隠していた力⑤
「何よそれ、人間ってバカじゃないの!?」
戦時動員について説明すると、精霊のシルフは心底理解できないといった態度で声を上げた。
冒険者として国から支援を受ける代わりに、国家の非常時には戦う義務がある。
それ自体は冒険者になる前から知っていたことだ。
だけど、命の危険があると分かっていても拒否できず、逃げれば処罰されるという人間の決まりは、精霊からすると理解し難いものらしい。
「じゃあシルフは、私と一緒には行ってくれない?」
言ってから、自分でも意地悪な聞き方だと思った。
こう言えばシルフは絶対、一緒に来てくれる。
だからシルフの良心に付け込むような台詞を吐いてしまった。
本当はもっと良い言葉もあっただろうに。
「……。」
自分でも思っている以上に、余裕が無いらしい。
シルフはしばらく私を睨んでいた。
頬が少しずつ赤くなっていく。
「~~っ、行くわよ!!」
最後には顔を真っ赤にして怒鳴った。
「アイラだけ行かせるわけないでしょ!」
「……ありがとう。」
胸の奥にあった重いものが、ほんの少しだけ軽くなる。
私はホッと胸を撫で下ろした。
やっぱり一人じゃないというだけで全然違う。
この事件が終わったら絶対、優しくするから。
先ほどの発言を反省して心の中でシルフに謝った。
「準備ができたら、すぐに向かってください。もし逃亡などすれば最悪の場合は処罰が……。」
冒険者ギルドの職員が念を押すように説明してくる。
その顔にも余裕なんてない。
「分かっています。安心してください。」
私はしっかりと返事をした。
長い間使われていなかった戦時動員。
まさか、それが行われる日が今日来るなんて。
この世界の未来をある程度知っている私ですら、知らなかったことだ。
誰だって覚悟なんかできているはずがない。
突然、今日から命を懸けて戦えと言われたのだ。
魔王の強さを知らない人なら、国を守る英雄になれると喜んで突撃する人もいるかもしれない。
だけど、その先に待っているのは、間違いなく死だ。
「……。」
まずは今日の成果を倉庫へ預けよう。
それから戦闘に必要な物を揃える。
考えることは色々あるけど、今は止まっている時間が惜しい。
あまり時間も無い。迅速に準備を済ませるとしよう。
倉庫でアイテムの出し入れを終えた。
今は『ヒーリングポーション』や『マジックポーション』、その他にも戦闘で使いそうな物をウェストポーチへ詰め込み、転送広場まで走っているところだ。
シルフも私の横を飛んでいる。
ここで改めて、魔王がどれほど危険な存在なのか説明しておきたい。
まず魔王の攻撃力は三万二千七百六十七。
ゲームプログラムに詳しい人なら、見覚えのある数字だと思う。
そして『ネームレスオンライン』でも、当時設定できた攻撃力の限界値だった。
いわゆるカンスト。
つまり魔王は、システム上これ以上設定できないところまで攻撃力を上げられている。
では、その攻撃力で、今の私が殴られたらどうなるのか。答えは簡単。
――死ぬ。
通常攻撃ですら、一撃も耐えられない。
少しくらい強くなったから大丈夫なんて話ではない。
一発受ければ終わり。
もちろん魔王が通常攻撃しかしてこない、なんて親切な敵であるはずもない。
ちゃんとスキル攻撃も使ってくる。
むしろ本当に怖いのはそっちだ。
ゲームでは、あらゆる防御バフを掛けた高レベルのタンク職で、ようやく攻撃を受け止められるように調整されていた。
それだって回復役や支援役の補助込み。
一人で正面から殴り合うような相手じゃない。
大人数で役割分担して挑むことを前提に作られた敵だ。
……この世界の人たちが耐えられるわけがない。
この世界の冒険者たちはゲームのプレイヤーとは違う。
死ねば終わりだ。
『リザレクション』があるとはいえ、誰でも簡単に蘇生できるわけじゃない。
少なくとも、今集められている人たちだけで魔王に挑んで無事に済むとは到底思えなかった。
もしもの時は――。
「……。」
意識をGM専用倉庫へ向ける。そこには二つの装備が眠っている。
レーヴァテイン。そしてギャラルホルン。
思えば、この半年間はほとんどお世話になっていないGM装備だ。
できる限り、自分自身の力だけで冒険してきた。
それで問題なくやってこられた。だからこそ、
「できれば使いたくないけれど……。」
一度使えば、隠し通せないかもしれない。
特に今回は大勢の騎士や冒険者が集まっている。
そんな場所でレーヴァテインを使えば、何が起こるか分からない。
秘密は守りたい、でも人が死ぬのも嫌だ。
