隠していた力⑦
こんな危険な存在を無視して魔王を追うことはできない。
今ここでヴォイドを倒さないと、街の被害がさらに広がってしまう。
「できれば殺したくないんだけど……。」
この世界のヴォイドに何があって、どうしてここにいるのかは分からない。
それでも魔王に力を分け与えられただけなら、彼自身はまだただの人間のはずだ。
できることなら殺したくない。
でも、これは私にとっても初めてのレイド戦。
それにあの強さだ。手加減なんてできそうもなかった。
斜線上に味方がいる魔法は、巻き込んでしまう恐れがある。
炎のように地形へ影響を与える魔法も、街への被害を考えると使えない。
なら、これ一択!
「『アースニードル』!」
ヴォイドの着地に合わせて足元から岩の棘を突き出した。
いきなり胴体を狙って、そのまま突き刺さりでもしたら精神的に耐えられる自信がない。
足を傷つけて行動不能にさえできれば、後は騎士団が何とかしてくれるはず。
しかし、ヴォイドは着地する寸前に身をよじると、短剣を『アースニードル』へと叩きつけた。
鋭い音と共に岩の棘が砕け散る。
「ハハッ、筋が良いヤツもいるじゃねぇか!」
騎士団や冒険者の攻撃を避けながら、ヴォイドの視線が真っ直ぐ私を捉えた。
ゾクッと冷たいものが首筋を走る。
これだけの人数に囲まれて攻撃を受け続けているのに、まだこんな余裕があるの?
今も迫ってくる前衛を切り刻みながら、それでも周囲への警戒を怠っていない。
私の魔法もしっかり見られていた。
だったら次は、着地した瞬間を狙う。
足元から直接『アースニードル』を出せば、いくらヴォイドでも避けるのは難しいはず。
ヴォイドが攻撃を避けて大きく跳躍した。
その着地地点を予測して魔力を集中させる。
「着地と同時に足元から出てくる魔法ならどう!?」
「いけー!」
完璧なタイミング。
シルフもそう思ったのだろう。
小さな腕を上げて叫んでいる。
今度こそ決まる。そう思った。
「普通ならここで決まってただろうな、だが。『ハイド』」
ヴォイドは空中で『ハイド』を使い、姿を消した。
「ぐあっ!」
直後、ヴォイドの目の前にいた冒険者が吹き飛んだ。
斬られたというより、蹴られたような倒れ方。
多分、目の前にいた冒険者を足場にして跳躍したんだ。
あれは絶対に普通じゃない。
ゲームで知っているヴォイドとは、明らかに動きが違う。
だとしたら、次の狙いは?
「!」
嫌な予感がして、考えるより先に『ライト』を放った。
いつもより大きな光が周囲を一気に照らし出す。
周囲で『ハイド』を使っていた味方まで効果を受けてしまうけど、今は構っていられない。
だって次に狙われるのは、多分、私だ。
予想通り、私の真上に人影が浮かび上がった。ヴォイドだ。
短剣を振り上げ、真っ直ぐ私へ向かって落下してくる。
「アイラ!」
シルフの叫び声が聞こえた。
もうここから自力で避けるのは間に合わない。
防御魔法を使う時間もない。
死にさえしなければ、何とかなると思うけど。
すっごく痛いだろうな。
迫ってくる短剣を見上げながら、私はそんなことを考えていた。
「このっ!」
私の危機にいち早く反応したのはシルフだった。
精霊魔法『エレメンタルウィンド』をヴォイド目掛けて放つ。
「はっ!」
ヴォイドは迫る風の塊を片手で強引に弾き飛ばした。
全く効いていないわけじゃない。
僅かに体勢は崩れたし、腕にも小さな傷がついている。
効いたと言えるほどのダメージではない。
だけど、奇しくもそれがヴォイドへの初ダメージとなった。
とはいえ、これでもう万策尽きた。
後はせめて死なないように急所を守るだけ。
頭、首、心臓、とにかく致命傷さえ避ければまだ何とかなる。
プリーストさんたち、後は頼みます。
私は体を丸めるようにして、目を瞑ってダメージに備えた。
カァン!
