精霊契約⑫
「それで、アタシより先に契約したっていうドライアドはどこにいるの?」
シルフが部屋の中を飛び回りながら、きょろきょろと周囲を見渡している。
机の下を覗いたり、木の壁に顔を近づけたり。
そんなところを探してもいないと思うんだけど。
「ドライアドなら、まだ幼いから呼んでないよ。契約も中途半端みたいだし。」
残念だけど、あの小さいドライアドはまだここにはいない。
そもそもサモナーの私は、一度に複数の精霊を召喚することもできないしね。
「ふーん?」
シルフは少し考えるように腕を組んだ。
「ならいいわ。こっちから会いに行きましょ。」
そう言うなり、部屋をくるりと一周して出口へ向かう。
「ほら、早く案内しなさいよ。」
「はいはい。」
行動が早いなぁ。
私は両手を上げて降参のポーズを取ると、自分の荷物を纏め始めた。
「私は先に行って待っていますので、後から来てください。」
大きいドライアドもそう言って立ち上がる。
「え?」
返事をするより早く、その体が世界樹の壁へすうっと沈んでいった。
「……便利だなぁ。」
「はーやーくー!」
「遅かったですね。」
「はぁ……はぁ……。」
空を飛んだり、木の中を潜ったりできる精霊と同じ感覚で話さないでほしい!
私はまず、昨日休んでいた部屋が世界樹のどの辺りにあるのか把握するところから始めなきゃいけなかったんだから。
そこからここが上なのか下なのか考えて途中で道を確認して。
高所に怯えながら魔力塊を乗り継いで、ようやくここまで来たのだ。
ちなみに、ここは昨日泊まった部屋からかなり下ったところにある。
降りる途中でうっかり下を見てしまった時なんて、あまりの高さに足がすくんだ。
「人間って不便ねぇ。」
「風の精霊を基準にしないで。」
シルフは悪びれる様子もなく宙に浮かんでいて羨ましい。
『レヴィテーション』が使えればこんな思いはしないのに。
「アイラ!」
聞き覚えのある幼い声がした方に顔を向ける。
小さなドライアドが、世界樹の枝からこちらを見上げていた。
私の顔を見た瞬間、頭に生えた双葉が嬉しそうにぴょこぴょこと揺れる。
「アイラ!」
もう一度名前を呼ばれた。
「おはよう、ドライアド。」
「おはよう!」
一生懸命こちらを見上げながら笑う姿を見たら、ここまで降りてきた疲れなんて一瞬で吹き飛んだ。
可愛い。やっぱり来てよかった。
「へぇ~。」
シルフが私の横から飛び出して、小さいドライアドの周囲をくるくると回る。
「この子がアイラと契約したドライアドなのね。」
小さいドライアドは何をされているのか分からないらしく、飛び回るシルフを目で追っている。
「世界樹から生まれたドライアドっていうのは本当みたいね。」
シルフがぴたりと止まった。
「とんでもない魔力量だわ。」
さっきまでの軽い調子とは違って、少し感心したような声だった。
生まれたばかりの私には可愛いドライアドにしか見えない。
でも、次代の精霊王であるシルフには、この子がどれだけ特別な存在なのか分かるらしい。
「はい。私の妹ですよ。可愛いでしょう?」
大きいドライアドが小さいドライアドの頭を指先で優しく撫でる。
「えへへ。」
くすぐったそうに目を細めている。
うん、可愛い。優勝。
「そうね。」
シルフも珍しく素直に頷いた。
「とっても可愛いと思うわ。」
もしかして意外と仲良くできそう?
