親離れ、子離れ⑧
深い森の主の毛皮を含めた素材は売って、余ったお肉は近所の人にも配って全部食べ尽くした。
食べられるものは食べて、使える素材は余すことなく使う。
命の恵みに感謝し尽くした頃、アクエリアスでお願いしていた工務店の人たちがサジタリウスまでやってきた。
「ごめんくださーい。ここがアイラさんのお家ですか?」
「はーい!」
いよいよ我が家の建て直しが始まるようだ。
「ママは冒険者倉庫前まで運んだ荷物を見てて!」
「三人とも気を付けてね。」
「任せなさいよ。」
家の中にある荷物を外へ運び出す。
私とシルフが荷物をまとめ、それをパパが台車で冒険者ギルドまで運ぶ。
ママには冒険者倉庫の前に集めた大型家具なんかを見ていてもらうことにした。
身重なんだから絶対に重い物は持っちゃダメだからね。
それを何度か繰り返しているうちに、家の中からほとんどの荷物がなくなった。
この世界の一般的な民家は物が多くない。
大きな家具といえばタンスやテーブル、椅子くらいで、家電製品なんて当然存在しない。
引っ越しと言っても意外とあっさり終わってしまった。
敢えて言うことがあるとすれば、今日が雨じゃなくて本当に良かった。
「冒険者ギルド職員さん、こちらの荷物をパパの冒険者倉庫に一括で預けます。」
「よろしくお願いします。」
パパの名義で家にあった大型家具を全部預けていく。
預ける物は一つずつ確認され、その内容が書類へ書き記されていった。
「これとこれ。」
「サラ、タンスは預け終わったぞ。」
「ええ、ありがとうケン。」
書類を確認するのがママの仕事。
家具を運ぶのはパパの仕事だ。
そして私とシルフは、その様子を眺めているだけ。
結局、一時間くらいですべての大型荷物の整理が終わった。
これで家を壊しても、大事な物が瓦礫の下敷きになる心配はない。
その後は全員でゆっくりサジタリウスの宿へ移動した。
「こちらの荷物預かりお願いしまーす。」
「はーい。」
冒険者倉庫に預けるほどでもない小さな家具や、すぐ使う予定の生活用品は宿で預かってもらう。
その中には私が昔から使っているお気に入りのコップも入っていた。
長年使ってきた物だから愛着がある。
しばしのお別れを惜しみながら、そっと荷物の中へ入れておいた。
渡した宿代は向こう三か月分。
利用人数はパパとママの二人で、先払いしてある。
施工はどれだけ長引いても三か月以内には終わる予定なので、これだけ払っておけば十分なはずだ。
もし予定より早く家が完成してお金が余りそうなら、最終日にちょっと良いご飯を二人に出してほしいとお願いしておいた。
それでも余った分は、そのまま宿の取り分にしていい。
そう伝えた時の女将さんの目。物凄く輝いてたなぁ。
もちろん、私だってタダでそんな約束をしたわけじゃない。
もし何らかのトラブルで家の施工が遅れてしまった場合、三か月を過ぎても優先的に部屋を貸してもらう。
そこまで含めた契約だ。
三か月後には今よりもママのお腹は大きくなっている。
そんな時に宿泊期間が終わったからと、いきなり宿から追い出されたら困るからね。
念には念を入れてある。
「アイラは本当に良いの?」
「うん。私はやりたいことがあるし。」
私は二人と一緒に宿へ泊まるのを遠慮して、しばらく別の街で過ごすことにした。
家が完成するまでサジタリウスに残る必要もなくなった。
ここからは私自身だけじゃなく、シルフの成長も急がないとね。
先日の深い森の主との戦いで、シルフはまた少し成長していた。
以前より髪が伸びて、顔立ちもほんの少しだけ大人びて見える。
毎日一緒にいると気付きにくい程度の変化だけど、確実に成体へ近づいているのが感じられた。
前にアールヴヘイムを訪れた時、姉のドライアドと交わした会話を思い出す。
シルフの髪が伸びたら、もう一度アールヴヘイムを訪れる。
あの時に交わした約束を果たす日も、そう遠くない。
「心配しないで。今まで通り毎月一度は顔を見せるから。」
家が完成するまでは宿暮らしになるとはいえ、二人がサジタリウスにいることには変わりない。
今までと同じように、定期的に帰ってくればいい。
そう思っていたんだけど。
「もう一か月に一回じゃなくても良いぞ。」
「え?」
思わずパパの顔を見た。
どういう風の吹き回しだろう。
この間までは私のことが心配で仕方ないって感じだったのに。
「深い森の主を倒すような冒険者を心配して、毎月帰ってこいなんて失礼だろう。」
「私たちも、そろそろ子離れしないとね。」
パパとママが少し眉を下げながら笑った。
本音と建前を上手く分けられていない顔。
二人が私を心配しなくなったわけじゃない。
むしろ、今までと同じように心配してくれている。
それでも私のために、その気持ちを抑えようとしてくれているんだ。
私がもっと自由に冒険できるように。
「これまでも、無理して顔を出すために帰ってきてくれてたでしょう?」
「アイラの兄弟が生まれるまでは、俺がサラの面倒を見るから。」
パパの大きな手が私の頭に乗った。
続いてママの綺麗な手が、そっと私の肩に触れる。
言葉にしなくても二人の愛情が伝わってきた。
私が冒険者になったばかりの頃は、毎月帰ってくることが二人を安心させるために必要だった。
だけど今は違う。
私が知らない間に、二人も少しずつ私との距離を変えようとしてくれていたんだ。
だったら、その気持ちを無駄にはしたくない。
「頑張れ、アイラ。」
「頑張ってね、アイラ。」
「うん!」
結局、今の私にできることなんて、笑顔で二人を安心させてあげることくらいだ。
だから心からの笑顔を二人に返した。
次に帰ってくる時には、今よりもっと成長していよう。
そして生まれてくる弟か妹にも、胸を張ってお姉ちゃんだと言えるようになろう。
「このアタシに任せておきなさい!」
胸を張ったシルフが、私たち三人の間へ割って入ってきた。
……それは台無しだよ、シルフ。




