しばしの休息⑭
そろそろ一分経ったかな。
シルフに言われた通り少しだけ時間を待ってから、私は召喚魔法を使った。
「『サモンシルフ』。」
目の前に虹色の光が集まり、先ほど消えていった時と同じ光の中からシルフが姿を現す。
「お待たせ。はい、これ。」
「ありがとう。」
シルフの小さな手から渡されたのは、水晶みたいに透き通った石だった。
全体が薄く虹色に輝いていて、その美しさはまるで宝石みたいだ。
これ、効果とかを無視しても見ているだけで癒やされるかも。
「へぇ~、綺麗だね。」
セリーちゃんも興味津々で精霊石を覗き込んでいる。
その目を見れば何となく分かる。
絶対に売り物になるって思ってるね。
「それで、どうやって使ったらいいの?」
「まずは魔力を流して~……。」
シルフから精霊石について説明してもらう。
どうやら精霊石は、魔力を流した相手に反応して石そのものの性質が変化していくらしい。
なるほど。それなら今回私たちが求めていた物に使える可能性はありそうだ。
まずは試してみよう。
私は手のひらに精霊石を乗せ、そっと魔力を流した。
その瞬間。ぱぁっと精霊石が虹色に輝いた。
「わ、わわ!? ちょ、光りすぎ!!」
眩しい!喫茶店の中で使うには輝きすぎだよ!
突然店内で強い光を放ったものだから、周りにいた人たちも何事かと一斉にこちらを見ている。
「ごめんなさい~!」
「すみません、すみません。」
私とセリーちゃんは周囲に向かって平謝り。
「精霊石なんだから当たり前でしょ。」
一方のシルフは、何を慌てているのかと言いたげな顔をしていた。
いやいや。それなら先に説明してよ!
やがて眩しい光が収まっていく。
恐る恐る手元を確認すると、さっきまで水晶のようだった精霊石は姿を変えていた。
薄い虹色を帯びた銀色。
光を受ける角度によって淡い虹色が浮かび上がって、とても綺麗だ。
これ、宝石だと言って売っても普通に信じてもらえそう。
「綺麗~。」
「観賞用としても売れそうだね。」
私とセリーちゃんは完全に宝石を見る感覚で精霊石を眺める。
だけど、シルフだけは違った。
「……。」
じーっと精霊石を見つめたまま、何かを考え込んでいる。
さっきまでの余裕そうな表情もなくなっていた。
何を考えているんだろう?
「シルフ、どうしたの?」
「……ん。何でもないわ。」
そう言って、シルフは精霊石から視線を外した。
何でもなさそうには見えないけど。
今はセリーちゃんもいるし、ここで聞いても答えてくれないかもしれない。
後で理由をちゃんと聞かないと。
「これでアイラだけの魔力で作られた精霊石になったわ。」
シルフによると、今のところ世界に一個しかない物らしい。
もちろん後から同じように作れば増やせるので、その限りではないみたいだけど。
「セリー、この精霊石の魔力に反応して開く鍵は作れる?」
「それ自体はできるよ。でも本当に大丈夫なの?」
すごい。本当にできるんだ。
魔力が鍵で、魔道具が鍵穴みたいなものなのかな?
「アイラと全く同じ魔力を作れるなら危険だけど、極めて確率は低いわね。」
シルフがそう言って私にウィンクする。
ああ、『レア物』だから大丈夫でしょってことね。
今のところ同じ物が存在しないなら、確かに普通の鍵よりずっと安全そうだ。
「そうなんだ……。」
セリーちゃんはまだ本当に大丈夫かなって顔をしている。
作れることと、安全に使えることは別問題だもんね。
「それなら、先ずは作るだけ作ってみようよ。」
「そうだね。失敗したら使わなければ良いだけだし。」
まずは実験してみて、使えそうなら家の鍵にする。
ダメなら別の方法を考えれば良い。
多分この発想で作られた物は大量生産に向かない。
作るには魔法が使える必要があるし、安全面でも色々と難しいところがありそうだ。
だけど簡単な鍵としてなら十分効果がありそうだし、この技術自体はどこかで別のことに使えそうな予感もする。
そんなわけで、早速セリーちゃんの工房へ移動して実験することになった。
「お願いだから少しだけ待ってて!」
……の前に、また入口で待たされてる。
扉の向こうからはバタバタと何かをしまったり、片付けたりしている音が聞こえてくる。
「さっき何を見たの?」
「アイラ、好奇心は猫をも殺すわ。」
この場合、猫はセリーちゃんの方っぽいけど。
私だって秘密だらけの人間だ。
だからセリーちゃんが隠したがっている物を、無理矢理暴こうとは思わない。
思わないんだけど。
気になるものは気になる。
しばらく待っていると、ようやく扉が開いた。
「お待たせ~。」
若干眉を下げながら、額には冷や汗。
明らかな作り笑いまで浮かべている。
隠してますって自分から言っているような顔だ。
よほど人に見られたくない物だったんだろうなぁ。
……うん。これから先も本人に問い詰めるのはやめておこう。
「お邪魔しまーす。」
工房へ入ると、シルフがすぐに中を見回した。
