ってた。
むしろ賛成されたらそっちの方が驚く。
だけど風の精霊王にも反対されるんだ。
しかも、その理由がシルフ。解せぬ。
私と彼女はかなり良い関係を築かせてもらってますよ?
少なくとも本人は楽しそうに一緒に冒険してくれてますけど。
果たして二対二の場合はどうなるのか。
ドキドキしながらティターニアの裁定を待つ私の横では、別の戦いも繰り広げられていた。
私の隣にいるシルフは、風の精霊王が反対したことに露骨に不満そうな顔をしている。
頬まで少し膨らませているし。
その様子に気付いた風の精霊王は、こちらを見ながら少ししょげていた。
嬉しいけど家族は仲良くだよ、シルフ。
一方、ドライアドは地の精霊王が賛成してくれたことが嬉しいらしい。
頭の双葉を元気に揺らしている。
それを見た地の精霊王は満面の笑み。
こっちは平和だ。
「普段なら、こうやって皆の意見を取り合うのだが……。」
ティターニアが静かに口を開いた。
「と、仰いますと?」
ウンディーネが意外そうに尋ねる。
……何ですか、その含みのある言い方。
ここに来てまた何かどんでん返しがあります?
できれば私に有利な条件でお願いいたします。
「今回は少々事情が違う。」
ティターニアは一度言葉を区切り、私へ視線を向けた。
嫌な予感がする。
とても嫌な予感がする。
「あの方から言伝があってな。アイラがまた訪ねてきたら会わせろと。」
「なっ!?」
「本当ですか?」
「それは一体どういう?」
「えぇ~……?」
厳格な謁見の場だったはずなのに、精霊王たちが揃って思わず声を上げた。
反応は違えど、全員の表情に浮かんでいるものだけは同じ。
『信じられない』という顔だった。
……いや。でも待って?
今、ティターニアは『あの方』って言ったよね。
三万年以上生きている精霊女王が、敬意を込めて『方』なんて呼ぶ存在。
そんな相手、この世界に一体何人いる?
嫌な汗が額から流れ始める。
ティターニアが自分より上とする存在なんて、それこそ神か、それと同格の――。
「なぜあの方がこのような人間に!?」
サラマンダーが信じられないといった様子で声を上げる。
「知らぬ。私とて困惑しておるわ。三万年ぶりにお声がけをいただいたかと思えば、人間に会いたいと言われたのだ。」
三万年ぶり。
はい。もう聞きたくないです。
「我らでさえ、生まれた時にしかお会いしたことが無いというのに……。」
水の精霊王まで呆然としている。
私そっちのけで精霊さんたちは話してるけど。
話の端々から全部漏れ出てるから。
もう確定じゃん。
女神ガイアが、私に会わせろってティターニアへ言ってる流れだ。
何で?どうして?
……いや。思い当たる節しかありませんけど!
魔王の分体を吹き飛ばした。
GM装備も使った。
過去には《CreateItem》まで使ってる。
何なら女神様案件の魔王について、つい最近シルフと好き勝手喋ったばっかりだ。
どれ!? どれがバレたの!? もしかして全部!?
「アイラ……覚悟を決めなさい。」
隣のシルフが珍しく同情するような目で私を見ていた。
「ふぁい……。」
情けない声しか出なかった。
「アイラ、よしよし。」
ドライアドが私の頭を優しく撫でてくれる。
ありがとう。今の私には、その手が本当にありがたい。
私の寿命は今日だけで十年くらい縮んだ気がする。
いや、魔力量的には普通の人より長生きする予定だから十年くらい誤差かもしれないけど。
そういう問題じゃない。
「まぁ尤も、その答えは今から知ることになるだろう。」
ティターニアが楽しそうに口角を上げる。
何ですか、その目。獲物を逃さない捕食者の目?
それとも蛇に睨まれた蛙と言った方が適切?
少なくとも、私を安心させようとしている顔ではない。
絶対楽しんでるでしょ。
ティターニアはそんな私の様子をしばらく満足そうに眺めた後、すっと玉座から立ち上がった。
そしてパチンと軽く指を鳴らす。ただそれだけだった。
次の瞬間、一瞬で景色が入れ替わった。
「……え?」
気付けば、さっきまで玉座の間にいたはずの警備兵が一人もいない。
荘厳な宮殿もアストラルオーブも全部消えていた。
今この場にいるのはティターニアと四人の精霊王。
私とシルフとドライアドだけ。
精霊王たちも困惑したように周囲を見渡している。
その反応を見る限り、彼女たちもここへ来た経験はほとんどないらしい。
だけど私はここがどこなのか知っている。
空に浮かぶいくつもの大地。
その間を満たす海。
空を見上げれば、太陽と星が同時に存在している。
その間を大きな虹が天上へ架かり、世界そのものが幻想の中にあるような光景。
美しい。だけど、どこか寂しい。
生き物の気配がほとんど感じられない。
何度もゲームの画面越しに見た場所。
ここは女神の箱庭だ。
「……。」
喉が乾く。
私が怯えながら女神の姿を探していると、
『いらっしゃい。私の子供たち。』
ふと、声が聞こえた。
耳から聞こえたんじゃない。
魂そのものへ直接響いてくるような声だった。
それはただの声のはずなのに。
聞いた瞬間、脳が、体が、勝手にその存在へ畏敬の念を抱いてしまう。
考えるより先に、精霊たちは一斉に跪いた。
ティターニアですら例外ではない。
その光景の先に一人の女性が静かに立っていた。
流れるような緑色の髪。
透き通るような青い瞳。
南国の姫君を思わせるような、神秘的で気品のある装い。
額、腕、腰、足には金の装飾が散りばめられている。
そこへアクセントを添えるように、瞳と同じ青色の宝石が輝いていた。
見間違えるはずがない。
何度もゲームで見てきたキャラクター。
この世界を見守る存在。
女神ガイアが、そこに立っていた。




