復興支援⑥
「それじゃあネネさん、私は今晩はリーブラの宿に泊まって、明日先にレオへ戻るから。ゆっくり休んでから戻ってきてね。」
「はいよ。アイラに心配されるようになるなんてねぇ。」
ちょっと不名誉っぽい言い方してない?
私だって昔よりは成長してるよ。多分。
「ネネ、またねー。」
「またね~。」
私とシルフが大きく手を振ると、ネネさんも小さく手を振り返してくれた。
うん。最初に会った時よりは、少し元気になってくれたみたいだ。
それだけでも安心した。
建物を出た私たちは、そのまま炊き出しをしていた場所へ戻る。
昼もだいぶ過ぎたからか、さっきまであれほど長かった列も今はかなり疎らになっていた。
「すいませーん、戻りました。」
「お帰りなさい~。……悪いんだけど、氷をまたいただけるかしら? お水が大人気で……。」
見ると、用意しておいた氷はほとんど無くなっていた。
これだけ暑ければ、冷たい水が人気になるのも当然か。
「それくらいならお安い御用です。」
私は水を配っている場所の邪魔にならないところへ移動すると、魔力を集中させる。
冷気を集め、今度は細かく作るのではなく大きな氷の塊を生成していく。
一つ。二つ。いくつかの氷のブロックを積み上げていくと、あっという間に私の身長を追い越し、最後には大人よりも高い氷の山になった。
これだけあれば、しばらくは大丈夫だろう。
「助かります~!」
「いえいえ~。明日にはレオへ戻りますので、今日だけですが。」
「えぇー!」
途端に、炊き出しへ並んでいた人たちから不満そうな声が上がった。
ブーイングされてますけれど。
でも、これは仕方ないことなんだよ。
私だってずっとここにいるわけにはいかない。
「皆さんの街の復興支援をしてくるから、待っててください!」
少し大きな声でそう伝える。
一瞬だけ静かになった後、今度は納得したような声が返ってきた。
「それなら仕方ないか。」
「ありがとう、お嬢ちゃん!」
「レオを頼むよー!」
「はい!」
分かってくれたみたいで嬉しい。
ここにいる人たちの多くにとって、魔導都市レオは帰るべき故郷だ。
今は建物を失って、こうして王都の避難所で生活している。
それでも街が復興すれば、いつか皆も帰ることができる。
私は避難民たちの顔を一人ずつ眺めた。
笑っている人もいれば、まだ疲れた顔をしている人もいる。
昨日まで当たり前だった生活を突然失ってしまった人たちだ。
だからこそ、前より綺麗な街にしてみせるからね。
私は心の中で、そう強く誓った。
翌日、私は魔導都市レオへ戻った。
それから何日も、復興支援を手伝い続けるためだ。
新しく井戸を掘るのを手伝ったり、家を建てる予定地の土を整えたり。
冷たい氷水を配ったり、炎天下で作業する人たちが熱中症にならないよう、シルフと一緒に風を起こしたり。
私にも役に立てることはたくさんあった。
ルカさんや、街へ戻ってきたネネさんとも協力した。
最初の頃は瓦礫の撤去や土地の整備で街中が慌ただしかったけど、少しずつ新しい魔導都市レオの形が見え始めていく。
ある程度まで街の構造やレイアウトが固まった頃には、私が直接手伝えることも随分と減っていた。
最近の仕事といえば、氷水を作ることと、シルフと一緒に涼しい風を送ることくらいだ。
「もう、私がいなくても大丈夫そうだね。」
街のあちこちでは、職人さんや冒険者たちが自分たちの仕事を進めている。
最初の頃みたいに、何をするにも人手が足りない状況ではなくなった。
もう魔導都市レオの復興に、私の力は必要ないだろう。
そんな日々を過ごしているうちに。
気付けば、魔王が復活してから一か月が経っていた。
ここで、この一か月で世の中がどう動いたのか説明しておこうと思う。
まず魔王について。
あの日以降、魔王は結局一度も姿を現していない。
人間たちは今も魔王がどこかに潜んでいると考え、再び現れる時を警戒し続けている。
そして三国同盟については、驚くほどストーリー通りに話が進んでいた。
魔王復活を受けて、ゾディアック王国は同盟諸国へ救助を要請。
それを受けた神政国家ストレリチアとシン共和国は、それぞれ魔王対策部隊を編成した。
もちろん、それぞれが抱えている思惑まで同じとは限らない。
だけど表向きは、人類共通の脅威である魔王へ対抗するため、三国が協力して調査へ乗り出している。
その後、対策部隊は魔王が残した痕跡を発見。
現在はそれを追いながら、魔王の居場所を調査している最中らしい。
ここまでの流れも、私が知っているストーリーとほとんど同じだ。
敢えて違いを挙げるとすれば、魔導都市レオの復興速度だろう。
これについては、私が全力で手伝ったことも多少は影響していると思う。
特に夏場の作業環境を少しでも快適にできたことは大きかった。
氷や冷たい水を用意して、シルフが風を送る。
それを見た他の『ウィザード』たちも魔法を使って手伝うようになり、炎天下でも以前よりずっと効率よく作業できるようになった。
この調子なら、一年以内には以前と同じくらいの街並みを取り戻せるかもしれない。
