女神様はお見通し②
「それで、謁見ってどうやってすれば良いのかな。」
どうかと思うけど、ゲームでは『サモナー』に転職した後なら自由に玉座まで行けたんだよね。
プレイヤーが来るたびに一々アポイントメントなんて取っていたら面倒だから、ゲームとしては当然の仕様だったと思う。
だけど、ここはもう現実の世界。
精霊女王の住む宮殿へ勝手に入って、「こんにちは~」なんて訪ねていくわけにもいかないだろう。
何らかのアポイントメントは必要なはずだ。
どうしたものかと考えていると、
「お任せください。」
「わぁ!?」
「お姉ちゃん。」
突然、姉ドライアドが世界樹からニョキッと生えてきた。
びっくりしたぁ。
本当にこの人、いつも唐突に出てくるよね。
というか、どこから聞いてたんですか。
「この日をお待ちしていましたよ、アイラさん。」
「はぁ、どうも。」
いつもとは少し違う。
普段の柔らかな雰囲気ではなく、精霊王らしい厳格さを纏っていた。
その様子に少しだけ気圧される。
だけど、今までの積み重ねのせいで私の言葉遣いまでは急に修正できなかった。
突然そんな真面目な空気を出されても着いていけませんってば。
「精霊女王もお待ちです。」
「はぁ? 何で女王様がアイラを待ってるワケ?」
シルフが露骨に怪訝そうな顔をする。
うん。私も全く同じ気持ちです。
「それは私の口からは何とも。ただ、アイラさんの意思さえあれば、すぐにでもお会いできるとだけ。」
「……。」
その言葉を聞いた瞬間、以前ティターニアと別れた時の言葉を思い出した。
『貴女とは、また会える気がするわ。』
最後にティターニアは確かにそう言った。
なら、今日この日が来ることをあの時から予感していたということ?
偶然?それとも、何か確信があった?
怖い。一体、何をどこまで知っているんだろう。
まさかとは思うけど、私のGM権限のことを全部知っているわけじゃないよね?
いやいや。もし全部知っていたなら、前回もっと何か言われていたはず。……多分。
ええい。迷っていても仕方ない!
ここまで来た以上、会わずに帰るなんて選択肢はない。
「分かりました。すぐに伺います。」
「よろしい。『――』。」
姉ドライアドは満足そうに微笑むと、私には理解できない言葉を唱えた。
精霊語だ。何と言っているのかは聞き取れない。
だけど、その直後。何もなかった空間に扉が現れた。
これが玉座へ続く道なんだろう。
「こちらに入れば、すぐに精霊女王にお会いできますよ。」
「……はい。」
急に現実味が増した。
緊張で胸が爆発しそう。
ドクンドクンと、自分でも分かるくらい大きく心臓が脈打っている。
これからティターニアに会う。
さらに、前回からずっと逃げ続けてきたサラマンダーとも顔を合わせる可能性が高い。
これはシルフと二人だけでは乗り越えられないかもしれない。
私は隣にいるドライアドへ目を向けた。
「ドライアド、私と一緒に来てくれる?」
「……っ!」
ドライアドの目が大きく開く。
「うん、アイラと一緒に行く。」
ぱぁっと。ドライアドの頭に生えている双葉の傍から、赤い花が咲いた。
可愛い。そんなに嬉しかったの?
「よしっ、行こうか。」
私はそっと手を伸ばす。
左手にドライアド。右手にシルフ。
緊張で少しだけ冷たくなっていた私の手を、二人の体温が温めてくれた。
うん。もう大丈夫。
「アイラはアタシが絶対守るわ。」
「アイラのこと傷つけるの、許さない。」
胸がジーンとする。
何て可愛くて頼もしい護衛たちだろう。
ついさっきまでは、これから処刑台にでも連れて行かれるような気分だったのに。
二人と手を繋いだだけで、一瞬で空気が変わってしまった。
気付けば、あれだけうるさかった心臓の音も落ち着いている。
「大丈夫そうですね。着いてきてください。」
姉ドライアドが一歩前へ踏み出す。
すると目の前の扉は、触れてもいないのにゆっくりと開いた。
前を歩く姉ドライアドは落ち着いた様子で、ゆっくりと中へ進んでいく。
私もシルフとドライアドの手を握ったまま、その歩幅に合わせた。
扉を潜る。その先に広がっていたのは、世界樹の内部に造られた宮殿。
中の造りは前回来た時と変わらない。
全体的には質素で、金銀をふんだんに使ったような派手さはない。
だけど床には美しい模様の絨毯が敷かれ、壁掛けや精巧な彫刻が随所に飾られている。
静かで、どこか神聖。それでいて王の住む場所だと一目で分かる荘厳な雰囲気が漂っていた。
部屋の奥には巨大なオーブが置かれている。
