しばしの休息①
翌朝は晴天。
昨日の雨は夜になる前には上がり、濡れていた地面も大分歩きやすくなっていた。
そして今、私はクレスのところまで来ている。
「お疲れ様です。」
「あぁ、お疲れ様。シルフの体は大丈夫か?」
「アタシは元気よ。アンタも元気そうね、金髪。」
一昨日の件を知っているとはいえ、真っ先にシルフのことを気にかけてくれたのは嬉しい。
シルフも怪我の後遺症は無いと言っていたし、今日は朝からいつも通り元気いっぱいだ。
「今日、この街を発ってアールヴヘイムに寄ってから、アクエリアスに行きたいと思います。」
約束した通り、これからの行き先をクレスへ伝える。
「滞在の予定日数などは?」
「決めてませんけど、アールヴヘイムに一日。アクエリアスは一か月ほどを予定しています。」
アールヴヘイムではドライアドの様子を確認する。
その後はアクエリアスだ。
久しぶりにセリーちゃんにも会いたい。
私と共同で作っている魔道具がどうなっているのか、その進捗も聞いておきたいし。
「分かった。魔王については進展があれば、また声がかかるだろう。」
「できれば、このまま平和に過ごしたいところです。」
「全くだ。」
二人揃って同じようなことを口にする。
そんなことは無いだろうなと思っている。
だけど、それでも本当にそうなってほしいとも思う。
しばらく何事もなく、普通に冒険を楽しませてください。
「どうか無事で。また会おう、アイラ。」
クレスが朗らかな顔で微笑んだ。
う……うわぁ。
何でそんな顔で言えるの?
「は、はい。」
何故か少し恥ずかしくなって、まともに顔を見られなくなる。
絶対にシルフやネネさんのせいだ。
昨日までなら普通に受け流せていたはずなのに、二人が変なことばかり言うから余計に意識してしまう。
「ねぇ、金髪。」
突然シルフがクレスの耳元まで飛んでいった。
そして私には聞こえないように、こそこそと何かを耳打ちする。
「なっ!?」
次の瞬間。
クレスの顔が一気に真っ赤になった。
え、何?
「シルフ、何を話したの?」
シルフは答えない。
それどころか楽しそうに笑っている。怪しい。
それにさっきから周りにいる騎士たちも、何故か私たちのことをチラチラと見ている。
何だろう。
敵意みたいなものは全く感じない。
どちらかといえば、もっと温かいというか。
何かを応援しているような。
そんな感じの視線だ。
「……?」
ますます意味が分からない。
その視線に気づいたらしいクレスが、あっちに行けと言わんばかりに騎士たちへ手を払った。
すると騎士たちは笑いながら、ぞろぞろとどこかへ行ってしまう。
何だったんだろう、あれ。
「すまない。何でもない。」
クレスはやれやれとため息をついた。
いや絶対何かあるでしょ。
耳まで赤くなってるし。
隣を見ると、シルフは手で口を押さえながら笑いを堪えている。
何だか私だけ仲間外れみたいだ。
「それでは失礼する。」
「はい。また。」
耳まで真っ赤にしたままクレスが去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、シルフが小さく呟いた。
「ヘタレ。」
その声は、私の耳には届いていなかった。
「それじゃあネネさん、ルカさん。またねー!」
「あぁ、ありがとうね。」
「体に気を付けろよ。」
ネネさんとルカさんに見送られながら、私は『ポータル』へ足を踏み入れた。
二人には、もう少し街の復興が進んだ頃にまた遊びに来ると約束してある。
この一か月で仲良くなった人たちの中にも、見送りに来たいと言ってくれた人は何人かいた。
だけど、それは丁重にお断りさせていただいた。
沢山の人に見送られるのは、なんというか。
気まずいもんね。
「じゃあ、行ってきます!」
最後にもう一度手を振って、光の中へ入る。
視界が眩い光に包まれ。
次に景色が見えた時。
そこは妖精郷アールヴヘイム――ではない。
アールヴヘイムから大きく離れた、世界樹のある森の入口近くに存在する町。
『タウルス』だ。
規模はサジタリウスよりも遥かに小さい。
住んでいる人も百人程度しかいない、小さな町である。
前回アールヴヘイムを訪れた時も、ここを経由した。
とはいえ今回はタウルスそのものに用事があるわけじゃない。
特に寄り道する必要もないので、そのまま通過してアールヴヘイムを目指すことにする。
「シルフ、使うからね。」
「分かったわ。」
町の外まで歩いたところでシルフへ合図する。
そして《HidePC》。
自分の姿が見えなくなった。
今回は途中で遭遇するモンスターと戦うつもりもない。
森の中にいる者たちにも見つからず、そのまま一気に突っ切るつもりだ。
シルフに隠していることが無くなったおかげで、こういう移動でも遠慮なく使えるようになった。
やっぱり便利だなぁ。
「じゃあアタシの番ね。ほら。」
シルフが私へ向けて手を伸ばす。
直後。ふわりと体が地面から浮き上がった。
「これかけてもらうの、シルフと初めて会った日以来だね。」
「そうだったかしら?」
「そうだよ。」
シルフの精霊魔法によって体を浮かせてもらえば、あとは快適な空の旅だ。
歩いて森を抜けるよりずっと速い。
これなら昼頃にはアールヴヘイムへ着けるだろう。
私はシルフと一緒に森の上を進んでいく。
空を飛ぶモンスター。
森の中を歩いている亜人たち。
そんな相手とも戦うことなく、全て無視して突っ切った。
タウルスを出発して、およそ二時間。
ずっと遠くに見えていた世界樹が、ようやく目の前と言っていいほどの大きさになってきた。
見上げれば、その巨大な幹は空の彼方まで伸びているように見える。
「そろそろいいかな。」
世界樹の近くまで来たところで、《HidePC》を解除する。そして、
「ただいまー!」
シルフが元気いっぱいに声を上げた。
その声に反応するように。
世界樹の周囲から、白い羽を持つシルフたちが次々と飛んでくる。
「お帰りなさい。」
「お久しぶりです~。」
「精霊王に無礼は働いてないでしょうね!」
「わっ。」
あっという間に囲まれた。
色々な方向から声が飛んできて、とてもやかましい。
一度に喋られると、誰が何を言っているのか分からないよ。
それでも聞き取れた言葉には、一つずつ丁寧に返事をしていく。
中にはシルフ過激派もいた。
「精霊王をちゃんと大切にしてるでしょうね!」
「アイラは私の友達よ。」
シルフがそう言って釘を刺す。
すると、それまで強い口調だったシルフも少しだけ勢いを失った。
「……それなら良いですけど。」
ふふ。前に来た時と変わらないなぁ。
「シルフが心配だったんだよね。大丈夫、気にしてないよ。」
そんな子たちにも、一応フォローを入れておく。
シルフのことを大切に思っているからこその言葉なんだろうし。
それで私のせいで傷ついてほしくないもんね。
そんな風に賑やかなシルフたちと話しながら進んでいると。
いつの間にか、ドライアドがいる場所の近くまで来ていた。
「それじゃあアンタたち、またお話しましょ!」
シルフが皆へ向かって手を振る。
「はーい!」
「またね王様~。」
「今度ゆっくりお話しましょう!」
白い羽のシルフたちは口々に返事をすると、一斉に世界樹の方へ飛んでいった。
小さな姿が遠ざかっていくのを眺める。
可愛いなぁ。
あの子たちとも、ぜひ仲良くなりたいね。
……見分けは全くつかないけど。




