親離れ、子離れ⑦
「この毛皮はどうするんだ?」
「もちろん売るよ。こんな高級品、家に置いておけないでしょ。」
深い森の主の毛皮。
首だけを綺麗に跳ね飛ばしたおかげで、大きな傷もなくほぼ完全な状態で残っている。
これ一つ売るだけで、都会に一軒家が建つくらいの値段になるはずだ。
そんなものをサジタリウスの普通の民家に置いておくなんて、どう考えても危険すぎる。
今までは家に盗られて困るような物なんてほとんど無かったから、防犯なんて気にする必要もなかった。
だけど、この毛皮だけは話が別だ。
もしも深い森の主の毛皮があると知られたら、パパとママが強盗に襲われても不思議じゃない。
そんな危険物を私のいない家に置いておけないよね。
「えー、売っちゃうわけ?」
シルフが不満そうな声を上げる。
毛皮に埋もれて、ぽふぽふと何度も体を沈めていた。
さっき戦った時は不快そうに見てたモンスターの毛皮なのに、随分と気に入ったみたい。
「肌触りが気に入ったの?」
「ええ。あの気持ち悪い猫とは思えないほど肌触りが良いわ!」
気持ち悪い猫って。
確かに大きく開いた口とか、どこを見ているのか分からない目とか。
私も気持ち悪いと思ってたけど、倒した後までそんな言い方しなくても良いんじゃないかな。
ちょっとだけ可哀想になってきた。
……いや、私を殺しかけた相手だったっけ。
やっぱり可哀想じゃない。
「本当に気に入ったんだね。でもダメだよ。こんな高い物を置いてたら強盗が入ってきちゃうからね。」
「へぇ~。人間って欲深いのね。」
「……本当にね。」
妖精の鋭い突っ込みに、私たち三人は揃って苦笑いする。
人の物を盗んでまで欲しいとは思わないけれど、私だって大概欲深い。
お金は欲しい。美味しいものも食べたい。
可愛い服だって欲しいし、良い暮らしだってしたい。
もっと強くなりたいし、シルフやドライアドともずっと仲良くしていたい。
それに、この世界で幸せに暮らすためとはいえ、モンスターの命を奪う。
そんな私が欲深く無いなんて口が裂けても言えない。
そう考えると、シルフの何気ない一言が妙に胸へ刺さった。
私は今、ご飯を食べながらパパとママから質問攻めにされている。
「それで、どうやってこいつを倒したんだ?」
「私も聞きたいわ。」
パパが毛皮に指を指しながら核心を突いてきた。
さっきから何となく避けていた話題だったんだけど、やっぱり逃げ切ることはできなかった。
そりゃそうだよね。
二人にしてみれば、大勢の冒険者が犠牲になりながらようやく倒したモンスターを娘が仕留めて帰ってきたんだから。
どうやって倒したのか気にならない方がおかしいか。
「えっとね。最初はシルフと一緒に魔法で攻撃したんだけど……。」
頭の中で実際にあった戦闘を思い返しながら、話しても問題ない部分だけを選んでいく。
全部嘘にするとどこかで辻褄が合わなくなるかもしれない。
だから実際にあった出来事を土台にして、GM装備やナイトに斬られたことだけを隠す。
簡単そうに思えて、これがかなり難しい。
というのも、深い森の主は光属性。
光属性はゲームでも強属性に設定されていて、火、水、風、地の四属性攻撃が通りにくい。
本来、四属性しか扱えない今の私からすれば、天敵に近いモンスターでもあったんだよね。
シルフの風属性も当然相性は良くない。
その知識がパパとママにあるのかは分からないけど、倒した話をする以上、魔法が通りづらかったことを完全に無視するわけにもいかない。
「それで何度か魔法を当てようとしたんだけど、凄く素早くて。鳴き声で混乱もさせられたから大変だったよ。」
ここまでは本当。
……実際には、私とシルフが放った魔法は一発も当たらなかったわけだけど。
その後、混乱したナイトに肩から脇腹まで斬られて死にかけました。
シルフが泣きながらヒーリングポーションを使ってくれました。
最後はGM装備を三つも使って無理やり倒しました。
