しばしの休息⑧
「それじゃあシルフ、お願いね。」
「行くわよ。」
アクエリアスの街から十分に離れたところで、シルフに精霊魔法を使ってもらう。
ふわりと体が浮き上がり。
そのまま高度を上げて、アクエリアス近くに広がる森の上空を進んでいく。
次の目的地はサジタリウス。
魔導都市レオの復興支援もあって、家を空けてから一か月以上が経ってしまった。
流石にそろそろパパとママも心配している頃だと思う。
一度帰って、ちゃんと顔を見せた方が良いだろう。
アクエリアスは、サジタリウスに最も近い街だ。
とはいえ普通に街道を移動すれば数日はかかる。
だけど今の私たちには関係ない。
森も谷も全部ひとっ飛び。
シルフの精霊魔法で一直線に進んでしまえば、数時間で済む。
便利だなぁ。
ちなみに飛行に使う分の魔力は、昨日のうちに渡しておいた。
その時、指を咥えているシルフを見たセリーちゃんが、不思議そうな顔をしていたけど。
……うん。あれは絶対、普通の魔力の渡し方じゃないから。
説明は拒否します。
アクエリアスを出発して、早くも数時間。
眼下に広がる景色にも、少しずつ見覚えが出てきた。
「あ、ここは。」
以前にも通った森。
ヴォルフたちが生息している場所だ。
「シルフ、ここで下ろして。」
「分かったわ。」
ゆっくりと高度が下がっていく。
足が地面へ着いたところで精霊魔法が解除された。
どうしてわざわざ降りたのかというと、ヴォルフともう一度戦ってみたかった。
前回ここで戦った時は私はヴォルフ相手にかなり苦戦した。
だけど今は、あの頃よりずっと成長している。
それにシルフもいる。
二人なら余裕だとは思うけど、自分がどれくらい戦えるようになったのか試しておきたい。
「行こう。」
「ええ。」
木々の間を進みながら、ヴォルフを探す。
ヴォルフは木登りをするモンスターではない。
だから頭上から突然襲われる心配はないけど、その代わり地上での動きはかなり速い。
嗅覚にも優れている。
私の匂いを感じ取れば、向こうから走って寄ってくるはずだ。
しばらく森の中を歩いていると。
「ヴォゥ!」
来た。獣の鳴き声。
それと同時にガサガサと木々の間を走り抜ける複数の足音が聞こえてきた。
「アイラ!」
「分かってる!」
一つ。二つ。最低でも三匹。
周囲を囲まれている。
そのことを察した瞬間。
私は迷わずシルフへ背中を預けた。
シルフなら後ろを任せても大丈夫。
私は前だけを見る。
両手に魔力を込めながら、最も近くから聞こえる足音へ狙いを定めた。
来る。
木々の隙間の茂みを飛び越えて最初のヴォルフが私たちの前へ姿を現した。
「『アースニードル』!」
地面が隆起する。
直後、巨大な土の槍が一気に突き上がった。
その先端が、飛び込んできたヴォルフの頭を正面から貫く。
鳴き声を上げる暇すらなかった。
勢いを失った体が、串刺しのまま停止する。
まずは一匹。まだ終わってない。
私は再び魔力を込めた。
「ヴォルル!」
後ろ! だけど、そっちは私の担当じゃない。
「残念だったわね。アタシもいるのよ。」
シルフの声。
直後、鋭い風切り音が背後を走った。
「ギャゥン!」
短い悲鳴と共にさっきまで聞こえていた足音が一つ、完全に途絶える。
「倒したの?」
警戒を続けたまま尋ねる。
「ええ。しっかりとね。」
「そっか。」
前回戦った時はヴォルフ二匹を相手に、あんなに苦戦した。
それなのに今は私が一匹。シルフが一匹。
ほとんど時間もかからずに倒してしまった。
私自身が成長したこと。
そして何より今はシルフが一緒に戦ってくれる。
あの頃と比べれば、苦戦する要素が無い。
「もういない、かな?」
耳を澄ませる。
さっきまで周囲から聞こえていた足音は、もう聞こえない。
「ええ。逃げたみたいね。」
「そういうのも分かるんだ。」
姿すら見えてないのに。
近くに残っているのか。
それとも逃げていったのか。
シルフにはちゃんと分かるらしい。
精霊って、本当に高性能だよね。
私は倒したヴォルフを《Storage》へ入れていく。