「世界で一番可愛い私の次だと認めてあげる。」
前言撤回。
「いえ、妹の方が世界一ですよ。貴女は世界二位ですね。」
「なんですってー!!」
そして始まった。シルフが大きいドライアドへ飛びかかり、小さな拳でぽこぽこと攻撃を始める。
「訂正しなさいよ!」
「嫌です。」
ぽこぽこ。
「アタシが一番可愛いの!」
「妹です。」
ぽこぽこぽこ。
大きいドライアドは微動だにしない。
シルフの攻撃力が低いなんてことはないけど、ドライアドの防御力が高すぎた。
あっちは放っておこう。どうせ止めてもまた始めそうだし。
「ドライアド。」
「なぁに?」
「何か困ってることはない?」
少し考えるように首を傾げる。
それから、小さな両手をこちらへ伸ばした。
「アイラのまりょく、ほしいの。」
「魔力?」
そうか。精霊は契約者の魔力を受けて育つって、さっき聞いたばかりだ。
「分かった。どうすればいい?」
何となく思い出したのは、昨日ドライアドにキスされた時のこと。
私は人差し指へゆっくりと魔力を集めて、小さいドライアドの口元へ近づけてみた。
「これでいい?」
「うん!」
嬉しそうに私の指へ口づける。
そのまま――。
ちゅ~~~。
「んっ……。」
赤ちゃんに指を吸われているような柔らかい感触。
それと同時に、指先から魔力を吸われる独特の感覚が全身へ広がっていく。
「んく……んく……。」
一生懸命だ。
くぴくぴとお乳でも飲むように魔力を吸っている。
可愛い。すごく可愛いんだけど。……結構飲むね?
思っていた以上の勢いで魔力が減っていく。
大丈夫かな。生まれたばかりなのに、こんなに飲んでお腹いっぱいにならない?
精霊にお腹があるのかも分からないけど。
「へぇ。」
いつの間にか喧嘩をやめたシルフが、私のすぐ横まで来ていた。
私の指先と、そこへ流れている魔力をじーっと見つめている。
「あんた、人間のくせに結構魔力の扱いが上手いのね。」
「そう?」
「こんな細く安定させて流し続けるの、簡単じゃないわよ。どうやって練習したの?」
「……。」
まさか、『レーヴァテインで莫大に増えた魔力を扱っているうちに覚えました。』なんて言えるはずもない。
「シルフには、そのうち教えるね。」
「何よそれ。」
この場では適当に誤魔化したけど、いつかは教えるつもりだ。
これから一緒に旅を続けていくなら、契約した精霊たちに隠し事をし続けるのは難しいだろう。
ただ、シルフって結構口が軽そうなんだよね。
信頼できるようになるまでは秘密にしておこう。
「ぷぁ……。」
小さいドライアドがようやく私の指から口を離した。
自分の中に残っている魔力を確認する。
「……え?」
二割くらい減ってる。この小さな体のどこにそんなに入ったの!?
精霊って不思議すぎる。
「ドライアド。」
「なに?」
私は改めて彼女と向き合う。
昨日は、知らないうちに契約らしきものを結んでしまった。
でもティターニアからサモナーの知識を与えられた今ならちゃんと分かる。
私とこの子の間にある繋がりは、まだ完全じゃない。
「私と、お友達になってくれる?」
「うん!」
返事は一瞬だった。
「あいらと、おともだちになる!」
ぱぁっ。
私と小さいドライアドの体が同時に光った。
私の胸元から一筋の光が伸びる。
それは小さなドライアドへ繋がり、彼女の中にある魔力と私の魔力を結んだ。
昨日結ばれたものが仮契約だったとするなら。
今この瞬間、私とドライアドの間に本契約が成立した。
「……上手く行った。」
嬉しい。この子が大きくなったら、一緒に冒険できるんだ。
大きくなるのはまだ先だけど、その時がますます楽しみになって――。
「あーあ。」
「え?」
シルフの呆れた声が聞こえた。
「これで本当にやっちゃったわね、アイラ。」
「アイラ、と言いましたっけ?」
大きいドライアドまで何やら妙な反応をしている。
さっきまで微笑ましそうに見ていたのに。
「何を?」
本契約しただけだよね?
しかも二人とも、この子との契約には賛成してたよね?
