幕間 共犯者
その日、ゾディアック王国に、世界最年少の二次職が誕生した。
銀の髪に赤い瞳。小柄な体に白と金の衣装を纏った、一人の『サモナー』。
その名は『アイラ』
「失敗した……。」
そして今、その噂の人物は人影もまばらな北の大地にいた。
街道から少し離れた丘の上。
アイラはがっくりと項垂れながら、膝を抱えて体育座りをしていた。
「いつまで落ち込んでるのよ。シャキッとしなさい。」
相棒となったシルフが、そんなアイラの頭上をくるくると飛び回るけど反応がない。
ぺしっ、ぺしぺしっ。
シルフが叩いても反応なし。
叩かれたアイラの方は、シルフの落ち着きの無さには既に慣れ始めていた。
遠い丘の向こう。
青く広がる空をぼんやり眺めながら、一人黄昏れている。
何故こんなことになってしまったのか。
アイラが冒険者ギルドへ職業変更の申請をしに行った時、一つの事実が発覚した。
確かにアイラとクレスは同い年だった。
そこまでは間違っていない。
ただしクレスの誕生日は春。アイラの誕生日は秋。そして現在の季節は春。
つまり既に誕生日を迎えたクレスは十三歳。
まだ誕生日を迎えていないアイラは十二歳。
「……。」
十二歳で二次職。
アイラは見事、クレスが打ち立てたばかりの最年少記録を更新してしまったのである。
クレスを隠れ蓑にして、自分より凄い人がいますよとアピールする。
目立つのは仕方ない。だけど、可能な限り目立ちすぎないようにする。
そう考えていたのは、一体どこの誰だっただろうか。
現実には『十三歳で二次職になった天才クレス』が現れた直後に、『十二歳で二次職になったアイラ』が誕生してしまった。
天才を隠れ蓑にしようとした結果。
その天才を超えた大天才として、自分が注目を浴びることになったのである。
本末転倒とは、まさにこのことだった。
そもそもの計画自体、かなり危ういものだった。
そこに誕生日という単純な見落としまで加わった結果、もはや収拾がつかない。
「もう、あまり目立たず慎ましく生きていくのは無理だよね……。」
アイラは膝に顔を埋めたまま、頭上のシルフへ問いかけた。
「何言ってんの。」
シルフは当然のように言い放つ。
「このアタシと契約した時点で不可能でしょ!」
「……。」
胸に手を当てて、空中で堂々とポーズを決めるシルフ。
その顔は自信満々。虹色の羽まで大きく広げている。
普段なら可愛いと褒めていたかもしれない。
しかし、今のアイラにはそんな余裕はなかった。
「はぁ……。」
深いため息だけが返された。
「何よ、その反応!」
「どうしてこんなことに……。」
「知らないわよ。」
そもそも自重が足りないから、こんなことになっている。
それはアイラ自身も分かっていた。
GM権限を使った。レーヴァテインも使った。普通なら挑まないような敵とも戦った。
人を助けるためなら、自分で決めた制限を破ったことだってある。
サモナーになるために名声も積極的に集めた。
やりたいことをやって。行きたいところへ行って。必要だと思った時には、自分の持つ力を使ってきた。その結果が今だ。
本当に計算外だったのは、シルフとドライアドくらいのもの。
世界樹から生まれた次代の土の精霊王。
そして、何故か自分の呼びかけに応じた次代の風の精霊王。
この二人との契約まで予想しろというのは、さすがに無理がある。
だが、それ以外のことは違う。
結局のところ、アイラは自分のしたいことを優先して、ここまで歩いてきたのだ。
だから、誰かを責めることはできなかった。
もっとも、だからといって、別の選択肢があったのかと言われれば難しい。
もしアイラがGM権限を一切使わず、本当に自分が持って生まれた力だけで冒険していたなら。
魔導都市レオでは、あのペドラーに目を付けられていた。
セリーを助けるどころか、自分まで誘拐されていた可能性が高い。
サジタリウスで戦ったヴォルフとの戦闘でもそうだ。
あの時、一歩判断を間違えていれば。
今頃ヴォルフのお腹の中にいたかもしれない。
それ以前の問題としてレーヴァテインによる助力もなく、GM権限による安全確保もない状態では、ここまでレベルを上げることさえできなかっただろう。
どこかの森やダンジョンで名前も残らない一人の新米冒険者として死んでいても、何もおかしくない。
アイラ自身、これについては何度も考えている。
もしGM権限を使わなかったら。
もしレーヴァテインを作らなかったら。
何度条件を変えて考えてみても、最後に辿り着く答えはほとんど同じだった。
自分の力だけで冒険者になっても、決して望んだ結末には辿り着けない。
それどころか、幸せになる前に死ぬ可能性の方が遥かに高い。
つまり冒険者になりたい。世界を旅してみたい。そう願ってしまった時点で、この未来は決まっていたのである。
「その世知辛さを痛感してるから、こんなに落ち込んでるんじゃない……。」
アイラは誰に聞かせるでもなく呟いた。
力を使えば目立つ。力を隠せば死ぬかもしれない。
この世界は、都合よく自分の望みだけを叶えさせてはくれない。
改めて、その厳しさを痛感していた。
「ねえ、アイラ。」
「ん?」
「アイラって、どうしてそんなに目立ちたくないワケ?」
「それは……。」
シルフからすれば純粋な疑問だった。
強いなら強いと言えばいい。凄いなら堂々としていればいい。
次代の精霊王である自分と契約したことだって、シルフなら自慢して回ってもいいくらいに思っている。
それなのにアイラは、ひたすら自分の力を隠したがる理由。
アイラには、ずっと頭の片隅に引っかかっている一つの可能性があった。
もし、この世界にGM権限を持っている人間が、他にもいたら?