こんなに便利で戦闘も強くて索敵までしてくれる。
ゲームだと、何であんなに人気無かったんだろう。
今のシルフを見ていると本当に不思議で仕方なかった。
「パパ、これお願いね。」
「あ、はい。」
その日の夕方。
一か月以上ぶりに帰ってきた娘から、いきなりヴォルフの解体を頼まれる。
パパからすれば、なかなか無情なお願いだったと思う。
とはいえ、必要な下処理はしっかりしてある。
肉もすぐに腐らないよう処理してあるので、別に今日中に全部終わらせる必要はない。
作業は明日でも大丈夫だとは伝えておいた。
「今日できるところまではやっておくか。」
パパは道具を用意すると、そのまま一人でヴォルフの解体を始めた。
……あれ? ママを呼ばないんだ。
パパは一人で普通に作業を進め始める。
少し気になったけど、見て私はママの手伝いへ向かう。
「しょうがないわねぇ。」
シルフがため息を吐く。
そのままふわりと飛んで、パパの方へ向かっていった。
どうやら手伝ってあげるらしい。
これなら多分、放っておいても大丈夫だろう。
「ママ、私が手伝うことはある?」
「じゃあ竈に火をつけたら、お皿をテーブルに並べて。」
「はぁい。」
まずは竈へ向かう。
薪を退けてから、ちょちょっと魔力を使って火を起こした。
そのまま火は魔力で維持する。
薪だってタダじゃない。
使わなくて済む資源は節約です。
次はお皿。
棚のところまで歩いていき、いつものように手を伸ばした。
「あれ?」
すぐ取れた。
いつもより低いところにお皿が置いてある。
前までは私の身長だと、背伸びをしないと届かなかったはずなんだけど。
「?」
棚を見上げる。
間取りでも変えたのかな。
一か月以上家を空けていたんだし、その間に使いやすいよう変えたのかもしれない。
特に深く考えることもなく、お皿を人数分取り出した。
テーブルへ並べ終えると、次は水汲みだ。
桶を持って井戸へ向かい。
冷たい井戸水を汲んで、家まで運ぶ。
途中でパパたちの様子を見ると。
「ここはこう切ればいいのかしら?」
「ああ、そこは――。」
まだヴォルフと格闘していた。
パパが後で手を洗えるよう、汲んできた水の一部を別の桶へ移しておく。
「二人とも頑張って。」
手を振って応援だけしておいた。
頑張れー、私はご飯を作ります。
途中まで捌き終えたヴォルフの肉を受け取って、そのまま家の中へ戻った。
人数分のコップへ水を注ぐ。
そこへ魔法で作った氷を一つずつ落とす。
カランと涼しげな音が居間に響いた。
こういう音、何となく好きなんだよね。
「お肉は私が焼くね。」
「あら、ありがとう。」
続いて、さっき受け取ったヴォルフの肉を調理台へ広げる。
パパが薄く切ってくれた肉へ、軽く香草と塩をまぶした。
後は焼くだけ。
熱した鉄板へ肉を並べる。
じゅうっと音がして、すぐに良い匂いが広がり始めた。
上質な油なんて家にはない。
油をたっぷり使って焼くような贅沢はできないので、鉄板へ肉が張り付かないよう気を付けながら焼いていく。
焦らず慎重にじっくりと。
「うん、いい匂い。」
肉の表面にしっかりと焦げ目が付き。
中にも生の部分が残っていないことを確認する。
出来上がったものから順番に皿へ移していった。
これで本日のメインディッシュは完成。
最後に竈の火を消す。
こちらの準備は完了です。
しばらくすると。
「お、いい匂いだな。」
パパが家の中へ入ってきた。
作業が終わったからなのか。
それとも匂いに釣られて戻ってきたのか。
多分どっちもだろう。呼びに行かなくて良いので助かる。
ママも用意していた野菜を取り分け、テーブルへ並べていく。
焼いたヴォルフの肉。
野菜。冷たい水。
普段なら十分過ぎるほどの食事だ。
本日もご馳走です。
三人で席につく。
自然の恵みに感謝して、揃って手を合わせた。
「「「いただきます。」」」
食事を取らないシルフは、私の隣にある椅子の背もたれへ腰掛けている。
久しぶりの家。
久しぶりのパパとママとの食卓。
やっぱりここに帰ってくると何だかほっとした。




