しばしの休息⑤
お昼になると、私たちはベンチに座ってクレープを食べながら過ごした。
港町だけあって、少し離れた場所から潮風が吹いてくる。
その頭上では相変わらずウミネコたちが飛び回っていた。
時々こちらへ興味を示して近づいてくる子もいるけど。
「……。」
シルフが睨む。
するとウミネコは慌てたように方向を変え、そのまま遠くへ飛んでいった。強い。
普段は少し気が強すぎるんじゃないかと思うこともあるけど、こういう時は役に立つものだと感心した。
「何よ。」
「何でもないよ。」
褒めたら絶対に調子に乗るから黙っておこう。
セリーちゃんが食べているのは、タンドリーチキンクレープ。
私はブドウクリームクレープだ。
どちらも、この辺りでは結構な高級品。
セリーちゃんは魔道具を売った儲けで。
私は冒険者として素材を売って得たお金で買った。
普段の食事と比べれば、かなり奮発している。
とはいえ生活に影響が出るほどではない。
この一か月、本当に色々あった。
魔王討伐に参加して、街の復興を手伝って、人に襲われたりまでした。
だからこれは頑張った自分へのご褒美なのだ。
「私の一口あげるから、そっち一口頂戴。」
「いいよ。」
セリーちゃんが食べているクレープを差し出してくれる。
「あーん。」
そのまま一口齧りついた。
香辛料の効いた鶏肉と生地がよく合っている。
「うん、こっちも美味しい。」
甘いクレープも良いけど、こういう食事系も美味しいなぁ。
お友達とクレープをシェアする。
そんな実績解除までできて大満足です。
昼食を終えた後、私たちはセリーちゃんのお店兼家へ戻ってきた。
今度こそ、朝から話していた工房を見せてもらう。
……はずだったんだけど。
「ちょ、ちょっとだけ待ってて!」
「う、うん。」
何故か私とシルフは、工房の扉の前で待たされていた。
扉の向こう側から。
ガサゴソ。ガタン。
何かを慌てて片付けているような音が聞こえてくる。
「……。」
何を隠してるんだろう。ちょっと気になる。
だけど友達とはいえ、見られたくないものの一つや二つはあるよね。大人しく待っておこう。
しばらくすると。
「お待たせ~。」
扉が開いた。
そこから顔を出したセリーちゃんの額には、僅かに冷汗が浮かんでいる。
怪しい。一体、中に何が置かれていたんだろう。
気になるけど聞かないであげるのが友情というものだと思います。
「入って入って。」
「お邪魔しまーす。」
中へ足を踏み入れる。
「わぁ。」
思わず声が出た。
室内には大きな作業台が置かれていて、その上には工具や魔道具の部品らしきものが並んでいる。
壁際にも色々な素材や試作品が置かれていた。
いかにも職人の工房という雰囲気だ。
その中には、以前話に聞いていた試作機らしい冷房も設置されている。
凄い。ここで、これからこの世界で使われるかもしれない、次世代の魔道具が生み出されているんだ。
そう考えるだけでワクワクしてくる。
「アンタ、たまには換気した方が良いわよ。」
シルフは私ほど感動していなかったらしい。
少し眉をひそめながら周囲を見回している。
言われてみれば確かに少し不思議な匂いがする。
色々な素材や薬品でも使っているんだろうか。
「セリーちゃん、窓開けて。」
「分かった。」
セリーちゃんが窓を開ける。
するとシルフが軽く手を動かした。
次の瞬間。室内に心地よい風が流れ始める。
強すぎず、弱すぎず。
工房の中に籠もっていた空気だけを押し出すような、完璧な塩梅。
こういう細かい調整は、私にはまだできない。
やっぱり精霊は凄いなぁ。
「ありがとう、シルフちゃん。」
「まーね。今度から気を付けなさい。」
シルフは少し得意そうに胸を張った。
「この冷房っていうのが便利でね。つい窓を開けるの忘れちゃうんだ。」
「あー。」
分かるなぁ。
前世の私も夏場は窓を閉め切って、ずっと冷房を付けていた。
快適だと、わざわざ窓を開けようなんて思わなくなるんだよね。
便利な物には便利な物なりの罠がある。
「それで、これなんだけど。」
換気が終わったところで、いよいよ本題に入る。
セリーちゃんが作業台の上へ、開発中の魔道具を置いた。
そこから構造について説明してくれる。
魔力石から魔力を受け取って。
内部の機構へ流して。
それをどうこうして冷やして。
さらにどうこうして。
「……。」
分からない。
私は魔道具職人ではない。
シルフだって人間の作った魔道具の構造そのものを理解しているわけではない。
だから難しい構造はセリーちゃんに任せる。
私とシルフがするのは別のことだ。
実際に魔力を流してみる。
その魔力がどこを通って、どんな働きをしているのか確認する。
「ここ、効率悪いわね。」
シルフが指を差す。
「ここも。逆に熱を生み出してるわ。」
「え、ここも?」
「そうよ。」
私が何かに気付いて口を開くより先に。
シルフが次々と問題点を指摘していった。早い。
セリーちゃんも真剣な顔で、その言葉をメモしていく。
「それと、ここから少し魔力が逃げてる。」
「ここね……。」
さらさらと紙へ書き込まれていく。
私は横から眺めているだけになってしまった。
……次に来た時。
本当に庶民でも使える冷蔵庫が完成してそうで怖い。
この二人。思っていた以上に相性が良いんじゃないだろうか。
「これで終わりよ。」
しばらくしてシルフが満足そうに手を払った。
「は~、シルフちゃん凄い。」
「さすが~。」
私も素直に拍手する。
「ふふん。」
シルフが大きく胸を張った。
完全に調子に乗っている。
普段なら一言くらい何か言うところだけど。
今日はやめておこう。
だって、本当に凄いことしてるもんね。
褒められて当然だと思います。
その後もセリーちゃんは、私たちと雑談をしながら作業を続けていた。
さっきまで取っていたメモを確認しながら、少しずつ設計図へ起こしていく。
迷った時だけ手を止め、また何かを書き込む。
手慣れてるなぁ。
シルフは魔力の流れを見るだけで問題点を見つけるし。
セリーちゃんは、それを聞いただけで設計へ反映していく。
……私は前世の知識を披露してるだけなんだけど。
二人とも凄すぎない?
企画担当ってことで許してもらえませんか。
それから一時間ほど。
一通りメモを取り終えたところで、セリーちゃんが顔を上げた。
「アイラちゃん。」
「ん?」
「余裕があったら、しばらく家に泊まっていって。」
「いいの?」
「うん。」
どうしよう。
元々、アクエリアスにはしばらく滞在する予定だった。
それにアクエリアスの港から船で行ける海底洞窟。
あそこには、まだ一度も行ったことがない。
ここを拠点にして、しばらく冒険するのも良いかもしれない。
予定にも余裕はある。なら、
「じゃあ、お言葉に甘えて一週間くらい滞在しようかな。」
「やった!」
セリーちゃんの顔が一気に明るくなった。
「お母さんに話してくるね。お母さ~ん!」
「あ、セリーちゃん。」
止める間もなく。
バタバタと足音を立てながら、セリーちゃんは工房を飛び出していった。
随分嬉しそうだなぁ。
私も友達の家にお泊まりなんて、いつぶりのことだろう。
少なくとも転生してからは、ほとんど記憶にない。
一週間。セリーちゃんと一緒に過ごして。
海底洞窟へ冒険にも行って。
魔道具作りも少し手伝えるかもしれない。
何だか楽しい一週間になる予感がした。