なんて、口が裂けても言えない。
適当に作った設定と本当の出来事を織り交ぜながら、何とかそれらしい話を組み立てていく。
途中でパパから細かく質問されるたびに心臓が跳ねる。
お願いだからあんまり深く聞かないで。
娘は今、必死に嘘がばれないよう頑張っています。
「最後はシルフに動きを止めてもらって、私が『ウィンドカッター』で首を斬ったの。」
「こんなに綺麗に首を切断するなんてどんな威力の魔法を……。」
「い、一か八か思いっきり魔力を込めたらできたの。」
実際に首を斬ったのは魔法じゃないから、これも嘘。
虚実を混ぜてそれらしい話に仕上げた。
「そんな大変だったのね。」
「無事で良かった。」
パパが大きな手を私の頭に乗せて、そのまま優しく撫でてくる。
「えへへ。」
つい作り笑いをしてしまった。
無事で良かった。
その言葉が思っていた以上に胸へ刺さる。
本当に無事とは言い難かったから。
シルフがヒーリングポーションを使ってくれなかったら。
ナイトが止めを刺す前にシルフが吹き飛ばしてくれなかったら。
どちらか一つでも欠けていたら、私は今頃ここに座ってなかっただろう。
倒し方も、死にかけたことも話せないのが本当に心苦しい。
二人は私を心配してくれているのに、私は笑って誤魔化している。
だけど、これだけは絶対に話せない秘密だ。
話したところで二人を余計に心配させるだけだし、GM権限について説明することもできない。
だから全部、墓場まで持っていくつもり。
「でも今日だけで、この間の出費はほとんど取り返したよ。」
少し重くなってしまった空気を変えたくて、努めて明るい声を出す。
家の建て直しでかなりの貯金を使ったけど、深い森の主の毛皮を売れば大部分は戻ってくる。
他にも今日一日で集めた素材が大量にある。
フォレストヴァイパーを始め、深い森でしか手に入らない高級素材も多い。
全部売れば、むしろ建築費を払う前よりお金が増えてる可能性すらあった。
冒険者、夢があるね。
命まで賭けたく、ないけど。
「そうね。……本当なら、こんな危険なことはしないでほしいんだけど。」
ママが頬に手を当てながら、小さくため息を吐いた。
怒っているわけではない。
それでも手放しで喜ぶことはできない。
そんな複雑な顔だった。
パパも何も言わずに腕を組み、微妙な顔で上の空になっている。
多分二人とも考えていることは同じだ。
成人した娘の仕事に、あまりお小言は言いたくない。
冒険者として生きることを選んだ以上、危険な場所へ行くなとも言えない。
だけど親としては、心配になるようなことをしてほしくない。
そんな気持ちが二人の表情から伝わってくる。
――こういうのも久しぶりだね。
十二歳で成人して冒険者になってから、少しずつ私を見る目も変わってきた。
子供ではなく、一人の大人として扱ってくれることも増えた。
それは嬉しいことだけど。こうして昔みたいに心配されると、何だか懐かしい。
「心配ショーね! 私がいるんだから、大船に乗った気持ちでいなさいって。」
胸を張りながらシルフが自信満々に宣言する。
「まぁ、頼もしいわ!」
「頼りにしてるぞ!」
だからパパとママのシルフへの信頼は何なの。
私より信用されてない?
シルフもシルフで、さっき私が死にかけた時に大泣きしてた子の言葉とは思えないけどね。
あの時は顔に張り付いて離れなかったくせに。
そう思ったけど泣き腫らしたシルフの顔を思い出したらそんな小さいことはどうでも良くなった。
「ふふん。当然よ!」
二人から褒められて、シルフはさらに胸を張る。
羽までいつもより元気に動いていて、完全に調子に乗っていた。
まぁ、実際シルフがいなかったら私は死んでいた。
今回に限って言えば、パパとママの信頼は正しい。
私もシルフには何度助けられたか分からない。
だからこれからも頼りにさせてもらおう。
私たち家族が乗った大船が、泥船じゃないことだけを祈った。




