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幕間 独白

とあるアサシンの話

物心がついた頃から、二人だった。

体が弱く、病弱な妹とオレ。

父親とかいうヤツは砂漠でモンスターに襲われて死んだ。

母親とかいうヤツは、知らない男についていって消息不明。

それがオレの七歳の記憶だった。


妹とは二人で生きてきた。

早朝から昼までは盗みを働く。

夕方に帰ってから寝るまでは、腹を空かせてグズる妹をあやす。

そんな毎日の繰り返しだった。


何度も追いかけ回された。

捕まって殴られた。

罵声も浴びせられた。


だけど、たまに施しで食べ物をくれるヤツもいた。

汚れた体を洗ってくれたり、怪我を治してくれたりするヤツもいた。

だけど、誰も妹を引き取ってはくれなかった。


最初は辛かったはずのそんな生活にも、少しずつ慣れていき、九歳になる頃には、何も感じなくなっていた。

だけど、悪いことばかりでもない。

一番良かったことは、妹がこの世界を諦めてくれたことだ。


泣こうが喚こうが、この世界は優しくなんてしてくれない。

毎日腹を空かせながら、ボロボロになって帰ってくる兄を路地裏で待っているだけ。

そんな生活を続けているうちに、妹は泣かなくなった。


それは少し悲しいことだなとも思った。

だけど、おかげで夕方から夜まで妹をあやし続けなくてもよくなった。

ようやくオレも、夜にぐっすり眠れるようになった。

少しずつ生活にも余裕ができてきた。


そんな頃、冒険者から一本のナイフを貰った。

それを使って、今度はモンスターを狩り始めた。

最初は『スライム』や『デザートスライム』みたいな雑魚ばかり。

そこから少しずつ狩り方を覚えて、徐々に強いモンスターにも挑むようになった。


倒したモンスターから素材を剥ぎ取って、街へ持ち帰る。

だけど買取に持っていっても、オレが子供であることや、買取側も危ない橋を渡っていることを理由に、二束三文で買い叩かれた。

それでも良かった。


もう誰かから盗む必要はない。

自分の力で生きていける。

妹と一緒に、腹いっぱい飯を食える。

それだけで十分だった。


いつの間にか、『人間』に殴られることもなくなっていた。

そして十二歳になった。

それまで余所余所しかった街の人間たちも、オレを大人として扱うようになった。


孤児の悪童じゃない。

一人の冒険者として接してくれるようになった。

素材を持ち込めば相場通りの値段で買ってくれる。

道ですれ違えば普通に話をする。


昔のことを知っているヤツからは、決まって同じような話をされた。

『昔のお前は本当にどうしようもないクズだった』

そんなことを笑いながら言われる毎日。

だけど、それすら嬉しかった。


そんな幸せが、三年続いた。

妹もすっかり明るくなった。

昔みたいに家の中でじっとしているだけじゃない。

街の人間とも普通に話せるようになった。


ある日、何となく妹に聞いたことがある。

『誰かを恨んでいるか?』

妹は少し考えてから答えた。

『境遇を恨んだけど、街の人のことは恨んでないよ。』


『そうか。』

会話はそこで終わった。

何でもない日だった。

その日もいつものように妹へ声をかけて、いつものように狩りへ出かけた。


そして夕方になれば、いつものように家へ帰る。

そう、何でもないはずの日だった。


だけど夕方、街へ戻ると様子がおかしかった。

祭りの日でもないのに喧騒に溢れている。

人々が落ち着きなく行き交い、あちこちで何かを話していた。


何があったのか。

顔見知りを捕まえて尋ねてみた。

だけど誰も、オレと顔を合わせようとしなかった。

嫌な感じがした。


急いで家へ帰る。

妹がいなかった。

いつも家にいる妹が、どこにもいない。

すぐに街中を探し始めた。


もし外へ出ているなら街の中央部。

水を管理している大噴水の前だろうか。

そう考えて、オレはそちらへ向かった。


そこで見た。

地面に転がったまま動かない女たち。

そして変わり果てた妹の姿を。


衣服はボロボロだった。

裸同然と言ってもいい。

体中には暴行された跡が残り、青痣や擦り傷だらけだった。

何をされたのかなんて、言われなくても分かった。


妹はもう、とっくに息をしていなかった。


――なぁ、神様。オレは罪を犯した。

盗みもした。暴力も振るった。犯罪もした。

だけど妹は何もしてないだろ?