少なくとも、復興については順調だ。
そして次、ヴォイドの件。
これについて考えるのは、正直なところ気が重い。
まず、私が知っていた本来のヴォイドについて整理しよう。
ヴォイドには親がいない。
彼は幼い頃から、砂漠の街スコルピオで妹と二人きりで暮らしていた。
明日のご飯を食べるために盗みを働いたり、自分でモンスターを狩ったりして生き延びる毎日。
もちろん、窃盗は違法だ。
だけど、生まれつき体の弱かった妹を養うためには、そうするしかなかった。
やがて十二歳になったヴォイドはシーフへ転職し、正式な冒険者として生計を立てるようになる。
その頃には、もう飢えを凌ぐために盗みを働く必要もなくなっていた。
冒険者として稼ぎながら、妹と二人で仲良く暮らす日々。
決して裕福ではない。
それでも、二人にとっては幸せな生活だった。
だけど、そんな日々にも転機が訪れる。
ヴォイドが十七歳の時。
妹が重い病に罹ってしまう。
元々体の弱かった妹を救うため、ヴォイドはあらゆる手を尽くした。
それでも、助けることはできなかった。
幼い頃から、たった二人で支え合って生きてきた妹を失った。
その絶望から世界そのものを呪ったヴォイドは、魔王の分体へ自分の体を明け渡してしまう。
そして意識を乗っ取られたまま、人間を滅ぼす手助けをすることになる。
これが、私の知っている正史だった。
だけど、この世界では違った。
今のヴォイドは十五歳。
本来なら妹も、まだ元気に暮らしているはずだった。
ところが先日、砂漠の街スコルピオで強盗団による事件が発生した。
何人もの市民が犠牲になった。
そして、その犠牲者の一人に。
ヴォイドの妹が含まれていた。
妹を失ったヴォイドは泣き叫び、世界に絶望した。
そんな彼の前へ、魔王の分体が現れた。
ヴォイドは願った。
『あの強盗団を皆殺しにできるなら何でもする』
自分の復讐を果たすために、ヴォイドは自ら体を明け渡した。
そして、その願いは叶えられた。
翌朝。強盗団は全員、死体となって発見された。
ここまで調べて、一つの疑問が残った。
どうしてヴォイドの妹は、本来より二年も早く死んでしまったんだろう。
最初は分からなかった。
だけど、調べている途中ですっかり忘れていた事実を思い出した。
とあるロードナイトの功績の中に、一つだけ引っ掛かるものがあった。
《Storage》に保存されていた昔のメモ。
そこには、その人物がまだナイトだった頃の功績として、こう書かれていた。
砂漠の街スコルピオに現れた強盗団を鎮圧した。
そのナイトとは当然、クレスだ。
本来の歴史で、クレスは狂ったように功績を求めていた。
世界中で発生する事件へ首を突っ込み、その一つ一つを解決しながら名を上げていったとされている。
スコルピオの強盗団も、その中の一つだった。
だけど今のクレスは違う。
母親は生きている。父親も酒に溺れていない。
家族を失った悲しみから、何かに取り憑かれたように功績を求める理由もない。
当然、かつてと同じように世界中の事件を追い回しているわけでもない。
だからスコルピオへ行かなかった。
強盗団を鎮圧することもなかった。
そしてヴォイドの妹が死んだ。
「……。」
多分これは私が変えてしまったことで動いてしまった未来なんだと思う。
結末だけを見れば、ヴォイドは正史でも妹を失い、魔王へ体を明け渡す。
そこは変わっていない。
だけど、その過程は確実に変わった。
本来ならクレスに助けられていたはずの人たちが、今回は助けられなかった。
その中にヴォイドの妹もいた。
私がグローザ侯爵夫人を助けたことを後悔しているわけじゃない。
あの人には生きていてほしかった。
クレスやティアナにも、家族と一緒に幸せに暮らしてほしいと思った。
今でも、それが間違いだったとは思わない。
それでも私が未来を変えたことで、別の場所で失われた命がある。
その事実は、どうしても無視できなかった。
何度も考えた。
できるだけ悪い未来を避けられるように、知っている情報を整理して、対策を考えてきた。
それなのに私自身の行動によって、その未来が崩れていた。
少なからずショックだった。
私が何もしなくても、いずれ魔王は復活する。
その時には魔導都市レオで、多くの市民が犠牲になる。
だけど、それは本来なら二年後の話だった。
今回、魔王復活による死者と行方不明者は、合わせて千人近くに及んでいる。
その中には、本来の歴史ならこの時点では死ぬはずのなかった人もいるだろう。
私が行動したから全部こうなった。
そこまで単純な話ではないのかもしれない。
私が何もしなければ、別の誰かが死んでいた可能性だってある。
未来なんて、そんな簡単に比較できるものじゃない。
それでも私が知っている未来を変えるということは、こういうことなんだ。
誰かを救えば、別の誰かの未来まで変わる。
良い方向に変わるとは限らない。
今回みたいに、救えたはずの命が失われることだってある。
その結果から、目を逸らしてはいけない。
今回起きたことに、私はちゃんと向き合わなきゃいけないのだろう。