『ネームレスオンライン』を知っている人間が、自分以外にも存在していたら?
そして、その人物が、善人ではなかったら?
「……。」
アイラは自分だけが特別だなんて、少しも思っていない。
何故、自分がこの世界へ転生したのか。
何故、GM権限まで持っていたのか。
その理由すら分かっていないのだ。
自分に起こったことなら、他の誰かに起こっていても不思議ではない。
むしろ自分でさえ、こんな力を持っている。
だったら、どこの誰が同じ力を持っていてもおかしくない。
異世界転生物では、後から同郷の転生者が現れるなんて珍しくもない。
もちろん、そんな相手が実際にいる証拠なんて、一つもない。
ただの考えすぎかもしれないけれど、もし本当に存在したなら。
そして、その相手がアイラとは違い、GM権限を好き勝手に使う人間だったなら。
アイラが有名になればなるほど、その人物に存在を知られる可能性は高くなる。
『銀髪赤眼の十二歳のサモナー』
『世界最年少の二次職』
そんな特徴的な情報が広まれば、隠れることなど難しい。
だからアイラは目立ちたくなかった。
自分の存在を、できるだけ世界へ知られたくなかった。
「……。」
だけど、その話はまだシルフにすることはできなかった。
まだ出会ったばかりで契約こそ結んだけれど、お互いのことを何も知らない。
何より、シルフは――。
「アイラ? 何黙ってんのよ。」
「……何でもない。」
「何よそれー!」
少々、口が軽そうだった。
とはいえシルフの言う通り、いつまでも落ち込んでいても何にもならない。
世界最年少になってしまった事実は、もう取り消せない。
職業をウィザードへ戻したところで、一度広まった話が消えるわけでもない。
だったら今やるべきなのは過去の失敗を延々と悔やむことではなく、この先どうするのかを考えること。
アイラはそう考え直して抱えていた膝から腕を離す。
「よいしょ。」
ゆっくりと立ち上がった。
服についた草をぱんぱんと払い、顔を上げる。
さっきまで見ていた空は何も変わっていない。
だけど、少しだけ気持ちは軽くなった。
「やっと立ったわね。」
シルフが目の前まで飛んでくる。
「まったく。アタシの契約者なんだから、もっと堂々としなさいよね。」
「はいはい。」
「はいは一回!」
「はい。」
「よろしい!」
まだ出会って間もない騒がしくて気が強くて少し単純な友達に、これからもたくさん振り回されるのはアイラは不思議と嫌ではなかった。
「シルフ。」
「何よ?」
アイラは少し迷ってから。
「ずっと一緒にいてね。」
そう言った。
「なっ……。」
シルフの顔が一瞬で真っ赤になった。
虹色の羽がぴんっと伸びる。
「な、何言ってるのよ!」
くるりと背を向ける。
「トーゼンじゃない!」
腕を組んで、ぷいっと顔を逸らした。だけど、
ぱたぱたぱたぱた。
羽が物凄い勢いで動いている。嬉しいのが丸分かりだった。
「ふふっ。」
「何笑ってんのよ!」
「何でもないよ。」
アイラは笑った。
今必要なのは信頼できる『共犯者』だ。
もちろん、アイラに世界を征服したいだとか。国を滅ぼしたいだとか。そんな野望は一切ない。
ただ誰にも言えない秘密を共有できる相手。
自分が何者なのか。何を隠しているのか。
その全てを知った上で、それでも隣にいてくれる仲間が必要だった。
いつか、このシルフにならGM権限のことも話せる日が来るかもしれない。
「アイラ、行くわよ!」
「うん!」
先に飛んでいくシルフの後を、アイラは追いかける。
もっともアイラが自分の秘密をシルフへ打ち明けるのは、もう少しだけ、先のお話。