「どうしたらいいんだろう……。」
きっと、どこかで使うことになる。そんな予感がしていた。
「どうしたの、アイラ?」
「え?」
シルフが私の顔を覗き込んでいる。
どうやら、考え込みすぎていたらしい。
「何でもないよ。」
まだ何も言えない。レーヴァテインのことも。GM権限のことも。
心の内を悟られないように、私は笑顔を返した。
「そう? それなら良いけど。」
シルフはそれ以上追及せず、私より少し前へ飛んでいく。
「あ、待ってよ。シルフ!」
私は急いでその背中を追いかけた。
転送広場に着くと、先ほどよりもさらに澱んだ空気が流れていた。
「……。」
明らかに怪我人が増えている。
広場の端には担架が何列も並べられ、治療を行うプリーストたちが忙しく走り回っている。
さっきまで冒険に出ていた人間が戻ってくる場所だったはずなのに、今では野戦病院みたいになっていた。
人が多すぎて真っ直ぐ歩くことすらできない。
私は怪我人や治療をする人たちの邪魔にならないよう、その間をすり抜けていく。
「アイラちゃん。」
「……え?」
声を掛けられて振り向いた。
「気を付けて。」
地面に座って治療を受けていた冒険者が、私に手を上げていた。
顔見知りだ。
「無理するんじゃないぞ!」
別の人からも声が飛んでくる。
「……はい。」
喉が少し詰まった。
最年少二次職になってから、色々な人に話しかけられるようになった。
私から特別親しくしようとしたわけじゃない。
それでも、街で会えば声を掛けてくれて。
冒険について教えてくれたり、珍しい素材について聞かれたり、時には食べ物を貰ったことだってある。
皆、私のことを可愛がってくれた人たちだ。
その人たちが今、目の前で怪我をして倒れている。
別の不安が胸を締め付けた。
ネネさんやルカさんは無事だろうか。
私がウィザードになったばかりの頃、何も知らない私によくしてくれた人たち。
今日だって、いつも通り仕事をしていたはずだ。
魔王が復活した場所は魔導都市レオ。
二人とも、そこにいる。
お願いだから巻き込まれてないでと心の中で祈る。
考え始めたら心配な人が次々と浮かんでくる。
「魔王討伐に向かう者は、この魔法陣から行ってくれ!!」
大声が響いた。
騎士団関係者や冒険者が総出で、戦える者を魔導都市レオへ送り込んでいる。
魔法陣が光るたびに何人もの人が消えていく。
そして、その度に次の集団が前へ進む。
少しずつ私の番が近付いてくる。
「……怖い。」
手が冷たい。心臓が早い。
本当はこのまま反対方向へ逃げ出したいけど。
私も、大切な人たちを守るために行かなきゃいけない。
「アイラ。」
目の前にシルフが飛んできた。
「大丈夫?」
「……。」
心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
いつもの自信満々な顔じゃない。
私が青くなっていることに気付いたんだろう。
「ううん。」
無理に強がるのはやめた。
「怖いよ。大丈夫じゃない。」
はっきり言う。
「だけど、行かなきゃ。」
自分一人の力で何とかできるなんて、微塵も思っていない。
だけど私にしかできないことがきっとあるはずだから。
私が行ったことで一人でも助かるなら、行かなくちゃ。
シルフはしばらく黙って私を見つめていた。
「はぁ……。」
そして大きなため息を吐く。
「せいぜいアタシがサポートしてあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい。」
胸を張った。いつものシルフだ。
だけど、その笑顔はさっきまでより少しだけ力強かった。
私を安心させようとしてくれている。
「……。」
気を使わせちゃったな。申し訳なく思う。
だけど今は、その強がりが有難かった。
「うん。」
私も笑う。
完全な笑顔にはならなかったと思う。
それでも、さっきよりはずっと良い。
「頼りにしてるからね。相棒!」
「トーゼンよ!」
シルフが小さな拳を突き出す。私も拳を作って前へ出した。
こつんと小さなグータッチ。
それだけで、不思議と少しだけ勇気が湧いてきた。
空元気なのは分かっている。怖いものは怖い。
それでもシルフのおかげで、足を前へ出せそうだった。
本当に良い仲間で大切な友達だ。
二人なら、きっと、この危機だって乗り越えていけるはず。
「次!」
騎士の声が響く。
私たちの番だ。
「行こう、シルフ。」
「ええ!」
私とシルフはもう一度顔を見合わせる。
そして二人一緒に、魔導都市レオへ繋がる魔法陣へ飛び込んだ。