「これから面倒事に巻き込まれたくないなら、今すぐ世界樹を降りなさい。」
「……はい?」
突然話が大きくなった。
「それはどうして?」
「あんたねぇ。」
シルフが心底呆れたように腰へ手を当てる。
「次代の精霊王二人と同時に本契約なんかして、他の精霊たちが黙ってると思うの?」
「……。」
それは一体、どういう意味でしょうか。
「まず精霊王たちからは事情聴取。」
シルフが指を一本立てる。
「次に、その他の精霊たちからは契約のお誘いが殺到するでしょうね。」
二本目の指も立てた。
「……えっ。」
「世界樹から生まれた次代の土の精霊王と、次代の風の精霊王。その二人が揃って認めた人間ですよ?」
大きいドライアドがにこやかに補足してくる。
「他の精霊からすれば、貴女が何者なのか気になって当然でしょう。」
「このままここにいたら揉みくちゃにされるわよ。」
「揉みくちゃ……。」
頭の中に光景が浮かんだ。
大量の精霊に囲まれて、話しかけられて。
その後ろから昨日の四大精霊たちが飛んできて――。
「分かってなかったの?」
シルフが呆れている。
「?」
小さいドライアドだけは、何の話をしているのか全く分かっていないらしい。
可愛らしく首を傾げている。
「シルフのことは私が説明しておきますから。」
大きいドライアドが、ふっと愉快そうに笑った。
「確かに、もうすぐサラマンダーあたりが飛んで来るんじゃない?」
「……!」
それは簡単に想像できた。
昨日、あれだけ私がサモナーになることへ反対していた精霊王だ。
ただでさえ次代の土の精霊王と契約していることを気にしていたのに。
一晩経ったら、次代の風の精霊王まで増えていました。
しかも正式に二人とも契約しました。
「……怒るかな?」
「怒るでしょうね。」
シルフが即答した。
逃げよう。今すぐ逃げよう。
忠告通り、ここに長居しない方が良さそうだ。
「で、でも。」
逃げる前に一つだけ聞きたい。
「どうして助けてくれるんですか?」
大きいドライアドを見る。
昨日からずっと私に好意的だった。
サモナーになる時も庇ってくれて。今度は逃げる手助けまでしてくれるらしい。
ありがたいけど、その理由は気になってしまう。
「なに、可愛い妹のお友達と――」
一度言葉を切って、楽しそうに私を見る。
「魔力をいただいた、ちょっとしたお礼ですよ。」
「あぁ……。」
さっき勝手に吸ってたやつ。
なるほど。対価はもう既に支払い済みだったってことね。
それなら遠慮なく、お言葉に甘えさせてもらおう。
「アイラ。」
「ん?」
小さいドライアドがこちらを見上げていた。
「わたしがおおきくなったら、ちゃんとよんでね?」
「……!」
賢い子だ。私たちの話を全部理解していなくても、私がここから離れようとしていることは察したらしい。
少しだけ寂しそうな顔をしている。
「うん。約束する。」
私は人差し指でドライアドの小さな頭を撫でた。
「大きくなったら、一緒にいろんなところへ行こうね。」
「うん!」
「でも、それより先にまた会いに来るからね。」
「……っ。」
ぱぁっ。またドライアドの頭に小さな花が咲いた。
「うん!」
満面の笑顔。……本当に可愛すぎて犯罪です。
今すぐ連れ去りたいくらい。鞄に入れて持って帰りたい。
でも、それはぐっと堪える。この子はまだここで育つ必要がある。
少しくらいなら待てる、はず。
「ほら、アイラ。」
シルフが私の前へ飛んできた。
「手伝ってあげるわ。さっさと逃げるわよ。」
「手伝う?」
「じっとしてなさい。」
シルフが何かを小さく唱えた直後。
「わっ!?」
足が地面から離れて体がふわりと宙へ浮かぶ。
「飛んでる!」
「当たり前でしょ。風の精霊を何だと思ってるのよ。」
どうやらシルフ自身が使っている飛行魔法を、私にもかけてくれたらしい。
これなら世界樹を延々と下り続けなくて済む。一気に地上まで運んでくれるつもりなんだ。
「ありがとう、シルフ!」
「ふふん。精霊王様に感謝しなさい。」
こういう時は素直に感謝しておこう。
浮いたまま高度が少しずつ下がっていく。
「それじゃあ、ドライアドたち!」
私は二人へ大きく手を振った。
「またねっ!」
「アイラー、またねー!」
小さいドライアドも両手をいっぱいに広げて振り返してくれる。
「ご武運を。」
大きいドライアドは穏やかに微笑みながら頭を下げた。
「そっちもね!」
シルフも片手を振る。そのまま私たちは世界樹の枝から飛び立った。
下を見るのは怖い。相変わらず、とんでもない高さだ。
だけど、昨日までとは少しだけ気分が違った。
一人で来たアールヴヘイム。そこから帰る今、私の隣にはシルフがいる。
そして世界樹には、いつか一緒に旅をする約束をしたドライアドがいる。
予定外のことは山ほど起きたけど、念願だったサモナーにもなれた。
「ふふ。」
悪くない。むしろ、すごく楽しい。
こうしてサモナーになった私の旅は、新しい仲間と共にまた続いていく。




