隠していた力⑰
「あれ、魔力が凄い勢いで回復してない?」
シルフが私の指から魔力を吸いながら、不思議そうに首を傾げる。
さっきまで物凄い勢いで減っていたMPが、今度はそれに負けない勢いで回復していることに気付いたらしい。
「ギャラルホルンの効果だよ。思ったよりも持っていかれたから念のためね。」
ギャラルホルンの回復効果のおかげで、吸われた分のMPが次々と補充されていく。
改めて考えてみても、とんでもない性能だ。
当然だけど、今のこの世界の装備水準で、こんな凄い装備は存在しない。
これまで見てきた冒険者たちが装備している武器や防具も、ネームレスオンラインで例えるならサービス開始初期のNPC売り装備みたいな水準だ。
もちろん、ゲームにはもっと凄い装備が山ほど存在していた。
サービス開始から二十年以上も経てば、聖剣だの魔剣だの、果ては隕石から作った武器だの、本当に色んな装備が追加されていたからね。
だけど、この世界に来てから、そんなものを装備している冒険者は一人も見たことが無い。
その中で唯一、他とは違うと自信を持って言えるのがクレスの大剣だ。
あれは二次職実装時に『ロードナイト』専用装備として追加された『ドラゴンスレイヤー』。
名前の通り、竜すら斬ることを想定した巨大な太刀で、実装当時ならプレイヤーが手に入れられる最高クラスの装備だった。
あれがどういう経緯でクレスの手に渡ったのかは分からないけど、少なくとも一般的な冒険者が持っている武器とは明らかに格が違う。
それ以外だと、ティターニアは『妖精剣エクスカリバー』を持っているはず。
ただし、こっちはゲーム内に実装された装備ではない。
設定上では確かに存在していたけど、私が死ぬまでゲームにはついぞ追加されなかった武器だ。
もしこの世界に実物が存在しているなら、どれくらいの性能なんだろう。
ティターニア自身の立場を考えると、四次職水準の性能になったりするのかな?
そんなことをぼんやり考えていると、視線を感じた。
「ん?」
顔を向けると、シルフが上目遣いで私を見上げている。
パチッと目が合った。
何だろう。
何か言いたそうな顔をしている。
「じゃあ半分より魔力を吸ってもいーい?」
「それはダメ。」
即答する。
「ケチー!」
シルフが不満そうに頬を膨らませるけど、こればかりは譲れない。
だって許したら絶対に際限なく吸うでしょ。
シルフなら『無限に回復するなら無限に吸っても良いよね?』とか言いかねない。
そんな無限吸収編が始まるのは許してもらいたい。
朝日が昇り始めた頃、人々の喧騒で目を覚ました。
まだ少し眠気の残る目を擦りながら、ゆっくりと体を起こす。
地面で寝るのは初めてじゃないし、固い布団で寝ることにも慣れている。
体に不調があるわけでもないけど、それでもやっぱり寝るならちゃんとした布団がいい。
「『サモンシルフ』。」
契約を辿り、私の呼びかけに応じたシルフが姿を現す。
「シルフ、おはよう。」
「おはよう、アイラ。今日は早起きね。」
精霊は睡眠を必要としない。
だからといって私が寝ている間ずっと傍にいても暇だろうから、夜になったらアールヴヘイムへ戻ってもらうのがいつもの流れになっていた。
そして私が起きたら『サモンシルフ』で呼び出して、一日が始まる。
「結局、魔王は現れなかったな。」
近くにいた騎士同士の会話が耳に入った。
そう。魔王はあの後、一度も戻ってこなかった。
メインストーリーと同じように、今もどこかの異次元へ身を隠していると考えるのが自然だろう。
「シルフは、どこに隠れたとか分かる?」
「うーん、難しいわね。妖精界とかならともかく、別の次元に行かれたら分からないわ。」
シルフの話では、次元へ入るための入り口が残っているなら察知できることもあるらしい。
だけど、その扉自体を閉じられてしまえば追跡は難しい。
つまり魔王が再び姿を現すまでは、ほとんど迷宮入りみたいなものか。
とはいえ、魔王は必ずまた現れる。
