隠していた力⑫
魔王と交戦していた部隊は、街からそれほど離れていない場所にいた。
シルフのバフで強化された足なら、辿り着くまでに大した時間はかからなかった。
だけど、そこに広がっていた光景を見て思わず息を呑む。
「ひどい……。」
騎士も冒険者も、誰もがボロボロだった。
鎧は砕け、武器を杖代わりにして立っている人もいる。
地面には動けなくなった負傷者が何人も横たわり、比較的傷の浅い人たちが肩を貸したり、治療できる場所まで運んだりしていた。
それでも、壊滅だけは避けられたみたい。
少なくとも見渡した限りでは、戦える人間が一人も残っていないような状況にはなっていない。
その中にカシウスの姿も見つけた。
鎧は大きく損傷していて、体のあちこちから血を流している。
地面に突き立てた武器に体重を預けながら立っている姿を見る限り、かなりの大怪我をしているみたいだ。
それでも自分の足で立っている。
命に別状はなさそうで安心した。
「それで、魔王はどこに行ったの?」
シルフの言葉に、私も周囲を見渡す。
「……あれ?」
肝心の魔王の姿がどこにもない。
あれだけ巨大で禍々しい魔力を放つ存在だ。
近くにいるなら見落とすはずがない。
周囲の人たちも警戒こそしているものの、負傷者を運んだり、その場に座り込んで休んだりしている。
戦闘が続いている様子はなかった。
まさか、魔王を退けたの?
「騎士団長、魔王の姿を完全に見失いました!」
「……そうか、ご苦労。」
ちょうど近くにいた騎士が、カシウスへ報告している。
その言葉を聞いたカシウスは苦々しい表情を浮かべた。
やっぱり違う。もし魔王を倒したのなら、こんな空気にはなっていないはずだ。
勝利を喜ぶ余裕なんてないにしても、少なくともカシウスがあんな顔をする理由がない。
「まさか、逃げられた?」
『ネームレスオンライン』では、魔王復活直後に大規模なレイドイベントが発生した。
復活した魔王と大勢のプレイヤーが戦い、最終的には魔王を退ける。
倒すことこそできなかったけど、冒険者たちの猛攻によって大怪我を負った魔王は撤退を余儀なくされ、その後はどこかへ身を隠した。
そして、そこから本格的に魔王を巡るメインストーリーが始まる。今回も同じ?
復活した時期こそ二年も早いけど、結果だけ見れば正史通りに進んだっていうことなのかな。
「ふぅん、逃がしたのね。」
シルフも同じ結論に至ったみたい。
そうなると、何があったのか聞き込みをしないと。
魔王がどうやって逃げたのか。
どの程度の傷を負わせられたのか。
そして、戦っていた時にどんな能力を使っていたのか。
今後の対策を考えるなら、どれも重要な情報だ。
何より今回は、本来より二年も早く魔王の封印が解かれている。
ゲームの知識をそのまま信じるのは、もう危ないかもしれない。
《HidePC》状態のまま、近くにいる騎士たちの会話へ耳を傾ける。
「謎の霧が魔王の元に飛んできましたよね。」
謎の霧?それを聞いて、さっき見た光景を思い出す。
「もしかして……。」
ヴォイドから出てきた、あの魔王の分体?
あの時は最後まで消滅するところを見届けたつもりだった。
だけど完全に止めを刺せたわけじゃなくて、消えたように見えた残滓が本体のところまで帰ってきたのかもしれない。
「ああ。それを取り込んで魔王が強くなったと思ったら、突然、異空間に逃げ込んだんだ。」
別の騎士が答える。
なるほど。逃げた理由は分からないけど、大まかな流れはゲームと同じだ。
魔王の分体はヴォイドを利用して封印を解かせる。
封印が解ければ、ヴォイドはもう用済み。
最後に大暴れさせた後、分体は本体のところへ戻って融合する。
それで魔王は完全な状態へ戻る。
ここまでは私の知っている流れと大きく変わらない。
だけど、一つだけ分からない。
魔王が逃げた理由だ。
ゲームでは大勢の冒険者と長時間戦い、深手を負ったから撤退した。
でも今の話を聞く限り、今回は少し違う。
分体を取り込んで強くなった直後に逃げている。
それなら、むしろ戦いを続ける方が自然じゃない?
