隠していた力④
第一騎士団と第二騎士団。
王国でも有数の戦力が二つも同じ場所に集まり、今まさに出撃しようとしている。
それだけじゃない。二次職の冒険者たちまで次々と集められている。
どう考えても普通の事件じゃない。
「……。」
正直、悪い予感しかしない。
何か情報を集めた方が良いとは思うけど、騎士団は忙しそうに動き回っている。
こんな状況で呼び止めて質問するのも邪魔になるだろう。
どうすれば良いか分からず、私はシルフと一緒に遠巻きからその様子を眺めていた。
「アイラさん!」
「え?」
突然、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、一人の女性が人混みを掻き分けながらこちらへ走ってくる。
「ようやく見つけました……。」
「私を?」
誰かと思えば、この服装は冒険者ギルドの職員さんだ。
額には汗が滲み、息も少し乱れている。
この暑さの中、私を探して走り回っていたのだろうか。
「アンタ、アイラに何の用よ!」
「えっ?」
突然シルフが私と職員さんの間へ飛び出した。
羽を大きく広げて、明らかな警戒態勢を取っている。
「シルフ、ダメ。」
「うぐっ。」
名前を呼んで窘めると、シルフは不満そうな顔をしながらもすぐに引き下がった。
周囲のただならぬ空気に影響されて、つい威嚇してしまったらしい。
本人も良くなかったと思ったようで、それ以上は何も言わずに私の肩の近くまで戻ってくる。
こういう時に癇癪を起こさないあたり、ちゃんと空気が読める子なんだよね。
「申し訳ありません。なにかご用でしょうか。」
「い、いえ。それは大丈夫です。それより――」
職員さんが額の汗を拭う。
そういえば、ここまで走ってきたなら暑いよね。
お詫びの意味も込めて、氷と風の魔力を組み合わせる。
私とシルフの周囲に纏わせていた冷気を少しだけ広げ、職員さんの方へ流してあげた。
「わ……涼しい。」
表情が僅かに緩む。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
私とシルフの周りにはいつも弱い冷風を纏わせている。
おかげで夏場でも結構快適なんだよね。
冬は逆に温風へ切り替えれば良い。
魔法って本当に便利。
「どう? アイラの魔法はスゴいでしょ!」
シルフが何故か自分のことのように胸を張る。
うんうん。褒めてくれるのは嬉しいけど、今は少し黙っててね。
「それで、どうしてこんな騒ぎになっているんですか?」
さっきまで少し緩んでいた職員さんの表情が、一瞬で強張った。
「……。」
その反応だけで嫌な予感がさらに膨らむ。
職員さんは一度周囲を確認してから、重い声で告げた。
「……魔導都市レオで、魔王の封印が崩壊しました。」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「現在、魔導都市レオに魔王が出現しています。」
「何よそれ、どういうこと!?」
シルフが声を上げる。
だけど私は何も言えなかった。頭の中が真っ白になっている。
おかしい。そんなはずはない。魔王の出現は二年後のはずだ。
少なくとも『ネームレスオンライン』の正史ではそうなっていた。
私はその時期を間違えてなんていない。
魔王復活はゲームのメインストーリーでも大きな転換点だ。
忘れるはずがない。なのにどうして今?
何が変わった?それとも、私が知らないところで別の何かが起きた?
「何かの間違いということは?」
淡い期待を込めたけど、職員さんは首を横に振る。
「確かな情報です。それに、この惨状を見ていただければ……。」
「……。」
促されるように周囲を見渡す。
そこには先ほどから目にしていた光景が広がっている。
大怪我をして苦しむ人。その傷を必死に癒やしているプリーストたち。
血の付いた担架、壊れた防具、慌ただしく情報交換をする冒険者。
そして、今も転送広場の向こうから次々と運び込まれてくる怪我人。
全部が、職員さんの言葉を裏付けている。
「どうして……。」
喉から掠れた声が出た。どうして今なの?
そもそも魔王の復活は、私が誰にも知られないように止めるつもりだった。
正史では魔王がいつ復活するのか知っている。
魔王の封印を解く人物だって知っている。
だから、その時期が近付いたら先回りするつもりだった。
事件を起こす人物を見つける。
封印を壊される前に止める。
必要なら《HidePC》を使ってでも妨害する。
そうすれば魔王そのものと戦わなくても、この大事件を未然に防げる。
少なくとも、私はそう考えていた。
魔王と正面から戦うより、よほど安全で確実な方法のはずだった。
だけど何故か予定より二年も早く、魔王の封印が解かれてしまった。
私が立てていた未来の知識を前提にしていた計画は何の役にも立たないまま、脆くも崩れ去った。
「……。」
頭の中で必死に原因を探そうとしたけど何も分からない。
今ここで考えたところで答えが出るはずもなかった。
そんな私へ、職員さんが申し訳なさそうに話を続けた。
「それで……アイラさんを探していた理由なのですが。」
「はい。」
「現在、王国から冒険者に対して戦時動員が発令されています。」
やっぱり。
「この国の戦力である冒険者には、魔導都市レオへの出陣命令が与えられていまして……。」
「私にも声が掛かったということですね。」
「……はい。」
職員さんが苦しそうに頷く。
私はサモナーで、世界最年少の二次職として名前が通ってしまっている。
こんな非常事態に呼ばれないわけがなかった。
「はぁ!? アイラを殺す気!?」
「シルフ。」
今度こそシルフが怒鳴った。
職員さんへ詰め寄ろうとするシルフを、私は両手でそっと受け止める。
「シルフ、これはね。人間同士の約束事なの。」
「でも!」
「大丈夫。落ち着いて。」
できる限り優しい声で話す。
シルフが怒ってくれるのは素直に嬉しい。むしろ私だって逃げたい。
魔王なんて怖いに決まっている。
多分、この世界で生きているほとんどの人間よりも、私は魔王がどれほど危険な存在なのか知っている。
ゲームでは何度も戦った。
実装当初、他とは隔絶するほど強さに差があった最強のモンスター。
あれを、今度は本当に命を失う世界で相手にしなければならない。
怖くないはずがなかった。
「……。」
それでも私は冒険者になる時に、この国の支援を受ける代わりに非常時には戦うという決まりを受け入れた。
いや、むしろ自分から冒険者という道を選んだのだから。
「冒険者になったからには、私の責務を果たさなきゃいけない。」
怖くても、逃げたくても、今だけは、自分の選んだ道から目を逸らすわけにはいかなかった。