何でこんなことするんだよ。


死ぬならオレの方だろ?

それに誰がこんなことをした?


妹の傍で呆然と崩れ落ちていたオレは、そこで信じられない話を聞いた。

昼過ぎ。強盗団が街を襲撃した。

入念に計画されていたのか、ヤツらは神経毒を流して街の治安部隊を一網打尽にしたらしい。

あまりにも突然の組織的な犯行。


街の防衛機構はまともに役割を果たすこともできず、停止した。

強盗団は水や金銭を奪った。

だけど、それだけでは満足しなかった。

次は女を要求した。


街の人間は我が身可愛さに、身寄りが少なく、抵抗することもできない女を無理やり差し出した。

その中の一人が、妹だった。


改めて周囲を見る。

地面に転がっている女たちは、全員が独り身か、身寄りの少ない者ばかりだった。

オレのように、昼間は街の外へ出ている人間の親族ばかり。

誰かが守ってくれる可能性の低い人間が選ばれた。


オレは、生きるために犯罪を犯してきた。

そんなオレに、街の人間を責める資格なんてない。

自分が生きるためなら、他人を犠牲にしてきた人間だ。


だけど。

だけど、それでも。

あまりにも許せなかった。

そして、強盗団だけは、どんなことをしてでも絶対に殺すと心に決めた。


強く握り締めた拳から、砂漠の砂がさらさらと零れ落ちていった。

どれだけ強く握っても。

何一つ、掴んでおくことなんてできなかった。


その足で、強盗団の根城を探し始めた。

砂漠を歩き回った。

食べ物なんて持っていなかったから、途中で倒したモンスターを食った。

何日も探し続けた。


そして、ようやく見つけた。

強盗団の根城。

見つけた瞬間、何も考えずに飛び込んだ。

勝てるなんて思っていなかった。


一人でも多く道連れにできれば、それで良かった。

結果、五人殺したところで、後ろから斬られた。

地面へ倒れ、動けなくなった。


そんなオレの前へ強盗団の首領がやってきて、どうしてこんなことをしたのかと聞いてきた。

『復讐だ。』

そう答えた。


するとヤツらは笑った。

街で襲った女たちの話を、楽しそうにオレへ聞かせ始めた。

何をしたのか、どうだったのか。

わざわざオレに聞かせながら笑っていた。


その間にも、オレが殺したはずの五人は蘇生されていた。

生き返ったヤツらがオレを囲む。

何度も何度も容赦なく蹴りを浴びせてきた。


結局オレは誰一人、道連れにできないまま死ぬんだ。

あぁ、やっとこのくだらない人生が終わる。

そう思った時だった。


『お前の望みを叶えてやろうか?』

声が聞こえた。

どこから聞こえたのか分からない。

周囲のヤツらは誰も反応していない。


オレにだけ聞こえている声だった。

力が欲しかった。

ただ、コイツらを殺す力が欲しかった。


『どうしたらいい?』

オレは尋ね返した。

『お前の体を寄越せ。それが条件だ。』


体?

そんなものコイツらを殺せるなら、どうでも良かった。

悪魔だろうが何だろうが構わない。


『良いぞ、くれてやる! だから俺の願いを叶えろ!』

迷う理由なんてなかった。


その直後から。

自分の体なのに、自分のものじゃなくなった。

壁一つ挟んだ向こう側から、自分自身を見ているような感覚。

オレを置き去りにして、口と体だけが勝手に動き始めた。


強盗団を一人残らず皆殺しにしてくれた。

そしてオレの体は、勝手に魔導都市レオへ向けて歩き出した。

後のことは、騎士団様の知っている通りだ。


そうか、あれは魔王だったんだな。

悪魔っていうのは、契約には忠実だと聞いたことがある。


笑わせる。

何が望みを叶えるだ。

オレが生き残ってるじゃねぇか。


……どうして、生き残っちまったんだ……。

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