「魔王は何で逃げたんだろう?」
思わず口に出すと、隣を飛んでいたシルフがこちらを向いた。
「ああ、それなら何となく予想付くわよ。」
「えっ。」
シルフから返ってきた意外な言葉に目を丸くする。
分かるの?私と同じ情報しか持っていないはずなのに。
「何で?」
「はぁ~。」
シルフがクソデカため息をついた。
逆に何でそんなことも分からないの?
言葉にはしていないけど、顔が完全にそう言っている。
分かるならすぐ教えてくれたらいいのに!
「あのね、あいつの立場に立ってみれば簡単じゃない。」
「魔王の、立場に?」
言われた通りに考えてみる。
復活したばかりで騎士団や冒険者たちに囲まれて戦っている。
その最中に自分の分体が戻ってきて、力を取り戻した。
……うん。やっぱり全然分からない。
私の表情だけで察したのか、シルフは呆れたように腰へ手を当てた。
「あの黒いもやもやも魔王だったんでしょ? あいつ、あの時はかなり全力で戦ってたじゃない。」
「うん。」
確かにそうだ。
ヴォイドに取り憑いていた魔王の分体は、私たちと戦っている間ずっと周囲を警戒していた。
それにヴォイド自身も魔力やスキルを惜しんでいなかった。
『レイジングブレイク』まで使っていたことを考えれば、持てる力のほとんどを使って戦っていたと考えていいと思う。
そんな状態の分体を、私は《HidePC》で完全に姿を隠したまま攻撃した。
『ライトニングケージ』で動きを止めて。
レーヴァテインを装備した状態で、『インパクトストライク』を叩き込んだ。
その結果、分体はヴォイドの体から引き剥がされ、形を保てなくなるほどのダメージを受けた。
シルフが人差し指を立てる。
「そんな時に、自分を一撃で倒すような敵がいたらどうする?」
「……あ。」
ようやくシルフが何を言いたいのか分かった。
魔王の分体からすれば、私は見えていなかった。
姿は分からない。
どこにいるのかも分からない。
どんな能力を持っているのかも分からない。
それなのに、自分の分体を一撃で倒せる何かが、この戦場のどこかにいる。
逃げてきた分体は魔王と融合して。
「魔王はその情報を……分体から得た?」
「そういうこと。」
シルフが呆れたように肩を竦める。
事実として魔王はこの場から逃げた。
騎士団や冒険者たちに追い詰められたから撤退したわけでもない。
正体も居場所も分からない何かが、自分を倒せるだけの力を持っていると知ったから、戦いを続けるのは危険だと判断した。
その可能性に気付いた瞬間、何とも言えない気持ちになる。
魔王と直接戦ってすらいないのに、どうやら知らず知らずのうちに魔王を警戒させてしまったようだ。
「……結果的には、追い払えたってことよね?」
「そうね。あいつがアイラを怖がって逃げたのなら、しばらくはこっちに戻ってこないんじゃないかしら。」
シルフは得意げに笑っていたけど、私は素直に喜べなかった。
魔王はまだどこかに潜んでいるから。
今回のことを警戒して、次に戦う時に魔王がどんな対策をしてくるか分からない。
「これで終わりじゃないってことだよね。」
「ええ。あいつは逃げただけで、倒したわけじゃないもの。」
シルフの言う通りだ。
今回の戦いは、ゲームでいうレイドイベントの第一段階を終えただけ。
しかも魔王は大きなダメージを受けたわけでもなく、どこかへ身を隠しただけだ。
それに、封印が解かれた時期が二年も早まっている。
この先もゲームの時と同じように進むとは限らない。
「まずは、ここで何があったのか確認しよう。」
魔王がどこへ逃げたのか。
どれほどの力を残しているのか。
そして、次にいつ現れるのか。
知っておかなければならないことは多い。
私は周囲の騎士や冒険者たちの会話に意識を向けた。




