親離れ、子離れ⑥
「……。」
「どうしたの?」
どうしたもこうしたもないよね。
パパとママは、家の前に干してある深い森の主の毛皮を見たまま固まっている。
「おーい……。」
二人の目の前で手を振ってみる。
だけど二人とも瞬き一つしない。
何これ、状態異常の石化でもした?
「どうしたの?」
シルフも不思議そうにパパへ近づくと、その頬を小さな両手でパンパンと叩いた。
頬はちゃんと動いている。
石化ではないね、うん。
「この頬、チクチクして痛いわ。」
男性は朝に髭を剃っても、夜までには少し生えてきちゃう人も多いからね。
毎日髭を剃ってる人には面倒なだけだから、酷いこと言わないであげてね?
晩夏とはいえもう夕方だ。
こんなところに立っていたら体が冷えるかもしれない。
パパは良いとして、ママをいつまでもこんなところに立たせておくのは良くないよね。
そろそろ正気に戻さないと。
スーッと息を吸いながら体に力を入れ、両手を大きく広げる。
そして蚊を叩く時みたいに、勢いよく手を合わせた。
パンッ!
乾いた大きな音が響く。
「「っ!?」」
ようやく二人の肩がビクッと動いた。
「はいはい、二人とも家に入ろうね。」
「え、ええ……。」
「ああ……。」
二人とも寝起きみたいな反応いただきました。
いつも私が一番目覚めが悪いから、何だか新鮮だね。
「はい、座って。これお水。」
二人の手を引きながら家の中へ連れていき、椅子に座らせる。
冷たい井戸水を渡して少し待つと、ようやく二人とも落ち着いてきたみたい。
「なぁ、アイラ。」
「うん?」
「誰が化け猫を倒したんだ?」
「やだなぁ。私とシルフだよ。」
「!?」
パパが目を大きく開く。
そして、また固まった。
いくら何でも驚きすぎでしょ。
目の前に毛皮があるんだから、他にないでしょうに。
「ケンが驚くのも無理ないわよ。」
今度は放心しなかったママが、困ったように笑っている。
ようやくまともに話ができそうでホッとした。
「これはアイラが生まれる前の話なんだけどね。」
そう前置きして、ママは昔の話を始めた。
昔、まだ私が生まれる前のこと。
深い森の主のハグレが、サジタリウスの傍に現れたことがあったらしい。
ちなみにハグレとは、本来の縄張りを越えて別の場所に現れるモンスターの総称だ。
町のすぐ近くに危険なネームドモンスターが現れたことで、即座に討伐隊が組まれた。
沢山の冒険者が参加して、深い森の主の討伐へ向かったという。
しかし、それが裏目に出た。
大勢の討伐隊が深い森の主と接敵し、これから一斉に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間。
深い森の主が一鳴きした。
それは、さっき私も酷い目に遭った『コンフュージョンクライ』だった。
混乱した冒険者が仲間へ攻撃を仕掛ける。
攻撃された冒険者も混乱して、さらに別の仲間へ攻撃する。
混乱が混乱を呼び、討伐隊は一瞬で同士討ちになった。
本来なら状態異常を回復するはずだった後衛まで巻き込まれて、辺りには地獄絵図のような光景が広がったそうだ。
結局、それでも最後は人数差で押し切り、深い森の主の討伐には成功した。
だけど、その代償として沢山の人が亡くなったらしい。
その出来事を覚えているからこそ、今回私たちが深い森の主を倒したことが信じられなかったようだ。
「へぇ~。全然知らなかった。」
「というか、あいつのスキルを知ってたらむしろ悪手よね、それ。」
「まぁな。でも一介の冒険者が普通に戦っても勝てるような相手じゃない。」
それは本当にそう。
深い森の主のレベルは、おそらく九十前後。
もしバランス調整後だったら百三十くらいかもしれない。
今のこの世界で普通に活動している冒険者が挑むには、あまりにも無謀な相手だ。
「どうして他の街に協力を要請しなかったの?」
「出現位置がサジタリウスに近すぎてね。そんな時間も無かったのよ。」
別の街に救援を求めようにも、町の傍まで来てしまったネームドモンスターを放置するわけにもいかない。
いつ住民が襲われるか分からない以上、今ある戦力だけで対処するしかなかった。
その結果が、さっきの話ということらしい。
「どうしても、あの時の記憶が残ってるからな。」
「アイラとシルフちゃんが倒したって言われても、現実味が無さ過ぎてね。」
失礼だとは思わない。
むしろ、その見立ては正しい。
私だってGM装備を使わなかったら、勝てなかったと思うもん。
「ふーん。なるほどね。」
シルフが腕を組みながら納得したように頷く。
それからパパとママを交互に見た。
「でも倒してるわけだし?」
「それは……そうなのよね。」
「信じられないことにな。」
パパとママが揃って私を見る。
どうあれ、今は納得してもらうしかない。
私がどうやって深い森の主を倒したのか。
その事実は、誰も知らなくていいのだ。