「もしかしたら、もう出てこないんじゃないの?」
「ううん、それはない。」
これは断言できる。
だって、魔王は人間を憎んでいるから。
人間を許して、このままどこかに引きこもったまま終わるなんてことはない。
必ず人間を滅ぼすために、もう一度姿を現す。
「どうして?」
「その時が来たら説明するね。」
魔王が人間を憎む理由については、あまり気持ちのいい話ではない。
悲しい過去があった、なんて簡単な言葉で済ませられるようなものではないけど、事情を知ってしまえば理解できる部分もある。
だからこそ、今はシルフに話したくなかった。
もし今ここで魔王誕生の経緯まで説明してしまったら、いざ戦わなければならない時に、私もシルフも決心が鈍ってしまうかもしれない。
「またそれぇ?」
シルフが苦い顔をして私を見る。
とはいえ、本気で聞き出そうとしているわけではないらしい。
仕方ないなぁ、とでも言いたげにため息を吐くと、そのまま少し高いところまで飛んでいってしまった。
私はシルフが離れている間に、今後について考えを整理することにする。
おそらくこの後は、魔王の封印が解けたことを受けて三国同盟の話が持ち上がり、各国が協力して魔王を倒す流れになるはずだ。
表向きは。
実際には、魔王から受けた損害が大きく、まずは復興へ力を注ぎたいゾディアック王国。
この混乱に乗じて自国の軍事力を強化したい神政国家ストレリチア。
そして魔王の体を徹底的に調べ上げ、疑似魔王を作り出して軍事利用しようとするシン共和国。
ここから、三国のドロドロした関係が始まるんだよね。
こうして並べてみると、ゾディアック王国だけが妙にまともに聞こえる。
でも、今回の被害が別の国で発生していたなら、ゾディアック王国だって大差ない対応をしていたはずだ。
そう考えると、やっぱり国同士が関わると碌なことにならない。
人間同士なら個人では仲良くできるはずなのに、大きな集団になるとなかなか上手くいかないものなのだ。
まぁ、そんな話はどうでもいい。ストーリー通りに進むかも分からないし。
何にせよ、今は情報が足りていない。
魔王の復活が二年も早まってしまったことで、ここから先の展開がどこまで知っている未来と一致するのか分からなくなっている。
ヴォイドがどうして二年も早く封印を破壊したのかも、調べておいた方が良さそうだ。
そこから何か見えてくるものがあるかもしれない。
「パパとママも、私が戦時動員されたことを知るのは時間の問題だよね。」
今度は自分の家族のことを考える。
隙を見てサジタリウスへ帰っておかないと、二人が何をするか分からない。
私が魔王討伐に駆り出されたと知ったら、自分たちも参加するとか言い出さないといいけど。
いや絶対言う。そういう二人だ。
変に自棄になって行動を起こされる前に、サジタリウスへ戻って無事な姿を見せた方がいい。
明日にでも一度里帰りしよう。
それ以外にも、ネネさんとルカさんのことを探さなきゃいけない。
やることは山積みだ。
二人とも家を失って困っているかもしれないし、もしそうなら私にできることは何でもしてあげたい。
幸い、お金なら二人のおかげもあってかなり稼げている。
数年間何もしなくても生活できるくらいには貯まっているんだから、こんな時こそ恩を返したい。
「うん。今後の方針は大体決まったかな。」
一人で納得して頷く。
「それは私にも教えてくれるわよね?」
「うわっ!?」
真後ろから聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。
振り返ると、いつの間に戻ってきたのか、シルフが腕を組みながら私を見下ろしている。
さっきまで少し離れた場所を飛んでいたはずなのに、独り言をしっかり聞かれていたらしい。
しかもジト目でこちらを見るその姿には、珍しく妙な圧があった。
「モチロンデス。」
有無を言わせないシルフの視線に負け、私は素直に口を割るのだった。




