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親離れ、子離れ⑤

「まぁこうなるわよね。」

「こうなるよねぇ。」

私たちは町の入口近くの広場で、完全にもみくちゃにされていた。

理由は当然。シルフが精霊魔法で浮かせている深い森の主の死体だ。


知っている人から知らない人まで、次から次へと人が集まってくる。

目的はネームドモンスターの死体。

そして、それを仕留めた人物を一目拝むことらしい。


「うぷっ。シルフ、深い森の主だけは守って。」

「分かったわ。」

どこもかしこもヒトヒトヒト。

左右どころか前後まで人で埋め尽くされていて、自分で歩いているのか人の流れに運ばれているのかすら怪しい。


その上、深い森の主へ手を伸ばして毛を盗もうとする冒険者まで出る始末。

ちょっと!それ私のだからね!?


シルフには念のため、深い森の主だけは人の手が届かない上空まで逃がしてもらった。

ちなみに、あのナイトとプリーストの二人組は広場の隅に捨ててきた。

ちゃんと生きてるから大丈夫です。


「凄いよ、君は英雄だ!」

「良いわね~。私に素材を安く売ってくれないかしら?」

「どうやって倒したんだ!?」

「アイラ、俺のお嫁さんになってくれ!」

はいはい。

色々な声が聞こえてくるけど、一つずつまともに相手なんてしていられない。

最後に何か変なのも混じってたけど、適当にあしらっておく。

素材の分け前欲しさに告白なんてされても、ねぇ。


だけどその人は私に断られると、胸を押さえながらガックリと項垂れる演技まで披露した。

なかなかの本格派。

そこだけはちょっと感心した。


そんな人々の間へ体をねじ込みながら、強引に町の中へ向かって進んでいく。

普段なら歩いて二分ほどの道程。

それが今日は、たっぷり三十分もかかった。

途中でもみくちゃになりすぎて、本当に人の海で溺れるかと思った。


「おつかれさまで~す……。」

ようやく門のところまで辿り着き、いつもの門番さんへ力なく挨拶する。

「アイラの方がよっぽどお疲れに見えるぞ。」

門番さんもこの騒ぎを見て、思わずといった様子で苦笑していた。

「ははは……。」

後ろを見る。

まだ長蛇の列が続いている。


私が歩けば一緒に歩き。

止まれば後ろも止まる。

ぴったり着いてくる様子は、さながらRPGの移動シーンみたいだった。

本当に勘弁してほしい。


これで家まで着いてきそうだったら、今度こそ絶対に追い払おう。

そう覚悟していたんだけど。

意外なことに、この異様な行列が続いたのは町の広場までだった。

そこまで来ると一人、また一人と人が離れていく。


どうやらほとんどの人は、単純に深い森の主が倒されたことを喜んで、私を祝福したかっただけらしい。

……朝の二人組のせいで、少し色眼鏡を掛けて見てたのかも。

そこはちょっぴり反省しておこう。


「シルフ~。」

「本当にしつこかったわねアイツら。」

ゴモットモです。

反省するのとは別に、迷惑だったのも本当なので否定はしない。

というか今更だけど初めからシルフに浮かせてもらって、空を飛んで帰れば良かったねこれ。

疲れてて頭が回ってなかった。


「パパとママが帰って来る前に、急いで毛皮を剥ごう。手伝ってくれる?」

「良いわよ。何をすれば良いのかしら?」

家まで辿り着くと、すぐに解体作業へ取り掛かる。

ここからは時間との勝負だ。


シルフにあれこれ指示を出しながら、二人で深い森の主の皮を剥いでいく。

多分パパとママは、この騒ぎを聞いたらいつもより早く帰ってくる。

町中であれだけ騒ぎになっていたんだ。

耳に入らないはずがない。


そして帰ってきた時に、人間よりネームドモンスターの死体が家の前に転がっていたら。

……気絶しかねない。

特に身重なママには余計な負担を掛けたくなかった。


「シルフ、そこ押さえてて。」

「ここね。」

「うん、そのまま。」

内臓と肉と皮。

順番に綺麗に分けていく。


今日は魔力の節約なんて考えない。

全開で一切自重なしの本気解体だ。


多少切り方が荒くなっても、風の刃の鋭さでカバーする。

少し深めに切ってしまった部分は、後から余分な肉だけを綺麗に剥いでいけば良い。


そうして急いで作業を進めた結果。

最後に残ったのは、前世でも見たことがある豹革のような見事な毛皮だった。


「おぉ……。」

あの気味の悪い顔さえなければ、普通に綺麗な模様だ。

これは高く売れそう。


「問題はこの肉、食べられるのかな……。」

大量に残った深い森の主の肉を見つめる。

モンスターだから、多分食べようと思えば食べられるんだろうけど。

あまり猫型のモンスターを食べたいとは思えない。


蛇は平気だったのに。

猫になると途端に抵抗が出てくる。

味がどうとか、毒があるとか、そういう話じゃない。

ただ何となく嫌なのだ。

人間とは、意外とそういうものなのである。


最後に毛皮を加工して、綺麗に干しておく。

このまま数日間しっかり乾燥させれば、見事な毛皮になるはずだ。

これで今日やるべき作業は一通り終了。


私は家の前に座り込み、冷たい井戸水を飲みながら休憩していた。

「ぷはぁ~。」

冷たい水が喉を通っていく。


朝から森を歩き回って、モンスターと戦って、死にかけて、町では人にもみくちゃにされて、その後は急いで深い森の主を解体。

我ながら今日はよく働いた。

労働の後の水は犯罪的な美味しさがある。


「アイラー!!」

突然、ご近所全てに届きそうな大声が遠くから響いてきた。

「……。」

声の主は、私がとてもよく知っている人物だった。


「……声が大きい。」

「ウルサイわね。」

シルフまで呆れている。本当に恥ずかしい。


声のした方へ視線を向けると、遠くからママの荷台を引いて歩いてくるパパの姿が見えた。

その隣にはママもいる。

やっぱり町で騒ぎを聞いて、早めに帰ってきたみたい。


今は身重なママの歩幅に合わせているから、二人ともゆっくり歩いてきている。

だけどパパだけなら、今にも全力で走ってきそうな勢いだ。

そこでママを置いてこないのだけは感心だよ、パパ。


「仕方ないなぁ。」

苦笑いしながらため息を吐き、私は立ち上がった。

向こうが来るのを待つより、私から迎えに行ってあげよう。


数歩進んだところで、ふと思い出して足を止める。

「あ、シルフ。」

「何?」

私は周りに聞こえないよう、少しだけ声を落とした。


「私が斬られたのは内緒ね。」

「言うわけないじゃない。」

シルフもすぐに小声で返してくる。

うん。そこは意見が一致していて助かります。


もし今日、私が深い森で肩から脇腹まで斬られて、危うく死にかけたなんて知られたらどうなるか。

パパは間違いなく大騒ぎする。

ママだって心配するだろうし、今はお腹に赤ちゃんもいる。

そんな負担を掛ける必要はない。


幸い傷は完全に治っているし、服も修復した。

今の私を見ただけでは誰にも分からないはずだ。


ひそひそと二人で内緒話を終える。

こんな話、きっとパパとママにはできないから。

私は何事もなかったような顔を作って、こちらへ向かってくる二人を迎えに行った。

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