「窓を開けて。」
「はーい。」
言われた通りに窓を開ける。
するとシルフが前回と同じように風を吹かせ、部屋の中の空気を循環させながら、そのまま外へ流していった。
一瞬で工房の空気が入れ替わる。
何度見ても鮮やかな手際だ。
一生真似できる気がしない。
「ありがとう、シルフちゃん。」
セリーちゃんはシルフにお礼を言いながら、自分も工房の中をパタパタと動き回る。
何か必要な道具を探したり、机の上を整えたりしているみたいだ。
私は特にすることがないので、近くにあった椅子へ座ってその様子を眺めていた。
「はい、これ。」
しばらくすると、セリーちゃんが一つの魔道具を持ってきた。
小さな箱に水晶が付いているような、不思議な形をしている。
「これは?」
思わず尋ねると、セリーちゃんが細かく説明してくれた。
どうやらこれは、魔力に反応して光ったり動いたりする魔力感知の魔道具らしい。
この箱に付いている水晶が反応する波長を調整して、さっきの精霊石にだけ反応するようにしたい。
それができれば、精霊石を近付けた時だけ反応して鍵が開く仕組みも作れるかもしれない。
なるほど。最初から鍵そのものを作るんじゃなくて、まずは精霊石だけを判別できるか試すわけね。
「じゃあ、やってみよう。」
試しに精霊石を水晶へ近付けてみる。
すると魔道具が淡い白色に光った。
「おぉ。」
今度は精霊石を離して、代わりに普通の魔力石を近付ける。
すると先ほどとは違い、水晶が薄い青色に輝いた。
ちゃんと違う反応をしている。
「へぇ~、面白いわね。」
シルフも興味津々で魔道具を覗き込んだ。
ただ、仕組みそのものについてはすぐに紐解いてしまったみたい。
少し触っているうちに、さっきまで白や青だった水晶を紫色にしたり、緑色にしたりして遊び始めている。
……精霊って器用だね。
「それじゃあセリーちゃん、今日はありがとう~!」
「楽しかったわ。」
「ううん、こちらこそ。二人ともまた遊びにきてね。」
空が茜色に染まり始めた頃。
転送屋が店じまいする前に、私たちはセリーちゃんと別れることにした。
結局、遊びに出かけるというより一日中鍵の開発をしていた気がする。
でも楽しかったし、目的だった家の防犯設備も手に入った。
十分すぎる成果だ。
鍵の開発費については、ひとまず着手金だけ払ってある。
完成するかどうか分からない物を頑張って作って、最後に失敗したから全部赤字なんて良くないもんね。
クリエイターにはしっかりと還元するべきなのだ。
前世でも物を作る仕事に関わっていた身として、そこは大切にしたい。
その代わり、今後この鍵がきちんと商品化されて売れるようになったら、セリーちゃんは私にもお金を払うつもりらしい。
私はアイディアを出しただけなんだけど律儀だね。
転送屋へ向かい、いつものように『ポータル』を出してもらう。
光の向こうへ足を踏み入れれば、見慣れたサジタリウスの景色が広がった。
そこから家へ戻ると、パパとママはもう仕事から帰ってきていた。
「ただいま~。」
「おかえり、アイラ。」
「おかえりなさい。」
早速、今日アクエリアスであったことを二人に報告する。
工務店で話をしてきたこと。
いつ頃から施工が始まる予定なのか。
それから、新しい家がどんな造りになるのか。
間取りや設備について一通り説明していくと、パパとママは揃って目を丸くしていた。
「アイラ、本当に大丈夫なのか?」
「こんなに立派な家にして、お金は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ。」
何度も心配そうに尋ねられる。
確かに素材を売ったお金だけでは足りなくて、貯めていた分も少し切り崩した。
だけど家族のために使うお金だし、私としては全然問題ない。
問題ないんだけど、このままだと延々と心配されそうな気がする。
よし。話を逸らそう。
「あ、そうだ! シルフのお陰でこんな良い感じの魔道具もできたんだよ!」
今日作った鍵の話を二人にする。
私の魔力で作られた精霊石にだけ反応して開くこと。
違う魔力を流せば警報が鳴ること。
さらに無理矢理こじ開けようとすれば防犯機能まで働くこと。
もちろん危険な電撃については、安全に使えるようシルフが調整してくれたこともしっかり説明する。
「それは凄いな!」
「シルフちゃんがそんなことまでしてくれたの?」
「まぁね。」
褒められたシルフが胸を張る。
さらにパパとママが凄い凄いとおだてるものだから、ついには腰に手を当ててふんぞり返りながら決めポーズまで取り始めた。
うんうん。シルフは凄いねぇ。
「さすがシルフだね。」
「当然よ!」
すっかり上機嫌になったシルフを、パパとママがさらに褒める。
さっきまで私のお金について心配していた二人も、今では鍵とシルフの話に夢中になっていた。
どうやら話題を逸らすことには見事成功したようだった。




