GM権限、使えちゃいました⑥
◇
時刻は昼過ぎ。
町を歩き回って疲れた私は、広場のベンチに腰掛けていた。
ベンチの硬い感触を確かめながら、昨日、壁へ額をぶつけたことを思い出す。
「……壁は、すり抜けられなかった。」
地面も同じだ。
つまり、姿が見えなくなっているからといって、何もかも無視できるわけではない。
例えば、この状態のまま崖から落ちたらどうなるのだろう。
地面をすり抜けられないのなら、そのまま叩きつけられる可能性が高い。
しかも、誰にも姿を見つけてもらえないまま大怪我をすることになる。
最悪の場合は――。
「……死ぬ?」
ぽつりと漏れた言葉に、自分で背筋が冷たくなった。
思い返せば、ゲーム内でも《hidePC》を使っている間、イベントそのものが無効になるわけではなかった。
決められた場所へ入ればイベントは始まったし、地形による処理も受けていた。
それなら、落下のような環境による影響まで無効になるとは限らない。
むしろ、普通に影響を受けると考えた方が自然だ。
「……ありそう。」
昨日までは、この力さえあれば安全に冒険できると浮かれていた。
けれど、本当にそうなのだろうか。
誰にも見つからないということは、裏を返せば助けを呼んでも、誰にも気付いてもらえない。
その事実に気付いた瞬間、ぞっとして自分の腕を抱きしめて小さくため息をついた。
「やっぱり、過信は禁物だよね」
今の体は、前世とはまるで違う。
五歳児特有の頭が大きく重心の高い体つきで、少し走るだけでもふらつき、簡単にバランスを崩してしまう。
こんな体で崖や急斜面のような危険な場所へ近づくなんて、自殺行為に等しい。
「この前、それで死にかけたし。」
あれ、すごく痛かったなぁ。
思い出しただけで、ちょっと泣きそうになる。
あと少しハイプリースト様の到着が遅れていたら、今こうして生きてなかった。
どれだけ《hidePC》が便利でも、不慮の事故までは防げないと思う。
「せめて回復アイテムとか、冒険用の装備があればなぁ。」
また一つ、ため息がこぼれる。
ゲーム時代なら、回復薬はいくらでもあった。
防御力の高い装備や、移動を補助する便利なアイテムも数え切れないほど存在していた。
そのうちの一つでもあれば、安全性は大きく変わるはずだ。
「アイテムがあれば?」
ふと、自分の頭の中から出た言葉が引っかかった。
私はなぜか、GMコマンドを使うことができる。
その事実は、もう否定しようがない。
ということは、もしかして――。
「アイテムも、作れる?」
その可能性に気付いた瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「いや、いやいやいや」
私は慌てて首を横に振る。
「それ、まずくない?」
もし本当にゲーム時代と同じように、アイテムを自由に生み出せるのだとしたら。
回復薬も、武器も、防具も。
希少な鉱石や金貨ですら、欲しいものを好きなだけ生み出せることになる。
「そんなことができたら、この世界、壊れちゃうんじゃ……?」
あまりにも非常識すぎる。
《hidePC》だけでも十分に世界の理から外れているのに、それ以上の力まで使えたら、本当に取り返しがつかない。
「……でも」
頭の中では、試すなと警鐘が鳴っている。
興味本位で手を出していい力ではないことくらい、分かっている。
それでも好奇心が、心の片隅で小さく囁いた。
――本当に使えるか、確認しなくていいの?
「…………」
ほんの数秒、迷った。
けれど結局、私はその誘惑に勝つことができなかった。
「石なら、問題ないよね。」
誰に言い訳をするでもなく、頭の中で静かにコマンドを思い浮かべる。
《CreateItem Stone》
何かが現れる気配を感じ、私は反射的に両手を差し出した。
そして、その掌の上へ小さな石が当たり前のように落ちてくる。
「…………。」
私は掌の石を見つめたまま、完全に思考が止まっていた。
十秒ほど経ってから、恐る恐る石を握りしめる。
ぎゅっ。
硬い感触が掌へ伝わった。
今度は少しだけ放り投げてみる。
ひょい、と宙へ浮いた石は重力に従って落ちてきて、再び私の手の中へ収まった。
「……石だ。」
どう見ても、どこからどう見ても普通の石。
幻でも、見間違いでもない。
《CreateItem》によって生み出された、本物の石だった。
「これ、絶対に気軽に使っちゃいけないやつだ。」
私は無意識のうちに石を強く握りしめていた。
ただの五歳児だったなら、きっと素直に喜んでいたと思う。
欲しい物が、何でも手に入る。
そんな夢みたいな力を前にして、胸を躍らせない子供の方が少ないはずだ。
だけど、私には四十年以上を生きた前世の記憶がある。
際限なく物を生み出せる力が、社会へどれほど大きな影響を与えるのかも理解しているつもりだ。
市場、流通、希少価値、貨幣。
そのすべてを、この力は簡単に壊してしまう。
私は冷静になるよう、小さく首を横へ振った。
「この力で気軽にアイテムを作るのは禁止!」
誰かに命じられたわけじゃない。
自分自身へ課す、とても大切な制約だ。
どうしても必要な時を除き、この力には頼らない。
私はそう固く心に誓った。




