しばしの休息⑤
「ごめーん、お待たせ~。」
店の奥から、ようやくセリーちゃんが姿を見せた。
服も髪もきちんと整っている。
なるほど。やっぱり乙女の準備をしていたらしい。
「セリー。これだから普段からちゃんとしなさいって……。」
「あー……。」
セリーちゃんのお母さんの表情が変わった。
あーあ、お説教が始まっちゃった。
「いつアイラちゃんみたいなお友達が来るか分からないんだから、普段からもう少し身なりには気を遣って――。」
「分かってるってばぁ。」
こういう姿を見ると、ちゃんと親子なんだなって思う。
「あはは。」
私は曖昧な笑顔を浮かべる。
隣ではシルフが大きなため息をついた。
他所の家のことには口出しできない。
なので笑顔で乗り切るしかありません。
頑張れ、セリーちゃん。
お説教が始まって、およそ一分。
「もう、お母さん! アイラちゃんたちの前だから!」
「あっ。」
セリーちゃんのお母さんが、こちらを見る。
ようやく私たちの存在を思い出してくれたみたい。良かった。
とても気まずかったので、気付いてくれて本当に助かります。
「アイラちゃん、シルフちゃん、行こ!」
「えっ、ちょっ。」
セリーちゃんが私の手を掴んだ。
そしてそのまま、ぐいっと体ごと引きずり始める。
ちょっと待って。普通に力が強い。
筋力の高いマーチャントに引っ張られた私は、ろくに抵抗することもできず、そのまま店の外へ連行されていった。
「あ、こら待ちなさーい!」
「二人ともごめんね~。」
店を出る直前、セリーちゃんのお母さんの声が飛んでくる。
「大丈夫です~!」
振り返りながら返事をしておいた。
本当に気にしてません。
家族にはつい、お小言を言いたくなるよね。分かります。
私だってパパやママに似たようなことを言われることあるし。
「もうご飯は食べた?」
店から少し離れたところで、セリーちゃんが尋ねてきた。
「うん。アクエリアスに来る前に食べてきちゃった。」
「そっかぁ。」
露骨に残念そうな顔をする。
まだ朝ごはんを食べたばかりだから、お腹は空いてないんだよね。
「代わりに、お昼ご飯は一緒に食べよう。」
「うんっ!」
ぱぁっと一瞬でセリーちゃんの顔に笑顔の花が咲いた。
本当に分かりやすいなぁ。
アクエリアスは美味しいものが沢山ある。
私も今からお昼が楽しみだ。
「セリー、さっきは何してたの?」
シルフが尋ねる。
「あ、それ私も気になってたんだよね。」
あれだけ急いで身支度をしなきゃいけないくらい、何かの作業に没頭していたみたいだし。
「さっきはね、冷蔵庫っていうアイラちゃん発案の魔道具作り!」
「あー。」
冷蔵庫。
……私の発案ではないんだけどね。
詳しい事情を説明することもできないので、そういうことになってしまっている。
前世の世界で冷蔵庫を生み出すまでに関わった偉人の皆様。
大変申し訳ございません。
功績を横取りするつもりはないんです。
「アイラちゃんが魔力石を使ってエネルギーを補給するって言った時はびっくりしたけど、これが上手く行ってね。」
「おお。」
どうやら前回来た時に提案した方法は、ちゃんと機能しているらしい。
『ポータル』などでも使われている魔力石。
そこから魔力を供給し続ければ、術者が側にいなくても魔道具を長時間動かせるのではないか。
そんな案だった。
「ただ、問題はコストがね。」
「やっぱり?」
魔力石は安いものではない。
一個あれば、サジタリウスの宿に一週間くらい泊まれる。
そんな金額を冷蔵庫の維持だけに使うとなれば、普通の平民にはかなり厳しい。
便利でも、使える人が一部だけなら普及は難しいよね。
「魔力石一個でどれくらい保つの?」
「今はまだ一か月くらいしか……。」
「一か月かぁ。」
思っていたより短い。
