親離れ、子離れ④
少し遅れて、私も深い森の主を追うように地面へ着地する。
今はもう動かなくなった深い森の主の方へ向き直った。
あれだけ苦戦させられた相手だったのに、GM装備を使えば一撃。
改めてその性能差に恐ろしさすら感じる。
「って《HidePC》し忘れてるじゃん!」
慌てて周囲を見渡すけど、それらしい人影は見当たらない。
目撃者はいないと思いたいけど、またやってしまった。
倒すことに意識が向きすぎて、肝心な部分を疎かにしてしまったのだ。
なんと迂闊な。
幸い、近くにいた二人はまだ気絶している。
お願いだから誰にも見られていませんように。
「アイラ、アイラ、アイラーッ!」
「わぷっ。」
突然シルフが思い切り顔に飛び込んできた。
勢いに押されて思わず目を瞑る。
顔に張り付いたシルフは離れようともせず、そのまま大声で泣き始めた。
「うわあああああああああん!」
「お、落ち着いてシルフ。ね?」
子供をあやすように優しく語りかけてみる。
だけど、今のシルフの耳には何も届いていない。
私の顔にしがみついたまま、声を上げて泣き続けている。
そっか。私、死にかけたんだもんね。
レーヴァテインを握った瞬間には、そんなことすっかり忘れていた。
あの時シルフがポーションを使ってくれなかったら。
もう少し傷が深かったら。
そんなことを考えると、今になって体の奥からぞわっと寒気が込み上げてきた。
本当に、生きていて良かった。
「大丈夫、大丈夫だよシルフ。」
右手でシルフの小さな背中をトントンと優しく叩く。
「ヒーリングポーション使ってくれてありがとう。あれがなかったら死んでた。」
シルフが顔に張り付いているので、左手で斬られた場所を確認する。
傷があった辺りをそっと撫でてみるけど、肌にはもう特に違和感はない。
ポーションの効果で完全に塞がっているようだ。
だけど服には肩から脇腹まで、綺麗な切れ目が残っていた。
うわぁ。改めて見ると、本当に思いっきり斬られてる。
服にそっと魔力を流して修復を始める。
切断された部分が少しずつ繋がっていき、数秒もするとどこを斬られたのか分からないほど綺麗に元通りになった。
妖精郷の素材でできた服凄い。
「うっく、ひっく。」
大分落ち着いてきたみたいだけど、シルフは未だにしゃっくりのような嗚咽を漏らしながら肩を上下させている。
額をそっと押し当てるようにしてシルフを撫でると、流れていた涙が私の頬にも付いた。
「いつもありがとうシルフ。」
こんなに愛されて、私は幸せ者だ。
心配掛けてごめんね。
シルフが落ち着くまで背中を撫でながら、何度も何度もお礼を言った。
「ごめんアイラ、落ち着いたわ。」
しばらくすると、ようやくシルフが私の顔から離れた。
目元はまだ赤いけど、いつものシルフに戻りつつある。
「ううん、私の方こそ失敗してごめんね。」
「私もあっちは全然警戒できてなかったから仕方ないわ。」
シルフが落ち着いたところで、改めてお互いに謝り合う。
まさか混乱したナイトに斬られるなんて想定してないもんね。
私もシルフも深い森の主にばかり気を取られていた。
どちらか一人だけが悪かったわけじゃない。
「うん、じゃあこれで反省はおしまい。」
いつまでも落ち込んでいても仕方ない。
次に同じ状況になったらまずは冒険者を気絶させよう。
これはしっかり意識しておかねば。
まぁ、もう二度と深い森の主とは遭遇したくないけど。
出番を終えたGM装備をGM倉庫にポイポイと戻していく。
遂にブリーシンガメンまで出しちゃった。
でも、あの状況で万が一混乱なんて食らって全力でスキルを使っていたら……。
シルフどころか周囲一帯がどうなっていたか分からない。
想像しただけで怖い。
これは必要なリスクヘッジだったのだ。
私は悪くない。多分。
「ねぇシルフ。申し訳ないんだけど、この死体と気絶してる二人運べる?」
深い森の主はここで解体すれば《Storage》に入れて持ち帰れる。
だけど、横で気絶している二人は無理。
生きている人間は《Storage》には入れられないから、どうしても別の方法で運ぶ必要がある。
「ちょっと重いけどいけるわ。」
シルフが精霊魔法を唱える。
すると深い森の主の巨体と、気絶した二人の体がふわっと地面から浮かび上がった。
三人分をまとめて浮かせてもまだ余裕がありそう。
やっぱりシルフは凄い。
「深い森の主だけ首を下に……そうそう。」
シルフにお願いして、深い森の主だけ頭があった方を下へ向けてもらう。
切断された首から、残っていた血がぽたぽたと地面へ落ち始めた。
このまま運びながら血抜きも一緒に済ませてしまおう。
ものぐさだなとは自分でも思う。
だけど、さっき斬られて死にかけた私の気持ちも少しくらい労ってほしい。




