しばしの休息⑪
朝起きると、いつものようにシルフを喚び出す。
皆で挨拶をして、井戸水で顔を洗ってから朝ご飯を食べる。
いつもと変わらない我が家の朝。
違うことがあるとすれば一つだけ。
挨拶をする相手が一人増えた。
まだ声を返してくれることはないけど、ママのお腹にいる弟か妹にも「おはよう」と声を掛ける。
昨日まで知らなかったのに、存在を知った途端に気になって仕方がない。
ちゃんと元気に育ってね。
朝食を終えてパパとママを仕事へ見送ると、家に置いてあるママの台車を外へ持っていく。
続いて《Storage》から高額な素材をいくつか取り出し、荷台へ積んでしっかりと固定した。
「シルフ、お願い。」
「はいはい。」
シルフに精霊魔法で軽くしてもらう。
これなら私でも問題なく運べる。
荷台を引いて転送屋まで移動すると、いつものお婆さんにお願いして『ポータル』を開いてもらう。
目的地は昨日まで滞在していたアクエリアス。
まさか帰った翌日に、また来ることになるとは思わなかったね。
そこから荷台を引いたまま町を進み、見覚えのあるウミネコの看板が掲げられたお店の前まで移動する。
「ごめんくださーい。」
「お邪魔するわねー。」
「いらっしゃい。あら、お早いお帰りね。」
店の奥から出てきたセリーちゃんのお母さんが、私たちを見て少し驚いた顔をした。
そりゃそうだよね。
つい昨日、しばらく来ないみたいな雰囲気でお別れしたばかりだもん。
「はい、ちょっと用事ができまして。」
よいしょっと荷台を置く。
するとセリーちゃんのお母さんは、その上に積まれた素材をまじまじと見つめた。
「あら、良質な素材ね。しかも管理も行き届いているわ。」
さすが商人。
素材を見る目は確かなようで、一目見ただけで状態の良さに気付いたらしい。
「はい。商人ギルドで換金したくて。セリーちゃんに着いてきてもらえると助かります。」
「アタシが呼んでくるわ。」
「あ……。」
止める暇もなく、シルフがすいーっと店の奥へ飛んでいった。
その後ろ姿を見たセリーちゃんのお母さんが何かを言いかける。
だけど間に合わなかったらしく、伸ばした手だけが高いところで止まっていた。
「止めた方が良いですか?」
「いえ、大丈夫よ。たまにはあの子も反省が必要でしょうし。」
「?」
何を言っているのかは分からないけど、もしかして見られたくない物でもあるのかな。
そういえば以前来た時も、何かを一生懸命片付けていた気がする。
まあ、お母さんが大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。
そう思った直後。
「きゃあああああああああああああ!?」
店の奥から、とんでもなく大きな悲鳴が響いた。
「!?」
何!?
今のセリーちゃんだよね!?
何があったの!?
その後、シルフがもの凄い勢いで私たちのところへ戻ってきた。
工房の方からはバタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。
何かが倒れたような音まで混じっていた気がするけど、私は何も聞かなかったことにした。
やがて騒ぎが静かになる。
そして、しばらくしてから工房の奥より涙目になったセリーちゃんが出てきて、今に至る。
「うぅ……。」
「ごめんってば。」
珍しい。あのシルフが本気で謝ってる。
セリーちゃんのお母さんは呆れたようにため息を吐いているし、セリーちゃんはまだ涙目。
そして私だけが何があったのか理解していない。
この状況で説明を求める勇気はない。
多分、誰も教えてはくれないんだろうなぁ。
「お、おはよう。」
「……おはよう。」
お互いに何とも気まずい挨拶を交わす。
さっき何があったのかは、決して聞いてはいけない。
そんな空気がもの凄く漂っていた。
気になる。すっごく気になるけど、触れてはいけない気がする。
仕方なく私は気持ちを切り替え、今日ここへ来た本題に入ることにした。
「この素材を売りたいんだけど、良いところを知らないかなって。」
私は持ってきた素材を指差した。
「教えるのは簡単だけど、こんなにたくさんどうして?」
「実は――。」
かくかくじかじか。
ママが妊娠して、私に弟か妹ができること。
それに伴って家を建て直すことになったこと。
そして、その建築費用を私が出すのでお金が必要なことを説明した。
「わ、おめでとう~~!」
「ありがとう~~!」
さっきまで涙目だったセリーちゃんの表情が一気に明るくなった。
二人でぴょんぴょん跳ねながら、お互いの手を合わせて喜ぶ。
自分のことみたいに喜んでくれるのが嬉しい。
お友達にお祝いしてもらえるって良いなぁ。
「それなら私が買い取るよ。市場買取より高くできるよ。」
「うん。ありがとう、セリーちゃん。」
本当に私にはもったいないくらいの友達だ。
わざわざ市場買取より高く買い取ってくれるなんて。
「大丈夫。絶対に赤字にはならないから。」
それでいて抜け目もない。
うん、心配いらなかった。
セリーちゃんだって立派な商人だ。
私のために損をするつもりはなく、それでも私が他で売るより高く買い取れるということなんだろう。
本当に頼もしいよ。
早速、セリーちゃんに素材を一つずつ確認してもらう。
種類や状態を見ながらざっくりと買い取り値を出してもらい、最後に全部を合計した金額を私が確認する。
「うん、問題ありません。」
「はーい、毎度あり~。」
こうして商談成立。
改めて総額で見ると、なかなか凄い金額になった。
これを裸で持ち歩いたら、十秒でスリに遭う自信がある。
もちろん、そんな危険なことをするつもりはない。
受け取ったお金をしっかりと風呂敷に包んでしまう。
これで建て直しのための資金も用意できた。
「ありがとう。ちょっと工務店まで行ってくるから、帰ったらまた来るね。」
「いってらっしゃい~。」
「また後で来るわ。」
セリーちゃんに見送られて、お店を後にする。
荷物もなくなって身軽になったところで、私は隣を飛んでいるシルフへ視線を向けた。
「ねぇ、シルフ。さっき何を見たの?」
「……アタシからは言えないわ。」
むぅ。口が堅い。
さっきはあれだけ本気で謝っていたんだから、何かあったのは間違いない。
そう言われると、ますます気になる。
「本当に教えてくれない?」
「言えないものは言えないの。」
ダメかぁ。いくら聞いても、これ以上は聞き出せる気がしない。
セリーちゃん本人に聞くなんてもってのほかだし、お母さんも教えてくれそうにない。
仕方ない。この事件は迷宮入りしたのである。