その時、私たちの話を聞いていたシルフが口を挟んだ。
「それは随分、効率が悪いわね。後でアタシが見てあげるわ。」
「本当に!? ありがとう、シルフちゃん。」
セリーちゃんが嬉しそうにシルフへ詰め寄る。
それは確かに助かるかもしれない。
精霊は魔力の感知に長けている。
人間では気付けないような僅かな魔力の流れだって、シルフなら感じ取れるはずだ。
無駄に消費している場所。
魔力が漏れている場所。
そういうところがあれば、見つけてくれるかもしれない。
いいな。こういうの。
何となく、前世の仕事を思い出す。
企画が私。製作がセリーちゃん。そして承認がシルフ。
……うん。妙にそれっぽい。
久しぶりに、こういう共同作業をするのも楽しいかもしれない。
魔王の一件が片付いたら。
しばらくは、こっちに力を入れることも検討してみようかな。
世界中を旅するのも楽しいけど、たまには腰を落ち着けて何かを作るのも悪くない。
……魔王といえば。
ふと、ここへ来るまで気になっていたことを思い出した。
「アクエリアスは、魔王復活の影響は受けなかった?」
「……あ、うん。大丈夫だったよ。」
セリーちゃんの表情が僅かに曇った。
アクエリアスは魔導都市レオから遠い。
そのため魔王復活の影響がここまで伝わるまでには、かなり時間がかかったらしい。
それでも今まで普通に入ってきていた流通品の一部が、一時的に途絶えた。
魔導都市レオやその周辺へ向かった冒険者が増えた影響で、街に滞在する冒険者の数も減った。
そういった変化はあったそうだ。
でも今は、ほとんど元通りになっているらしい。
「そっか。良かった。」
何事も無かったのなら、それが一番だ。
アクエリアスまで酷いことになっていたら、流石に心が休まらない。
「アイラちゃんは、きっと魔王討伐隊に参加したんだよね?」
「うん。その日のうちに戦時動員がかかったよ。」
「アイツら、無理やりアイラに行けって五月蠅かったんだから。」
シルフが不機嫌そうに腕を組む。
「シルフ。」
「何よ。本当のことでしょ。」
「そう、なんだ。」
セリーちゃんの顔が、また少し曇る。
やっぱり魔王復活が怖かったのかな。
それなら今は一旦、心配しなくても大丈夫だよ。
魔王は姿を消している。
少なくとも、すぐにアクエリアスが襲われるような状況ではない。
少しでも安心してもらえればと思い、私は自分が討伐隊へ参加した時のことを話すことにした。
突然戦時動員を受けたこと。
魔導都市レオへ向かったこと。
そこで多くの冒険者たちと一緒に戦ったこと。
もちろん話せない部分は全部伏せる。
セリーちゃんは最初、顔を青くしながら聞いていた。
だけど話が進むにつれて、段々と様子が変わっていく。
怖そうにしていた表情は消え。
代わりに目を輝かせながら、興味津々といった様子で私の話へ聞き入っていた。
何だろう。冒険者として気になるのかな?
「それで、魔王を復活させた人はどうやって倒されたの?」
「えっ。」
それはあまり聞かないで欲しい質問。
一瞬、心臓が跳ねた。どう説明しよう。
ネネさんやルカさんには一応説明してきたけど、この質問は何度聞かれても心臓に悪い。
まさか私が倒しましたなんて言えるはずもない。
「なんか突然、雷に打たれて吹き飛んだわ。」
シルフが横から口を挟んだ。
「……うん。そんな感じ。」
ナイスフォロー。
ありがとうシルフ。
言っていることは間違ってない。
もの凄く大事なところが抜けているだけで。
「ふふ、そうなんだ。」
セリーちゃんは、その中身があまりにもない説明を聞いて何故か、ふわっと嬉しそうに笑った。
「……?」
何で?
今の説明のどこに笑う要素があったの?
たまにセリーちゃんのことが分からないよ。