しかし、聞こえてきたのは肉を切り裂く音ではなく、金属同士がぶつかるような甲高い音だった。
「……?」
いつまで待っても痛みは来ない。
おずおずと目を開けると、私の目の前に一人のロードナイトが立っていた。
大剣でヴォイドの短剣を受け止め、私を庇うように立ちはだかっている。
「大丈夫か、アイラ。」
その大きな背中には見覚えがあった。クレスだ。
クレスは私の方を見ていない。
大剣を構えたまま、ヴォイドから一瞬たりとも視線を逸らさずに警戒している。
もしかして、助けてくれたの?
それに今、アイラって……。
「う、うん……。ありがとう、ございます?」
思わず気の抜けた返事をしてしまった。
いや、何で名前を憶えてるの?
私たち、友達でもないよね?
それは置いておくとして、助けてもらった相手への返事としても軽すぎた気がする。
後でちゃんとしたお礼と謝罪をしないと。
まだ頭の中は混乱しているけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ヴォイドが距離を取るのに合わせてクレスも大剣を構え直す。
私も前に出て、その隣に並んだ。
今だけは共同戦線だ。
「へぇ。お前も雑魚とは違うな。」
「そういう君は、何の目的があってこんなことをした?」
クレスの問いかけにヴォイドは口元を歪めた。
二人とも言葉こそ落ち着いているけど、その目は全く笑っていない。
「世界に悪意をぶちまけたかった。」
「それが魔王の封印を解いて、今ここで暴れている理由か?」
「そういうこった。」
ヴォイドは短剣を持ち直すと、その腹をトントンと肩に当てた。
これ以上話すことはない。
そう言わんばかりに笑みを浮かべる。
同時に、周囲へ向けられていた殺意がさらに濃くなった。
「どうして……。」
私には、この状況が全然分からない。
「どうしてこんなことをしたんですか、ヴォイドさん!」
気付けば叫んでいた。
ここまで頭の中がぐちゃぐちゃだった。
ネネさんやルカさんはどうなったのか。
どうして事件が二年も早まったのか。
どうしてヴォイドが魔王に力を与えられているのか。
正史ではまだ魔王は復活していないはずなのに!
それとも、彼を助けられなかったことへの後悔なのか。
自分でも何に対して叫んだのか分からなかった。
「あ?」
ヴォイドの目が細くなる。
「お前、何処かで会ったっけ?」
「あ……。」
しまった。つい名前で呼んじゃった。
会ったこともない人間の名前を知っているのは明らかにおかしい。
でも、もう口にしてしまったものは取り消せない。
だったら、せめて何か一つでも、この状況が分かるきっかけになれば。
「砂漠の街『スコルピオ』出身の『アサシン』。年齢十五歳。ソロで活動している冒険者で、今は三つ年下の妹と一緒に暮らしていたはずです」
知っている情報を一つずつ口にする。
ヴォイドの表情は変わらない。
ただ、妹という言葉を出した瞬間だけ、短剣を握る指がピクリと動いた。
「そうか。先日、スコルピオで強盗団に……。」
「うるせぇんだよ!!」
クレスが何かを知っているように言葉を続けようとした瞬間、ヴォイドの怒声が響き渡った。
空気が震える。
今まで余裕を崩さなかったヴォイドの顔から、初めて笑みが完全に消えていた。
「……っ!」
目に見えるほど濃密な黒い魔力が、ヴォイドの体から溢れ出している。
煙のように周囲を漂い、その魔力が触れた地面の瓦礫が黒く焼け焦げていく。
何、あれ……。
どれだけの魔力があれば、ただ放出しているだけであんなことになるの?
自分も魔法を扱えるからこそ、その異常さが一目で分かってしまった。
さっきまでとは比べものにならない。
「アイラ、あいつヤバいわよ! 逃げた方がいいわ!」
「シルフ……。」
普段ならどんな相手を前にしても強気なシルフが、明らかに狼狽えている。
ヴォイドから目を離さないまま、私の近くまで下がってきた。
本格的にGMコマンドを使った方がいいかもしれない。
ここには大勢の騎士や冒険者がいる。
クレスだってすぐ隣にいる。
使えば、誰かに見られる可能性は高い。
それでも、このままでは誰かが死ぬかもしれない。
だったら、たとえ見られるリスクがあったとしても、もしもの時は……。




