隠していた力⑨
「シルフ。」
私は戦場から目を離さないまま、小声でシルフに語り掛けた。
いきなりレーヴァテインを握ったら、シルフは間違いなく驚く。
ただでさえ私の魔力に強く影響される精霊なんだから、何の説明もなしに使うわけにはいかない。
こんな時だからこそ、できるだけ急がなきゃ。
「……何よ、アイラ。」
シルフもいつもより真剣な顔をしている。
普段みたいな強気な態度は鳴りを潜め、ヴォイドの動きを警戒しながら私の言葉を待っていた。
こんなギリギリになっちゃったけど、ちゃんと相棒と向き合わないとね。
「私、シルフに謝らなきゃいけないことがあるの。」
「ふーん……何を?」
ここまでずっと抱えてきた秘密を誰かに打ち明けるのは怖い。
前世のこと。
『ネームレスオンライン』のこと。
GM権限のこと。
そして、この世界では本来あり得ない力を持っていること。
全部を今ここで説明している時間はないけれど、それでもシルフにはいつか話さなきゃいけないことだった。
「……私ね、ちょっとだけ特別な力があるの。」
「……。」
視界の先では今もヴォイドが大暴れしている。
プリーストを狙って飛び回るヴォイドを止めようと、クレスや騎士たちが必死に追いかけていた。
目の前で皆が戦っているのに、こんな話をしていることも申し訳ない。
だけど、もし倒れても私が全員『リザレクション』で起こすから。
今だけは許してほしい。
今は、シルフにだけはちゃんと話しておきたいの。
「そんなの、とっくに知ってたわよ。」
「え?」
予想もしなかった返事に、思わずシルフを見る。
シルフは拗ねたように視線を逸らすと、ぷいっと私に背中を向けた。
「出会ってすぐのころから知ってたって言ってるの!」
「え、え? どういうこと?」
何を知ってたって言うの?
私が転生者だってこと?
GM権限を持っていること?
それともレーヴァテインのこと?
混乱する私をよそに、シルフは背中を向けたまま続ける。
「アイラが何かを隠してるのくらい分かっていたわ。だって魔力で繋がってるのよ?」
「だったら何で……。」
シルフなら構わず聞いてきそうなものだ。
私に隠し事してるなんて許せないって怒りもするだろうし、納得するまで問い詰めてきてもおかしくない。
それなのに、これまでシルフは一度だって私の秘密を無理に聞こうとはしなかった。
「アイラが秘密にしたそうだったから! 言ってくれるのを待ってたの!」
「!?」
シルフの肩が大きく震えていた。
顔は見えない。
だけど、その声だけで十分だった。
相棒に隠し事をされて、きっと悔しかった。
悲しかったかもしれない。
それでも私が自分から話すまで、ずっと待っていてくれたんだ。
私、知らない間にシルフのことを傷つけてたんだ。
「ごめん、シルフ。後でちゃんと謝るから。」
「……うん、魔力半分ね。」
「半分……。」
それは許してほしいけど、秘密の対価にしては安いか。
「うん分かった、約束。」
「……っ、うん!」
シルフの羽がパタパタと嬉しそうに動いた。
シルフが喜んでいる時にする、いつもの動きだ。
その姿を見ていると、胸の奥にずっと引っ掛かっていたものが少しだけ軽くなった気がする。
ごめんね。
それから、ありがとう。
これで今は目の前のことに集中するだけだ。
周りから隠れられる瓦礫の陰に隠れる。
《HidePC》
使ったのはいつぶりか。
久しぶりにそのコマンドを念じた。
ふっと私とシルフの姿が同時に世界から消える。
私からはシルフが見えているけれど、周囲からは完全に認識できなくなっているみたい。
「うん、ちゃんと精霊も一緒に消えるんだ。」
ゲームと同じ仕様らしい。
契約精霊まで対象になるか少し心配だったけど、これなら問題ない。
続けて《Storage》。
目の前の空間から、二つのGM装備を取り出す。
レーヴァテインとギャラルホルン。
しばらく使うことのなかった、私が持つ最大の切り札だ。
レーヴァテインの柄を握り締める。
「久しぶり。よろしくね。」
その瞬間、私の中を流れる魔力が爆発的に膨れ上がった。
体の奥から際限なく力が溢れ出し、これまでとは比較にならないほどの魔力が全身を駆け巡っていく。
そして、その影響を一番近くで受けたのは私ではなかった。
「わ、わわ、わわわ!」
シルフが突然の魔力上昇に狼狽え、空中でふらふらと飛び回っている。
契約で私と繋がっている以上、この急激な変化はシルフにも伝わってしまう。
さっきまでとは比べものにならない力が流れ込んできて、本人もどうしていいのか分からないみたいだ。
その慌てようが少し面白くて、こんな状況なのに笑いそうになってしまった。
多分、今のシルフはステータスが上がりすぎて魔王くらいの攻撃力になっちゃってることだろう。
これでも大人に成長しないんだから、システムって奥が深いね。
「アイラ、こんなの聞いてないわよ! 全然ちょっとじゃないじゃない!!」
「そんなこと言ったっけ?」
言ったけど。
こういう時はなんだっけ。
そう、前世で使い勝手が良さそうな便利な言葉があった。
私は何食わぬ顔でシルフを見つめる。
「記憶にございません。」
これは前世から続く作法なのだ。