世界樹の力を何千年と蓄えてきた『アストラルオーブ』。
前回見た時は緊張しすぎていたせいか、あまり記憶に残っていなかった。
だけど今なら、その美しさがよく分かる。
オーブの中では、まるで小さな宇宙を閉じ込めたような光がゆっくりと流れていた。
星のような輝きがいくつも瞬いて、プラネタリウムを眺めているようだ。
綺麗でいつまでも見ていたくなる。
おっと、今はそれどころじゃない。
そのオーブの前の玉座にはティターニアが座していた。
片足を組み、片手で頬杖をつきながら、こちらをじっと見つめている。
前回と同じ美しい姿。
なのに、その視線を受けただけで体が強張る。
「――!」
その瞬間。
世界が一瞬だけ灰色になったような感覚がした。
ぞわりと背筋に寒気が走る。
私の中にある何かを、無遠慮に覗き込まれたような不快な感覚。
何、今の。ハッとしてティターニアを見る。
その瞳には、ほんのわずかな輝きが残っていた。
――やられた。
思い出した。
ティターニアには、相手の強さを見抜くスキルがある。
ストーリー上ではほとんど意味を成さない設定だったせいで、今まですっかり忘れていた。
ゲームではただの設定。
でもこの世界では実際に使える能力だったんだ。
ということは、きっと前回来た時も私のステータスを覗かれていた。
「ふふ。」
ティターニアが満足そうに笑う。
しかも私が気付いたことまで分かったらしい。
何だか楽しそう。
もしかして、今の試し行動でした?
少々性格が悪いと思うんですけど。
……いけない。
ここは玉座の前。絶対顔に出さないようにしよう。
ゆっくりと玉座へ近づいていく。
姉ドライアドの歩みは最後まで一定だった。
普通に歩けば半分くらいの時間で着きそうな距離を、わざとゆっくり歩いている。
やがて玉座の傍まで来ると、姉ドライアドがふっと足を止めた。
私の方へ振り返り、そこで止まっていなさいと言わんばかりに微笑む。
そのままくるりと身を翻し、ティターニアの玉座の横へ歩いていった。
「久しいな、アイラ。」
「ご機嫌麗しゅうございます。」
「はは、よいよい。前回も言ったであろう。言葉遣いもそんなに堅苦しくなくてよい。」
私が腰を落として礼を取ろうとすると、前回と同じようにティターニアが片手で制した。
正直、貴族みたいな礼儀作法には未だに慣れていないのでありがたい。
……ただ横にいるサラマンダーが思いっきり眉をしかめていて怖いんですが。
「ありがとうございます。」
私は素直にお礼を言い、それからシルフへ視線を送る。
シルフも私の意図を察したようで、こくりと頷いた。
そのままモンブランの入った木箱を持って、ティターニアの方へ飛んでいく。
「女王様、これはアイラからの手土産よ。」
「ほう、何かな。」
シルフから木箱を受け取ったティターニアが、興味深そうに蓋を開ける。
「……。」
ちょっとシュールな光景だ。
精霊女王が玉座に座ったまま、高級菓子の箱を覗き込んでいる。
それだけじゃない。
ティターニアの傍にいた精霊王たちも、揃って箱の中をまじまじと見つめていた。
反応はそれぞれ違う。
サラマンダーは何故か怒ってる。
姉ドライアドは「おやまぁ」とでも言いたげな顔。
そしてティターニアは。……うん、持ってきて正解だったみたい。
だって、口元が少し笑っちゃってるもん。
「これは箱の中に冷気を流しておるのか?」
「はい。微力な冷気の魔法を閉じ込めて、モンブランを冷やすのに使っています。」
普通に持ってきたら、ここへ到着するまでに傷んでしまう可能性がある。
そこで保冷剤の代わりに、魔力の塊から弱い冷気を流し続けるようにしておいた。
前世の知識と、この世界の魔法を組み合わせた簡単な保冷箱だ。
ティターニアの隣にいたウンディーネは、お菓子よりそっちの方が気になるらしい。
箱の中に入れた魔力塊を、興味深そうにじっと見つめている。
その様子を見る限り、精霊心の掴みはかなり良かったみたい。
シルフに相談した時も「いいじゃない!」なんて目を輝かせていたし。
手土産だけじゃなく、ちょっとした余興にもなったようだ。
しばらく箱の中を眺めた後、ティターニアは満足そうに蓋を閉じた。
そのまま近くに控えていた警備兵へ木箱を渡す。
それを合図にするように、周囲の精霊王たちも背筋を正した。
どうやらここからが本題らしい。
「いや、久しぶりに楽しませてもらった。」
「もったいないお言葉です。」
よし少なくとも第一印象は悪くない。
これで話が円滑に進むと嬉しいね。




