親離れ、子離れ②
それからも一通り森を巡って、見つけたモンスターを倒して回った。
倒しては血抜きし、剥いでは凍らせて解体し。
今日だけで凄い量の素材が手に入った。
食べられるモンスターの肉もたくさん確保できたので、しばらくご飯には困らないほどだ。
これだけ本格的に狩りをしたのは初めてかもしれない。
朝から森の中を歩き回って戦闘と素材の処理を繰り返していたせいで、足が棒になりそう。
「さっさと帰ってゆっくり休もう。」
「賛成……。」
さすがのシルフにも疲れの色が見えている。
私の手も何度洗ったか分からないけど、まだ獣の血臭い気がする。
今日は帰ったらしっかり洗って綺麗にしたい。
帰り道は、先ほどまで私たちが歩いてきた場所を選んでいる。
既に周辺のモンスターを倒しているので、今のところ新しい気配はない。
より安全に、早く帰ることを目的とした経路だ。
家に帰るまでが冒険だからね。
こういう疲れて気の抜けやすい時こそ注意が必要。
最後まで油断せずに帰ろう。
「げっ。」
「どうしたのシルフ?」
少し前を飛んでいたシルフが、露骨に嫌そうな声を出した。
何かを見つけたらしい。
私からはまだ見えないけど、何かがいることは間違いなさそうだ。
すぐに魔力を溜めて、いつでも応戦できるように警戒する。
「さっきの人間たちだわ。」
なぁんだ。
警戒して損した。
というか、危ないのにまだこんなところにいたんだ。
もう結構な時間が経ってるよ?
辻斬りにあっても知らないからね。
何かを話しかけられても無視して通り過ぎれば良い。
どうか私にはお構い無く。
そう思いながら進んでいくと、やがて木々の向こうにナイトとプリーストの姿が見えてきた。
だけど、二人はこちらに気付いていない。
私たちの警戒を他所に、揃って上を見ながらぶつぶつと何かを呟いていた。
え、何? 凄く気持ち悪い。
何をしてるのか知らないけど、関わらない方が良さそう。
知らんぷりして通り過ぎよう。
私は少し足を速めて、一気に二人の横を通り抜けようとした。
その時。
「ナ"アァ。」
「……。」
頭上から、少し汚い猫の鳴き声がした。
こんな深い森の中で、である。
私とシルフはその不快感に背筋がぞわぁとする。
目を大きく見開き、猫の鳴き声がした方へ一瞬で視線を向けた。
木の上。そこには、人間よりも大きな三毛猫がいた。
太い枝の上に体を乗せ、私たちを見下ろしている。
どこを向いているのか分からない瞳。
長く立派な髭。
大きく開いた口からは歯茎まで覗いている。
そして何より異様なのは、その表情だった。
猫の顔をしているはずなのに、人間のようにニタニタと笑っている。
その笑顔は愛嬌なんてものとは程遠く、悪意に満ちていた。
見間違えるはずがない。
「シルフ!」
私は大声で相棒に合図を送った。
目の前にいるのは、アイラに生まれ変わって初めて接触したネームドモンスター。
この森を統べる支配者『深い森の主』だった。
「このっ!」
「くらいなさいっ!」
二人で同時に魔法を放つ。
深い森の主がいる場所へ向かって、二つの風の刃がまっすぐ飛んでいった。
深い森の主は回避行動を取れていない。
この攻撃は当たる!
そう確信した瞬間、的となっていたモンスターの姿が消えた。
二つの風の刃は何もない場所を切り裂き、そのまま木々の向こうへ飛んでいく。
「どういうことよ!」
高速移動とかではない。
残像のように、その場からふっと消えるような不自然な消え方。
まるで初めからそこには何もいなかったような、気持ち悪さがあった。
そして、それはシルフにすら捉えられなかったらしい。
「どこに行ったの!?」
慌てて周囲を見渡そうと足を動かした。
その時、自分の体に起きている違和感に気付く。
視界がぐるぐると回っている。
まっすぐ立っているつもりなのに、体が勝手にふらついて上手く立てない。
まるでその場で思いっきり何度も回った後、すぐにかけっこを始めたような感覚。
あ、これ――。
認識した時には、もう手遅れだった。
さっき私は『鳴き声』を聞いてしまった。
その正体は『コンフュージョンクライ』。
聞いただけで相手を混乱状態にする、厄介な聴覚系スキルだ。
その効果で、今の私はまっすぐ歩くことすらできず、周囲を正しく認識することもできない。
「シルフ、今は攻撃したらダメ。同士討ちになる!」
混乱状態で戦うのは危険すぎる。
敵だと思って攻撃した相手が、実は味方だった。
そんなことだってあり得る。
今は一刻も早くこの状態を解除することが先だ。
私は慌ててウェストポーチの中へ手を突っ込み、ポーションを取り出した。
手元までふらついて上手く定まらない中、急いで自分へ振りかける。
その瞬間、ぐるぐると回っていた視界が正常に戻った。
混乱が解除されたのを確認すると、すぐにシルフにもポーションをかける。
シルフもすぐに頭を振って正気に戻ったようだった。
「ありがとうアイラ。」
「どういたしまして。」
交わした言葉はそれだけ。
すぐに二人で深い森の主を探す。
一体どこに行ったの?
木陰を確認してもいない。
後ろを振り返っても見つからない。
「いた、あそこ!」
シルフが指差した先へ視線を向ける。
木の上。深い森の主は別の枝に座り、大きく口を開いて笑っていた。
またあの人間みたいな気味の悪い笑顔。
新しいオモチャで遊べることが、そんなに面白い?
緊迫した状況もあって、段々と苛立ってきた。
だけど、すぐ近くにはまだナイトとプリーストがいる。
二人とも木を見つめながら、ブツブツと何かをずっと呟いていた。
この二人がいなければ、今すぐレーヴァテインを取り出すんだけど。
正気を失っているとはいえ、目の前でGMコマンドを使うのはリスクが高い。
後から何を覚えているかも分からない。
今は一旦我慢するべきだ。




