隠していた力⑧
しかし意外なことに、この時点では天秤はヴォイドに傾かなかった。
「うらぁっ!」
ヴォイドはドンッと大地を蹴り、一気にこちらへ突進する。
凄まじい勢いで振るわれた短剣を、クレスが大剣で受け止める。
甲高い金属音が何度も響く。
ヴォイドの攻撃は速く、一撃一撃も重い。それでもクレスは一歩も退かず、全て受けきっていた。
クレスにはたくさんの仲間がいる。
あらゆるバフがクレスに送られ、たとえ傷ついても後方のプリーストたちが瞬時に回復する。
ヴォイドがクレスを突破しようとすれば騎士団が阻み、距離を取ればハンターやウィザードの攻撃が飛んでくる。
一方でヴォイドは一人だ。
どれだけ強くても、数多のスキルに曝され続ければ思うように身動きが取れない。
一つを避ければ次が飛んでくる。反撃しようとすればクレスがそれを阻む。
強力な前衛を得た魔王討伐隊は、徐々に勢いづいていった。
ヴォイドは圧倒的な力を持ちながらも、数の差によって少しずつ追い詰められていく。
「うざってぇな、さっさと死ねよ!」
「それはできない相談だ。」
ヴォイドの短剣とクレスの大剣が激しくぶつかり合う。
改めてクレスの異常さを目の当たりにした。
あれだけ強かったヴォイドと真正面から戦って、それでも押し負けていない。
もしかしたら、本当に勝てるかもしれない。
冒険者たちの表情にも少しずつ希望が見えてくる。
だけど、今この均衡を保てているのはクレスとプリーストたちのお陰だ。
どちらかが止まれば一気に瓦解するだけの危うい均衡でもある。
それが騎士団にも分かっているのだろう。
クレスと戦いながら隙あらばプリーストを狙おうとするヴォイドを、騎士たちは死に物狂いで後ろへ抜かせまいとしている。
「くそがぁ!」
その執念が功を奏したのか、ヴォイドにも少しずつ焦りが見え始めていた。
攻撃はさらに荒々しくなり、最初に見せていた余裕も薄れている。
おそらく最後は打つ手を失って高く跳ぶ。
包囲を抜け出すためには、それしかない。
その瞬間が最大のチャンスだ。
騎士たちもジリジリと包囲の輪を縮め、ヴォイドを追い詰めていく。
ハンターやウィザードはスキル攻撃を止め、その一瞬を狙っていた。
仮にこのまま跳ばなかったとしても、最後にはゼロ距離から拘束できる。
完全に詰んだ、はず。
「さっさと決めなさいよ、金髪!」
さっきまで逃げろと言っていたシルフも、今ではクレスにバフをかけて絶好調だ。
普段なら私以外に絶対やらないのに。
よほどクレスが気に入ったのかな。
私もヴォイドが跳ぶ瞬間をじっと待つ。
空中なら味方を巻き込む心配も少ない。
『ウィンドカッター』だって撃てる。
決めるチャンスは一回。
今度は絶対に逃しちゃダメ。
誰もが同じことを考えているのか、戦場に張り詰めた緊張感が漂っていた。
ヴォイドの逃げ道は少しずつ狭くなっている。
跳ぶなら、あともう少し。
誰もがヴォイドを逃すまいと、その動きを凝視していた。
「今!」
クレスが騎士団に合図を出すと、一斉に距離を詰めた。
騎士団員が盾を掲げ、前方から『シールドバッシュ』を叩き込む。
左右からも別の騎士たちが迫り、逃げ道を塞いでいく。
そしてクレスも大剣を振り上げた。
「『ブレイブスラッシュ』!」
ここで一気に勝負を決めるつもりだ。
だけど、その瞬間。
ヴォイドが嗤った。
「『レイジングブレイク』。」
短剣を大きく横薙ぎに振り抜く。
直後、ヴォイドを中心として凄まじい衝撃が円を描くように周囲へ広がった。
横薙ぎの円形範囲攻撃。
範囲こそ狭いけれど、周囲にいる全ての対象へ強力な一撃を与えるスキル。
だけど、あれは……。
「なんで人間がモンスターのスキルを使えるんだよ!」
『レイジングブレイク』は『ネームレスオンライン』に存在するモンスター専用スキルだ。
それも普通のモンスターではなく、ネームドモンスターが使うような強力なスキル。
当然、魔王も使うことができる。
「もしかして、魔王のスキルを使える、の?」
もし本当にそうだとしたら、ヴォイドは魔王から力を与えられただけじゃない。
魔王の能力そのものまで使えることになる。
それはもう、体が人間サイズになっただけの厄災だ。
こんなのを殺さずに止めるのは難しい。
しかもヴォイドは、ただ力任せに暴れていたわけじゃなかった。
敵が自分の周りに集まってくる瞬間を待っていたんだ。
強いうえに知恵も回るなんて。
ゲームとの違いを完全に理解させられる形となった。
包囲され、追い詰められているように見せながら耐え続ける。
全員が勝負を決めようと距離を詰めた、その瞬間まで。
そして私たちは、まんまとその策に乗ってしまった。
「ぐああっ!」
「うわぁっ!」
『レイジングブレイク』の一撃で、クレス以外の騎士たちがまとめて吹き飛ばされた。
盾を構えていた騎士すら耐えきれず、地面を転がっていく。
包囲が一瞬で消えた。
ヴォイドを阻むものがいなくなる。
「ようやく退いたなぁ。」
ヴォイドは周囲を見渡した。
その視線が何かを見つけた瞬間、大地を蹴って跳躍する。
まずい、あっちは。
「きゃああ!」
女性の悲鳴が響いた。
狙われたのはプリーストだった。
そうだ。ヴォイドはずっとプリーストを狙っていた。
邪魔な回復役を先に倒して、今度こそ戦線を崩壊させるつもりなんだ。
「止まれ!」
クレスが追いかけるより先に、ヴォイドはもう一度跳躍した。
「ああっ!」
また一人。着地したと思った次の瞬間には別の場所へ跳び、次々とプリーストたちを手に掛けていく。
先ほどまで守られていた後衛が、一転してヴォイドの狩場になってしまった。
「くそっ!」
クレスも必死に追いかけている。
だけど重い鎧に加えて、吹き飛ばされた騎士や逃げ惑う人たちが邪魔をしてヴォイドに追いつけない。
こうしている間にも味方はどんどんやられていく。
このままプリーストが全滅すれば、もう戦線を維持できない。
そうなればクレスだっていつまで耐えられるか分からない。
私は目の前で崩れていく戦況を見つめながら、無意識に手を強く握り締めた。
もう迷っている時間はない。
私も、覚悟を決める時だった。




